プレスリリース

妄想の形成に関わる認知神経メカニズムを解明

公開日2024.3.6
妄想の形成に関わる認知神経メカニズムを解明
~妄想の新しい治療法の開発に期待~
 
 妄想
は強い苦痛をもたらす精神症状です。妄想を持つ人には、少ない情報で結論づけてしまう「結論への飛躍」と呼ばれる認知的な傾向があり、妄想の形成に関わると考えられますが、その神経メカニズムは分かっていません。一方、妄想を呈する代表的な疾患である統合失調症では線条体のドーパミンが軽度上昇しており、それを抑える薬が効果を持つことから、結論への飛躍に線条体が関与することが想定されますが、それを示した研究はありませんでした。
 今回、愛知医科大学医学部精神科学講座の宮田淳教授は、京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)の村井俊哉教授、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学の髙橋英彦教授らとの共同研究を行い、線条体および楔前部と呼ばれる脳領域の間の結合性(結びつきの強さ、活動の同期性)が、結論への飛躍および妄想の強さと相関することを世界で初めて明らかにしました。本研究の成果をもとに、妄想の新しい治療法が開発されることが期待されます。本研究の成果は、2024年2月27日に国際学術誌「Psychiatry and Clinical Neurosciences」にオンラインで掲載されました。
 

本研究成果のポイント

  • 妄想が形成されるメカニズムは分かっていませんでした。
  • 線条体と楔前部の間の結びつきが、妄想の形成および重症度と相関することを明らかにしました。
  • これを基に既存の薬物治療に不応性の妄想の、新しい治療法開発につなげます。

研究の背景

 妄想とは「誤った、強く確信された、訂正が困難な考え」のことで、統合失調症*1や妄想症*2などで見られる一般的な精神症状です。「自分は監視されている、盗聴されている」などの被害妄想の形をとることが多く、患者さんに強い苦痛をもたらすため、より効果的な治療法の確立が望まれています。
 妄想を持つ患者さんでは、健康な方に比べてより少ない情報にもとづいて結論を下す、「結論への飛躍(jumping to conclusions)」(図1)と呼ばれる認知的な傾向があることが知られており、このために誤った考えに至りやすい、つまり妄想の形成しやすさを説明するメカニズムと考えられています。また健康な方の場合は逆に、結論を下すためには客観的な確率が示すよりも多くの情報を要するという「保守性バイアス(conservatism bias)」と呼ばれる傾向が知られています。結論への飛躍と保守性バイアスに関わる脳神経領域を探る研究がこれまで行われてきましたが、はっきりした結論には至っていませんでした。
 一方、統合失調症患者さんでは、脳の線条体と呼ばれる部分でドーパミン*3の働きが軽度ですが上昇しており、それを抑えるお薬(抗精神病薬)が治療に使われます。このことから結論への飛躍と線条体とが関係していることが想定されますが、これまでそれを示した研究はありませんでした。
 宮田教授らのグループは、結論への飛躍および保守性バイアスに関わるのは脳のどこか一つの領域ではなく、線条体を含めた複数の領域からなるネットワークであること、そしてネットワークの協調が上手くとれないことが結論への飛躍と関係すると考えました。そこで結論への飛躍の強さとネットワークの結合性(結びつき具合、脳活動の同期性)との関係を調べました。

概要と成果

 本研究では統合失調症を持つ患者さん37名と、比較対象として健康な方33名に参加していただきました。皆さんに「結論を下すまでにどれだけ多くの情報量を必要とするか」を測定する実験をしてもらいました。少ないと結論への飛躍が強い、多いと結論への飛躍が弱い=保守性バイアスが強いということになります。また脳のネットワークの結合性を見るために安静時の機能的MRI*4を実施し、独立成分分析*5と呼ばれる手法を用いることで、線条体を含めた主要な脳領域からなるネットワークの結合性を推定しました。
 その結果、線条体と楔前部*6と呼ばれる領域の間の結合性が負の関係であるほど、つまりお互いの活動がシーソーの様に逆であるほど、結論への飛躍が強いことが分かりました(図2A)。また患者さんでは線条体と楔前部との間の結合性が負であるほど、妄想が強いことも分かりました(図2B)。
 本研究により、妄想の形成に関わる認知神経メカニズムが初めて示されました。

今後の展開

 本研究は比較的少数の参加者を対象とした探索的な研究であり、次の段階として、より多くの参加者を対象として本研究の結果が再現されることを確認する必要があります。
 現在、抗精神病薬が妄想および統合失調症の治療の中心ですが、残念ながら効果が薄いあるいは認められない場合もしばしばあります。一方、近年ではfMRIや脳波を用いて、自分の脳活動や脳領域間の結合性をモニタリングしながらそれを変化させる練習をすることで、薬物療法が無効な症状を改善させるニューロフィードバックという新しい治療法の研究が進んでいます。今後、本研究の結果がより多くの参加者で再現されたら、線条体と楔前部の間の結合性を標的とするニューロフィードバック研究を実施し、抗精神病薬に不応性の妄想に対する新しい治療法を開発し、患者さんに提供出来るようにしたいと考えています。

