プレスリリース

「 脂質リガンド結合ヘテロ核酸による新規エクソン・スキッピング療法の開発 」【横田隆徳 教授、永田哲也 教授、長谷川樹里 大学院生】

公開日:2024.9.26

横田 隆徳(ヨコタ タカノリ)大学院医歯学総合研究科 脳神経病態学分野(脳神経内科) 教授(左上)
永田 哲也(ナガタ テツヤ)統合研究機構 核酸・ペプチド創薬治療研究センター 教授(右上)
長谷川 樹里(ハセガワ ジュリ)大学院医歯学総合研究科 脳神経病態学分野(脳神経内科) 大学院生(下)

「 脂質リガンド結合ヘテロ核酸による新規エクソン・スキッピング療法の開発 」
― デュシャンヌ型筋ジストロフィー(DMD)に対する新規治療薬開発へ期待 ―
「エクソン・スキッピング療法」の限界を超えて

ポイント

  • デュシャンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は遺伝性の筋疾患であり、エクソン・スキッピング療法※1という治療法が臨床で使われていますが、骨格筋での効果が限定的であり、また生命予後に関係する心臓への効果が無いこと課題です。
  • 研究グループはDMDに対して現在、承認されているホスホロジアミデートモルホリノオリゴマー (PMO) ※2を元に新しい「脂質リガンド結合PMO/RNAヘテロ2本鎖核酸 (PMO/HDO)」を開発しました。
  • DMDモデルマウスにこの核酸を投与したところ、欠損しているジストロフィンが、骨格筋や心筋での発現回復が大幅に改善され、運動・心機能や中枢神経症状が正常化しました。
  • この新規のPMO/HDOはDMDに対する新規治療法としてだけでなく、スプライシング制御によって遺伝子発現の調整が可能な他の遺伝性疾患やがんに対する新たな医薬技術としても期待できます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 脳神経病態学分野 (脳神経内科)のグループでは、これまで独自にASOの効果を改善させるDNA/RNAヘテロ2本鎖核酸 (HDO) を開発してきました。従来のHDOはRNase Hという酵素に認識されて相補鎖が細胞内で切断され、主鎖のASOが標的mRNAを切断して、その遺伝子発現を抑制します。今回、横田隆徳教授、東京医科歯科大学 核酸・ペプチド創薬治療研究センター (TIDEセンター) 永田哲也教授、長谷川樹里大学院生は、東京慈恵会医科大学・東京大学・武田薬品工業との共同研究で、従来のHDOとは異なり、 PMOを主鎖とする新規の脂質リガンド結合PMO/RNAヘテロ核酸を開発しました。この核酸はRNase Hには認識されず、標的RNAに特異的に結合しスプライシング制御し、その遺伝子発現の調整を行います(図1)。DMDの動物モデルであるmdxマウス(ジストロフィン欠損)では、この核酸を投与したところ、骨格筋のみならず心筋でも顕著なジストロフィンタンパクの回復が確認されました。加えて筋力、心電図変化、中枢神経症状などの正常化にも成功しました。
この研究成果は、国際科学誌Nature Communications に、2024年9月26日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、X染色体潜性(劣性)遺伝性疾患で、ジストロフィン遺伝子の変異により、ジストロフィンタンパクが産生できない病気です。ジストロフィンタンパクは筋細胞を構成する蛋白質ですが、筋細胞内にあるアクチンと細胞外にある基底膜をつないで、筋細胞膜を安定化させています。ジストロフィンタンパクが欠損すると、筋肉の変性・壊死が徐々に進行します。DMD患者さんでは徐々に発達が遅れ、10歳ころには車いす生活となり、20歳までには寝たきり、呼吸不全で亡くなることが多かったのですが、人工呼吸器管理により30-40代まで生存可能となりました。現在、生命予後を左右する心不全への対応が大きな課題となっています。近年、変異のあるジストロフィン遺伝子の中のエクソンを読み飛ばす(エクソン・スキッピング)ことで、短縮型ジストロフィンタンパクを産生させる「エクソン・スキッピング療法」がDMD患者さんを対象に実施されています。このエクソン・スキッピング療法で使用される核酸医薬品がアンチセンス核酸 (ASO)であり、日本でも認可されています。しかし、いずれも心臓には効果が期待できず、骨格筋への効果も限定的です。そこで、我々は従来のPMOの問題を克服するために、5'末端に脂質リガンドを結合した相補鎖RNAを主鎖であるPMOにハイブリダイズさせたヘテロ核酸 (PMO/HDO) 技術を開発しました。この新規技術を用いて、DMDモデルマウスであるmdxマウスに全身投与を行い、その効果・副作用について評価しました。

