プレスリリース

「 胎児期の間欠的低酸素曝露が、顎骨の生後成長を阻害するメカニズムを発見 」【細道純 准教授、小野卓史 教授】

公開日:2024.6.11
 
「 胎児期の間欠的低酸素曝露が、顎骨の生後成長を阻害するメカニズムを発見 」
― 妊娠期閉塞性睡眠時無呼吸症による出生児の成長阻害の病態解明への期待 ―

ポイント

  • 妊娠中の閉塞性睡眠時無呼吸症(OSA)による母体の低酸素状態は、出生児の成長発達や生活習慣病の発症リスクに影響を与えることが懸念されていますが、胎児期の低酸素血症と出生後の成長阻害を結ぶメカニズムは不明でした。
  • OSAの間欠的低酸素(IH)症を再現した妊娠モデルラットからの出生仔において、出生後長期にわたり、低酸素応答に関わる転写因子(HIF-1α)の発現上昇および軟骨増殖を促す転写因子(SRY-box9:SOX9)の発現減少が認められ、下顎の成長遅延が生じることが明らかになりました。
  • 胎児期の低酸素状態が、出生後の下顎骨の骨成長を阻害するという新たな病態機構の可能性を示すとともに、睡眠呼吸障害をもつ妊娠女性と出生児に対する先制医療の開発へとつながることが期待されます。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科咬合機能矯正学分野の小野卓史教授、細道純准教授および鈴木拓望大学院生(2024年4月より、東京医科歯科大学病院快眠歯科(いびき・無呼吸)外来を兼担)の研究グループは、大阪大学大学院医学系研究科法医学教室の前田秀将特任准教授のグループとの共同研究で、妊婦に好発する睡眠呼吸障害であるOSAがもたらす、就寝中における無呼吸と呼吸再開の繰り返しによって生まれる間欠的低酸素状態(IH)が、出生児の成長発達に与える病態機構を解明するため、妊娠期IHモデルラットからの出生仔の解析をおこない、胎児期のIH曝露が、出生後長期にわたり、出生仔における下顎骨の成長阻害をもたらす新規病態を発見しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Frontiers in Physiologyに、2024年6月11日にオンライン版で発表されました。
 

研究の背景

 妊娠中の体重増加やホルモン変化は、閉塞性睡眠時無呼吸症(OSA)※1を好発させ、母体の間欠的低酸素(IH)血症※2が胎児の発育に与える影響が懸念されています。このように胎児期から出生後の発達期における様々な環境への曝露が、成長後の健康や病気の発症リスクに影響を及ぼすというDOHaD仮説※3が注目され、母体の低酸素状態が、出生児の成長発達障害や生活習慣病の発症リスクにもなる可能性が唱えられています。これまで、胎児期にIH状態に曝露された出生仔ラット・マウスは、出生時にはやや低体重で呼吸状態にも異常が認められること、さらに成獣期には体重の増加、インスリン抵抗性、学習機能障害が起こることが報告されています。一方、胎児期のIH曝露と出生後の成長阻害を結ぶメカニズムは不明でした。このような背景のもと、研究グループは、妊娠期OSAの疾患モデル動物として、本疾患の呼吸病態を再現した妊娠IH曝露ラットを確立し、出生仔の解析を通じて、胎児期の低酸素曝露の出生仔の成長阻害リスクと病態機構を検証しました(図1)。

図1. 研究の背景

研究成果の概要

 CT画像の解析により、出生時から成獣となる生後10週齢まで、雄雌の出生仔の骨格成長を追跡した結果、胎児期にIH曝露された雄の出生仔において、生後5週齢にて、下顎骨の高径や下顎骨体の皮質骨幅の減少が認められ、下顎の成長抑制が示唆されました(図2)。一方、雌の出生仔において、そのような顎骨の成長抑制は認められませんでした。

