第2回『教育 講義・実習の軌跡』 

第2回『教育 講義・実習の軌跡』 

M&Dタワー2階「鈴木章夫記念講堂(東側)展示スペース」のご案内です。今回のテーマは「教育 講義・実習の軌跡」です。

細菌学講義(島峯 徹 校長)

1939(昭和14)年頃の東京高等歯科医学校での講義の様子。島峯 徹 先生は、ドイツに留学した際に臨床歯科医学とともに細菌学を学び、特にスピロヘータの純粋培養の研究で成果を挙げた。

足踏みエンジンを用いたファントーム実習

1941(昭和16)年の東京高等歯科医学校の実習。歯の模型をマネキンに装着して治療技術の修錬を行うファントーム実習は、長尾 優 学長が導入した。一方、歯科病院には、当時最新のドイツ製電気エンジンが装備され、学生は臨床実習でそれを使用できることが何よりの楽しみであった。

歯科矯正学講義 ヨゼフ・エッシュラー講師

1943(昭和18)年の東京高等歯科医学校での講義。専門学校としては他に例を見ない、専任のドイツ人講師を招聘し、ドイツ語による講義も多く行った。学生達は辞書を片手に必死の思いで授業を受けていた。

旧制 東京医科歯科大学の教職員

1949(昭和24)年の教職員。同年5月に新制大学として発足した。前列右から2番目が長尾 優学長、後列右から3番目が菊川武雄初代事務局長。

医学部附属看護学校 戴帽式

看護学校発足当時の1951(昭和26)年、1952(昭和27)年、1953(昭和28)年は、入学予科期間(6カ月)が無事終了し、看護学生としての適性が認められた結果として戴帽式が行われた。

小児科学外来実習

1952(昭和27)年頃の東京医科歯科大学医学部での実習。写真左は、第3代学長の太田敬三 教授。

歯学部附属歯科衛生士学校の実習

1955(昭和30)年、基礎実習の中に初めて取り入れたマネキン実習の様子(現在のマネキンとは違い、顔はなくスタンド式であった)。この実習では、歯科衛生士の主要業務であるスケーリングの技術訓練を行った。スケーラーの操作および患者との位置関係を身につけるために、必須の実習となっていた。

メタセコイア植樹

医学部附属病院前のメタセコイアは、1956(昭和31)年医学部7回生が古畑教授の文化勲章受章を記念して植樹したものである。右は2012(平成24)年現在の様子。

神経精神医学臨床講義(島崎俊樹 教授)

昭和30年代の東京医科歯科大学医学部での講義。島崎俊樹教授は文豪島崎藤村の姪の子息。兄弟に作家の西丸震哉がいる。『心の風物詩』『生きるとは何か』(岩波新書)など著作も多い。

歯学部附属歯科技工士学校の実習

1979(昭和54)年の臨床実習。歯学部附属病院歯科技工部の技工室に隣接する形で歯科技工士学校の臨床実習室があり、学生は2号館から登院して歯科技工部の職員と一緒に臨床実習を行っていた。

教養部

教養部のキャンパス風景(2002(平成14)年)。学部・学科の別なく全学生がともに学ぶ。平成23年度から医歯学融合教育を導入したことに伴い、現在では、全学科の学生が緑豊かな国府台キャンパスで1年間を過ごす。

医歯学融合教育

2011(平成23)年4月入学生から医歯学融合教育を開始した。医歯学融合教育の講義を行うため、3号館3階を改修し、講義室を設置した。