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「 活性型Aktは悪性黒色腫の再発に強く関与する 」【並木剛准教授】
「 活性型Aktは悪性黒色腫の再発に強く関与する 」
― 新規術後療法開発への応用に期待 ―
ポイント
- 活性型Aktの発現が末端黒子型悪性黒色腫の再発に強く関与することをつきとめました。
- 活性型Aktによる悪性黒色腫の層別化が可能となるとともに、再発抑制への可能性が開かれます。
- 今後Aktをターゲットとした悪性黒色腫に対する新規術後療法開発への応用が期待できます。
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 皮膚科学分野の並木 剛准教授、野嶋浩平大学院生、沖山奈緒子教授らの研究グループは、形成・再建外科学分野の森 弘樹教授、顎顔面外科学分野の佐々木好幸准教授、山形大学、大阪大学、埼玉県立がんセンター、国立がん研究センター中央病院との共同研究で、活性型Akt※1の発現が末端黒子型※2悪性黒色腫※3の再発に強く関与することをつきとめました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金ならびに日本研究皮膚科学会フェローシップ資生堂賞・東京医科歯科大学難治疾患共同研究拠点・リディアオリリー記念ピアス皮膚科学振興財団・上原記念生命科学財団の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Pigment Cell & Melanoma Researchに、2023年8月18日で発表されました。
研究の背景
悪性黒色腫はがんの中でも薬物療法の効果が極めて低い難治性のがんとして良く知られています。わが国で発症する悪性黒色腫の約半数以上は、いわゆる「手や足の裏のホクロのがん」と言われる手掌・足底に生じる末端黒子型悪性黒色腫であり、悪性黒色腫の各病型の中でも予後が悪く、近年に開発の進んでいる免疫チェックポイント阻害剤の効果も低いことが分かっています。悪性黒色腫においては病型ごとの遺伝子異常の頻度が異なっており治療の標的とできる遺伝子異常やシグナル伝達経路も異なります。このため、末端黒子型悪性黒色腫において治療の標的とできる遺伝子異常を特定し新規治療法の開発を進めることはわが国で不幸にも悪性黒色腫に罹患してしまった患者さんの生命予後を改善させるためにも極めて重要なことになります。
国際がんゲノムコンソーシアム(International Cancer Genome Consortium: ICGC)の主導によりがん腫横断的な全ゲノム解析プロジェクト(Pan-Cancer Analysis of Whole Genome: PCAWG)が行われており、2020年にはその全容が明らかにされています(Nature 2020 Feb 578(7793):82-93)。悪性黒色腫も多数例が解析されその中に末端黒子型も含まれておりCCND1遺伝子増幅を含めた特徴的ながんゲノム異常も明らかになっています。しかしながら現在までに、末端黒子型において多施設・多数例を用いた妥当性のある統計学的な解析による再発に直接に関わる遺伝子の解析は十分になされてきていませんでした。
研究グループは「手や足の裏のホクロのがん」に対する治療のターゲットとして有効になりうる遺伝子異常を特定するため研究を進めました。
研究成果の概要
本研究グループのArray-comparative genomic hybridization (CGH) データおよび細胞実験・マウス実験による先行研究のデータから末端黒子型悪性黒色腫においてはPTEN欠失とNUAK2※4増幅の重要性が示唆されています。PTEN欠失が起きると細胞の増殖や生存に必須となるPI3K経路が活性化して下流に位置する遺伝子であるAktの活性化が起きることがすでに分かっています。また、NUAK2については細胞内代謝のセンサーとして働き細胞の増殖に作用することが分かっています(図1)。
まず、共同研究施設との連携にて末端黒子型悪性黒色腫112例を含む悪性黒色腫原発巣の症例を計168例集積としました。Aktの活性化はそのリン酸化にて検出することができるためAktのセリン473番のリン酸化(phospho-Akt at serine 473; p-Akt)に対するモノクローナル抗体を用いて免疫染色を施行しました。NUAK2に対しては本研究グループが独自に作製したモノクローナル抗体を使用することで免疫染色を施行しました(図2)。
免疫染色の結果を0から+3までの4段階(0: 0-10%の細胞で陽性、+1: 11-25%の細胞で陽性、+2: 26-50%の細胞で陽性、+3:51-100%の細胞で陽性)で評価し、陽性・陰性の2段階で評価する場合には+1から+3を陽性とし0のみを陰性しました。悪性黒色腫原発巣全体ではp-Aktが42.9%で陽性、NUAK2が53.6%で陽性、末端黒子型ではp-Aktが32.1%で陽性、NUAK2が46.4%で陽性でした。さらに、各臨床パラメータとの相関を統計学的に解析としたところ、生命予後と強い相関が分かっている原発巣の厚さとの相関において末端黒子型のみp-AktおよびNUAK2ともにP<0.0001と強い相関が認められましたが、末端黒子型以外の病型においては相関が全く認められませんでした。このことより、p-AktとNUAK2の発現は末端黒子型のみで生命予後に影響を与えていることを想定し、再発(無病再発期間)と生存(全生存期間)との相関につきカプランマイヤー法※5を用いて単変量において検討しました。その結果、末端黒子型においてのみp-AktおよびNUAK2ともに発現と予後増悪(再発)が相関することが示されました(図3)。