研究成果の概要

 本研究グループは、まず従来のDNA/RNAヘテロ2本鎖核酸 (HDO) を応用させて、現在主流となっているPMOを用いて脂質(α‐トコフェロール(Toc)または、コレステロール(Chol))リガンド結合型PMO/RNAヘテロ核酸(PMO/HDO)を設計・合成しました(図1)。その後、Toc-HDOとChol-HDOをmdxマウスへ全身投与を行い、PMOの血中濃度、組織移行性をPMO単独での投与と比較・検討を行いました。血清中では、Chol-HDOはPMO単独と比較して約7倍、Toc-HDOは約5倍の薬物曝露があり、血中滞留性が増加することが示されました(図2A)。標的組織でのToc-HDO、Chol-HDOのPMO濃度は、PMO単独投与と比較し150~280倍の増加が確認され、各組織への移行が劇的に増加することが示されました(図2B)。 またToc-HDO、Chol-HDOのマウスアルブミンとの結合親和性を調べたところ、PMO単独では親和性を示さなかったのに対し、脂質リガンド結合HDOでは顕著に親和性が増強されていることが確認されました。この結果から脂質リガンド結合HDOは血中でより安定し、各組織内に効率的に送達されることが示唆されました。 さらに、薬剤の細胞内での分布を調べるために in situ hybridization chain reaction (in situ HCR法) ※5 を行い、投与後6時間で心臓と大腿四頭筋における PMOの局在を評価しました。その結果、PMO単独投与ではPMOシグナルはほとんど検出されませんでしたが、Chol-HDO投与では、筋細胞の核にPMOの顕著な局在が観察されました(図3)。
 次に、PMO単独とToc-HDO、Chol-HDOの静脈内投与(PMO換算で100 mg/kgを週1回、1、3、5回投与)を行い、最終投与から2週間後のmdxマウスで評価しました。具体的には、異常のあるエクソン23のエクソン・スキッピング効率、ジストロフィンタンパクの発現量、および副作用について比較・検討しました。脂質リガンド結合型ヘテロ核酸はPMO単独に比べてエクソン・スキッピング効率が向上し、ジストロフィンタンパクの発現も著しく増加しました(図4、5)。特に、PMO単独ではほとんど効果が見られなかった心筋でも顕著な効果が確認されました。
 さらに、マウスの血清CK値、握力やトレッドミル運動負荷試験、心電図変化、筋病理といった表現型を評価したところ、 Chol-HDOおよびToc-HDO治療により顕著な改善が見られました(図6)。特に、Chol-HDOは、mdxマウスの運動および心機能、血清CK、筋病理を正常マウスのレベルまで正常化させました。ジストロフィンタンパクは中枢神経系でも脳の特定の領域に発現しており、mdxマウスでは心理的ストレスを誘発する拘束ストレスで、その場で動かなくなる”すくみ行動”が観察されます。 Chol-HDOを投与したmdxマウスでは、すくみ行動と総移動距離が正常化しており、 Chol-HDOがDMD患者の精神症状の改善にもつながる可能性示唆されました。

研究成果の意義

 DMDは、近年では核酸医薬の新規開発が進んでいるものの、特に心筋への効果は依然として不十分です。今回の研究では、脂質リガンド結合HDOがmdxマウスの心臓でジストロフィンタンパクを劇的に発現させ、心機能障害が改善することが確認されました。従来のPMO薬では達成できなかったDMD患者の予後を改善させることが期待されます。また、このようなPMO/HDOの特性は、エクソン・スキッピング療法の対象となるDMDに限らず、エクソン・スキッピング療法の対象となる心臓、中枢神経系、骨格筋に影響を与える他の遺伝性疾患に対する治療薬としても有望な医薬技術となり得ます。