用語説明

*1統合失調症
幻聴・幻視等の幻覚や妄想、思考の統合不全、意欲の減退や感情の反応性の低下などを主症状とする状態。国、民族、地域などによらず世界的に人口の約1%弱が罹患する。
*2妄想症
統合失調症に似るが幻覚や意欲・感情等の症状はなく、妄想のみが存在する状態。有病率は約0.2%と推定されている。
*3ドーパミン
脳の中脳から線条体に伸びる神経の終末から放出される神経伝達物質。報酬、意欲、学習、運動調節などに関わることが示されている。
*4安静時の機能的MRI
機能的MRI(magnetic resonance imaging)では、何らかの課題(認知的な課題や運動課題など)を実施中に、神経活動に伴う脳血流の増加がMRIの信号に反映され、それを検出することで課題に関連した脳領域を特定出来る。一方、安静時機能的MRIではそのような課題を用いず、研究参加者に何も考えず安静にしてもらった状態で機能的MRIを撮像し、脳領域間のMRI信号の同期性(結合性)を推定する。複雑な課題を要さないことから近年、精神科領域の研究で盛んに用いられている。
*5独立成分分析
機能的MRIのような多変量の時系列データを、幾つかの互いに一次独立な特徴とその時系列変化の線形結合(足し算)に分解する手法。機能的MRIの場合は幾つかの空間的ネットワークとその時系列変化とに分解され、前者からはネットワーク内部の結合性、後者からはネットワーク間の結合性を推定することが出来る。
*6楔前部
大脳の内側面にある領域で、認知的な活動をしているときや注意が外界に向かっているときよりも、安静時や注意が自分の内面に向いているときに活動する「デフォルトモードネットワーク(default mode network)」の一部をなしている。

研究成果の公表

本研究の成果は、2024年2月27日に国際学術誌「Psychiatry and Clinical Neurosciences」にオンラインで掲載されました。

論文題名
成分タイトル:
Associations of conservatism and jumping to conclusions biases with aberrant salience and default mode network
日本語タイトル:保守性バイアス・結論への飛躍は異常サリエンスおよびデフォルトモードネットワークと関連する

DOI:https://doi.org/10.1111/pcn.13652


宮田淳1,2*、笹本彰彦1、江崎貴裕3,4、磯部昌憲1、河内山隆紀5、増田直紀6,7、森康生1、酒井雄希8、澤本伸克9、鄭志誠1,10、生方志甫1,11✝、麻生俊彦12、村井俊哉1、髙橋英彦1,13

1.    京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学)
2.    愛知医科大学医学部精神科学講座
3.    国立研究開発法人科学技術振興機構PRESTO
4.    東京大学 先端科学技術研究センター
5.    ATR-Promotions脳活動イメージングセンタ
6.    Department of Mathematics, State University of New York at Buffalo
7.    Computational and Data-Enabled Science and Engineering Program, State University of New York at Buffalo
8.    ATR脳情報通信総合研究所
9.    京都大学 医学系研究科 人間健康科学系専攻 近未来型人間健康科学融合ユニット
10.    東京国際大学人間社会学部
11.    京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンター
12.    理化学研究所生命機能科学研究センター脳コネクトミクスイメージング研究チーム
13.    東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学
*責任著者
✝この論文を2022年に逝去された生方志甫先生に捧げます。

本研究は、日本学術振興会および文部科学省科研費(JP26461767、JP17H04248、JP18H05130、JP20H05064、JP20K21567、JP19H03583、JP21K07544)、日本医療研究開発機構(JP18dm0307008、JP21uk1024002)、科学技術振興機構(JPMJMS2021)、ノバルティスファーマ研究助成、先進医薬研究振興財団、上原記念生命科学財団、京都大学ジョン万プログラム、および武田科学振興財団の支援を受けて行われました。
 

本件に関するお問い合わせ先(研究内容)

愛知医科大学医学部精神科学講座
  教授 宮田淳
  e-mail: amupsych[@]aichi-med-u.ac.jp

(報道に関すること)

愛知医科大学 医学部庶務課
  e-mail: syomu[@]aichi-med-u.ac.jp

京都大学 渉外部広報課国際広報室
  e-mail: comms[@]mail2.adm.kyoto-i.ac.jp

東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
  e-mail: kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

 

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

関連リンク

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