次に、イベント数(再発)が限定的なため因子分析にて変数を減らした上にて多変量解析を行いました。まず、バリマックス回転法※6を用いた探索的因子分析にて性別・年齢・腫瘍の厚さ・潰瘍の有無・病期・Low-CSDメラノーマの6つの臨床パラメータを解析。因子1(Factor 1)は性別・年齢・腫瘍の厚さ・潰瘍の有無・病期の5つのパラメータを、因子2(Factor 2)がLow-CSDメラノーマのパラメータを代表されることとすることで累積寄与率が40.1%と最大となりました。この因子1および因子2を用いたコックス比例ハザードモデル※7による多変量解析にて再発および生存につき解析を行ったところ、再発のみにおいて悪性黒色腫原発巣全体ではp-Aktでハザード比4.454(P<0.0001)となり、末端黒子型のみに限ってもp-Aktでハザード比4.036(P=0.0005)となり、末端黒子型においてp-Aktが再発に強く関与することが示されました(図4)。
さらに、p-Aktのバイオマーカーとしての意義を検証するために多変量ロジステック解析を施行し本コックス比例ハザードモデルの妥当性を検証したところAUC(Area Under the ROC Curve)値が2年後・3年後・4年後のそれぞれにおいて0.91, 0.92, 0.93となり、p-Aktの末端黒子型の再発に対するバイオマーカーとしての妥当性が示されました(図5)。
研究成果の意義
悪性黒色腫の1病型としての末端黒子型が本学皮膚科教授でもあった清寺真教授らにより提示され概念が構築されてきて以来、すでに50年近く経過しているにも関わらず、その劣悪な予後を規定する遺伝子の存在については十分には明らかにされてきませんでした。本研究において悪性黒色腫の中でもわが国での発症の多い末端黒子型の再発に強く関与する遺伝子が明らかになったことで、発症母地となる細胞(起始細胞)とニッチ内の周囲の細胞や組織構築とのクロストークはどのようになっているのか?何故手や足の裏に生じてくる悪性黒色腫は悪いのか?など末端黒子型悪性黒色腫の発症・増悪の病態メカニズムに関する重要な問いに対して活性型Aktを端緒とすることでさらに解明を進めることが可能となります。また、活性型Aktをバイオマーカーとして用いることで末端黒子型悪性黒色腫を層別化することが可能となり、再発の抑制を目的とするAktをターゲットとした新規術後療法の開発を進めるにおいてより適切な臨床研究のデザインが可能になります。本研究結果は今後、わが国で発症が多い末端黒子型悪性黒色腫に対する分子標的治療を用いた治療の標準化へ大きく道を切り開くものと考えられます。
用語解説
※1Akt:Protein Kinase B (PKB)としても知られるセリン/スレオニンキナーゼであり、代謝・増殖・生存など細胞機能に重要な多様なプロセスに働く。がん発症全般にとっても重要な遺伝子として知られており、Aktの異常により細胞の増殖や生存の関する制御機構に異常を生じることでがん発症に働くとされている。
※2末端黒子型:従来から皮膚に生じる悪性黒色腫は表在拡大型・結節型・悪性黒子型・末端黒子型の4型に分類されることが多く、他に粘膜部より生じる悪性黒色腫や眼球に生じる悪性黒色腫などもある。末端黒子型は手掌や足底に生じる悪性黒色腫で、俗に言われる「手や足の裏のホクロのがん」のことを専門用語で指す。日本人に生じる悪性黒色腫の約半数は末端黒子型になる。
※3悪性黒色腫:「ホクロのがん」と言われる皮膚の色を作り出す色素細胞より生じてくるがんである。治療が難しく他のがんと比較しても予後が悪いと考えられているが、近年の免疫療法の発達により徐々に予後の改善が進んでいる。病型別の遺伝子異常の解明も進むことでそれぞれの遺伝子異常をターゲットとした新規治療開発も進んでおり、表在拡大型ではBRAF遺伝子の異常をターゲットとした分子標的治療がすでに実用化されている。
※4NUAK2:細胞代謝のセンサーとして働くAMPK関連キナーゼに1つで細胞内の代謝の制御だけでなく細胞の増殖や遊走などにも関与していることが明らかになってきている遺伝子である。悪性黒色腫だけでなく肝細胞がんなどにも異常があることが知られており様々ながんの発症増悪に関わっていることが明らかになってきている。
※5カプランマイヤー法:イベント(再発や死亡など)が発生するまでの時間を解析する統計学的な手法の1つで、医学においては生存率を評価する際に用いられる一般的の方法。生存曲線を描くことで視覚的にも分かりやすい。
※6バリマックス回転法:データが持つ複数の要素(変数)に共通する因子を探索する手法である因子分析における直交回転法と言われる方法の1つで最も利用されることが多い。
※7コックス比例ハザードモデル:生存分析の手法の1つで生存時間の加えて年齢・性別などの各臨床パラメータを共変量として用いることで、それら共変量が生存時間に与える影響を調べることができる。
論文情報
掲載誌:
Pigment Cell & Melanoma Research
論文タイトル:Activated Akt expression is associated with the recurrence of primary melanomas and further refines the prognostic and predictive values for relapse in acral melanomas
DOI:https://doi.org/10.1111/pcmr.13119
研究者プロフィール
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
皮膚科学分野 並木剛 (ナミキ タケシ)
E-mail:tnamderm[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。
関連リンク
プレス通知資料PDF
活性型Aktは悪性黒色腫の再発に強く関与する