用語解説

※1  エクソン・スキッピング療法
デュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因となるジストロフィン遺伝子の変異にはいくつかの種類があり、エクソンの欠失、重複、点突然変異といった一部のエクソンに異常があると、ジストロフィンの設計図であるmRNAに異常が生じてジストロフィンが作られない。エクソン・スキッピング療法は、成熟したmRNAになる前のmRNA前駆体に作用して、エクソンを認識させないようにして、正常よりも少し短いながら正常に機能するジストロフィンを作らせる治療法である。ジストロフィンタンパクの構造は、中央部がロッドドメインの繰り返し構造となっており、一部の構造がかけても機能して、運動機能、呼吸機能、心機能などの低下を抑えて症状の進行を遅らせることが期待されている。
  
※2 ホスホロジアミデートモルホリノオリゴマー (PMO)
DNAやRNAなどの核酸は生体内でヌクレアーゼにより分解されやすいため、化学修飾を施した核酸医薬が開発されているが、細胞毒性も問題となっている。PMOは核酸類似の人工化合物であり、モルフォリン環を持ち、ホスホロジアミデート結合をしていることでヌクレアーゼ耐性が高く、細胞毒性が低い利点がある。一方で電荷をもたないため、膜透過性が低く、組織移行性が低いことが課題である。

※3  アンチセンス核酸(ASO)
核酸医薬には、主にアンチセンス核酸(ASO)とsiRNAの作用様式があり、ゲノム遺伝子から転写されたmRNAやmRNA前駆体に作用する。ASOは様々な化学修飾が施された1本のDNA鎖を基本構造として標的のmRNA等とDNA/RNAハイブリッドを形成して標的RNAを分解、またはRNAのスプライシング制御等を行う。

※4  mdxマウス
mdxマウスはX染色体上のジストロフィン遺伝子のエクソン23に点突然変異を持ち、ジストロフィンタンパクが産生されないため、デュシェンヌ型筋ジストロフィーのモデルマウスとして知られている。

※5  in situ hybridization chain reaction (in situ HCR法)
蛍光標識されたヘアピン構造の合成DNA等を用いて、組織切片上で目的の核酸(今回はPMO)を可視化する方法。この手法により、組織内での目的核酸の局在を可視化でき、その分布を明らかにできる。
 

論文情報

掲載誌: Nature Communications

論文タイトル: Heteroduplex oligonucleotide technology boosts oligonucleotide splice switching activity of morpholino oligomers in a Duchenne muscular dystrophy mouse model

DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-024-48204-5

研究者プロフィール

長谷川 樹里 (ハセガワ ジュリ) Juri Hasegawa
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科  
脳神経病態学分野(脳神経内科) 大学院生
・研究領域
神経内科学、核酸医薬
 

永田 哲也 (ナガタ テツヤ) Tetsuya Nagata 
東京医科歯科大学 統合研究機構
核酸・ペプチド創薬治療研究センター (TIDEセンター) 教授  
脳神経病態学分野(脳神経内科)
・研究領域
神経内科学、核酸医薬
横田 隆徳 (ヨコタ タカノリ) Takanori Yokota  
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科   
脳神経病態学分野(脳神経内科) 教授
・研究領域
神経内科学、核酸医薬

問い合わせ先

<研究に関すること>

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 
脳神経病態学分野/核酸・ペプチド創薬治療研究センター
永田 哲也 (ナガタ テツヤ)
横田 隆徳 (ヨコタ タカノリ) 
E-mail: tak-yokota.nuro[@]tmd.ac.jp  t-naga.nuro[@]tmd.ac.jp
 

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
 

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関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「 脂質リガンド結合ヘテロ核酸による新規エクソン・スキッピング療法の開発 」