図2. 胎児期の間欠的低酸素(IH)曝露による下顎骨の生後成長への影響

 さらに、IH曝露による下顎骨の生後成長の障害メカニズムを探るため、下顎骨の成長中心である下顎頭軟骨を対象に、遺伝子発現量の変化の解析を行った結果、雄の出生仔においては、成獣となる出生後10週齢まで、低酸素応答に関わる転写因子(HIF-1α)の発現上昇とともに、軟骨増殖を促す転写因子(SRY-box9:SOX9)の発現減少が生じていることが認められました(図3)。

図3. 胎児期の間欠的低酸素(IH)曝露による下顎頭軟骨の遺伝子発現変化

研究成果の意義

 わが国における睡眠時無呼吸症の患者数は、2019年の報告(Benjafield AV et al. Lancet Respir Med. 2019)では、約940万人以上と推定され、OSAは21世紀の「国民病」とも言われています。しかし、自覚症状が乏しいことから、厚生労働省の社会医療診療行為別統計(旧:社会医療診療行為別調査)によると、実際に治療を受けているのは約64万人程度とされています。また、晩婚・晩産化に伴う高齢出産の増加(厚生労働省:令和3年度「出生に関する統計」の概況)にともない、今後、わが国における生活習慣病や睡眠呼吸障害のリスクをもつ女性による出産増加が見込まれます。
 妊娠中の睡眠呼吸障害は、流産、切迫早産、発達障害児の出産の原因にもなることから、胎児期の低酸素症による出生後の成長発育障害の発症リスクの検証は、わが国が健康長寿社会を目指す上で、喫緊の重要課題であります。
 本研究結果は、胎児期の低酸素曝露が、出生後長期に渡り、顎骨成長を阻害するという新たな病態機構の可能性を、国内外で初めて示すとともに、DOHaD仮説※3のもと、妊娠中の睡眠呼吸障害による出生児の成長発育障害に対する新たな予防・治療法の開発へとつながることが期待されます。

用語解説

※1 閉塞性睡眠時無呼吸症(OSA)・・・・・・・・夜間就寝中に、空気の通り道である上部気道が狭くなったり閉塞したりして、十分な呼吸ができないために、体内の酸素濃度が下がる睡眠呼吸障害のひとつであり、いびき、不眠とともに、心臓、血管、脳に負担がかかることから、生活習慣病や認知機能の低下などをもたらすリスクとなる。

※2 間欠的低酸素血症・・・・・・・・夜間就寝中に呼吸の停止あるいは換気障害(10秒以上の無呼吸または低呼吸)と再開を繰り返すことにより、血中の酸素濃度が低酸素の状態と正常な酸素状態の間を一定の周期で変化する状態。

※3 DOHaD (Developmental Origins of Health and Disease) 仮説・・・・・・・・胎児期や出生後早期の環境因子が、成人期以降の健康や疾病の罹患リスクに影響を与えるという仮説。


 

論文情報

掲載誌: Frontiers in Physiology

論文タイトル: Gestational intermittent hypoxia reduces mandibular growth with decreased Sox9 expression and increased Hif1a expression in male offspring rats

DOI: https://doi.org/10.3389/fphys.2024.1397262

研究者プロフィール

小野 卓史 (オノ タカシ) Ono Takashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
・研究領域
歯科矯正学、口腔生理学、睡眠医学
 

細道 純 (ホソミチ ジュン) Hosomichi Jun                         
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 准教授
・研究領域
歯科矯正学、睡眠医学、低酸素生物学、骨・軟骨代謝
 
鈴木 拓望 (スズキ タクミ) Suzuki Takumi                        
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 大学院生
東京医科歯科大学病院快眠歯科(いびき・無呼吸)外来 医員
・研究領域
歯科矯正学、睡眠医学
 
前田 秀将 (マエダ ヒデユキ) Maeda Hideyuki 
大阪大学 大学院医学系研究科
法医学教室 特任准教授(常勤)  
・研究領域 
法医学
 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 小野 卓史(オノ タカシ) 
E-mail:t.ono.orts[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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