「 ステージIIIの絨毛膜羊膜炎は、重症の未熟児網膜症発症リスクを低減する 」【鹿島田健一 准教授】
― 未熟児網膜症と絨毛膜羊膜炎の関連が明らかに ―
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ポイント
- 未熟児網膜症(ROP)※1は、早産児の重篤かつ治療困難な合併症です。予防が大切であるため、リスク因子の同定が重要です。
- 絨毛膜羊膜炎※2は、ROPのリスクを上げる、という報告が多いものの、明確ではありませんでした。
- 日本国内の大規模コホートデータおよびNICU単施設の詳細な臨床データ、双方を詳細に検討することで、絨毛膜羊膜炎は重症未熟児網膜症発症のリスクをむしろ低減することを示しました。
研究の背景
未熟児網膜症(retinopathy of prematurity:ROP)は、場合によって失明する可能性がある早産児の重篤な合併症の一つです。良好な視力予後のためには、早期発見が重要であり、自覚症状を訴えることができない新生児に対しては、定期的な眼底検査を行います。一方、眼底検査は身体が未熟で安定しない早産児にとっては大きなストレスであり、しばしばそれを契機に全身状態が悪くなることがあります。ROPのリスク因子の同定、それに基づく最小限の検査によるスクリーニング法の開発が今も継続的に行われています。
絨毛膜羊膜炎(Chorioamnionitis:CAM)は子宮内感染の一つで、妊娠中によく起こる合併症です。これまで、CAMとROPとの関連を明らかにしようと試みる研究がされてきましたが、その影響ははっきりとしませんでした。
我々はその原因が、CAMの判定基準による過剰診断や、統計学的な手法の問題などによる可能性を考慮しました。そこでその問題を解決すべく、2つの後方視的検討を行いました。一つ目は、大規模な臨床データを有する国内の新生児医療のデータベース[新生児臨床研究ネットワーク (NRNJ)]からのデータ抽出と解析、もう一つは土浦協同病院新生児科の詳細な臨床データに基づく解析です。
これらのデータをそれぞれ結果に影響を与えると考えられる交絡因子を慎重に取り除き、解析を行いました。
研究成果の概要
1: 日本新生児研究ネットワーク(NRNJ; https://plaza.umin.ac.jp/nrndata/indexe.htm)を用いた検討
NRNJは2003年に設立されたデータベースで、130以上の国内の周産期センターで妊娠週数32週未満または出生体重1500g未満で出生し、出生後28日以内に入院したすべての乳児のデータが登録されています。このNRNJデータベースより、70,050例の臨床データを入手し、そのうち解析に適した38,013例の新生児のデータを用いました。
本研究では、CAMの診断基準として、最も信頼できる方法である組織学的検査(histological examination)で確定されたもののみ(ここではそれをhCAMとします)を対象としました。交絡因子で調整しないデータでは、hCAM患者では重症ROPのリスクが上昇するように見えましたが(OR:2.19)、潜在的交絡因子(性別、出生体重、妊娠期間、母体DM、PROM)を調整すると、むしろステージIIIのhCAM(=重症のCAM)は重症ROP(ステージ≧3、または網膜光凝固術や抗VEGF薬が必要)のリスク低下と統計学的に関連しました(オッズ比[OR]:0.86;95%信頼区間[CI]:0.78-0.94])。一方、ステージ1および2の軽症のhCAMと、ROPリスクとの関連は明らかではありませんでした(ステージ1の場合、OR:1.05;95%CI:0.93-1.18;ステージ2の場合、OR:0.94;95%CI:0.84-1.05)。
2: 単一施設での検討
より詳細にhCAMとROPの関連と病態を調べる目的で、2015年4月から2018年3月までに土浦協同病院で出生した118例の新生児を対象とした検討を行いました。軽症hCAM(ステージI)ではROPのオッズ比が上昇(18.5;95%CI:1.06-322.69)したのとは対照的に、中等症および重症hCAM(それぞれステージIIおよびIII)では、ROPのオッズは有意に低下し(ステージII、OR:0.06、95%CI:0.005-0.82;ステージIII、OR:0.10、95%CI:0.01-0.84)、中等症から重症のhCAMはROPのリスク低下と関連していることが、こちらのコホートでも示されました。
臍帯炎は、重症の絨毛膜羊膜炎で認められ、炎症が新生児に及んでいることを示す所見です。この影響を明らかにするため、臍帯炎がROP発症に対する独立因子であるかどうかを評価しました。その結果、臍帯炎を伴うhCAMはROP発症リスクを有意に減少させました(OR:0.13;95%CI:0.02-0.97)。また、炎症の程度を示すWBC数、CRP値とは関連していませんでした。
最後にその機序についてです。CAMは胎生期のイベントである一方、ROPは出生後にさまざまな要因によって発症します。時系列的に乖離があるため、なんらかの胎児プログラミングが関わっていると考えることができます。本論文でも言及していますが、我々の臍帯由来の間葉系幹細胞を用いた検討では、hCAMをもつ新生児から採取した検体では、酸化ストレス※4に対する耐性が上昇しており、それがROP発症予防に寄与している可能性があると考えています。
本研究は、東京医科歯科大学の倫理委員会の承認(M2021-028)および土浦協同病院の承認(2021FY40)を得ています。
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研究成果の意義
用語解説
※1 未熟児網膜症: 早産児に見られる眼の疾患で、網膜の血管が十分に発達しないことにより異常な血管が生じる。進行すると網膜剥離や視力障害、失明のリスクがある。新生児は症状を訴えることができないことに加え、良好な視力予後には予防的治療が必要であることから、リスク因子に基づくスクリーニング検査が重要である。
※2 絨毛膜羊膜炎: 胎児を包む絨毛膜と羊膜が感染により炎症を起こし、母体の発熱、腹痛、早産を引き起こす。出生した新生児の感染症や、早産児のさまざまな合併症と関連があることが知られている。
※3 ステージ分類 (Stage I, II, III): 絨毛膜羊膜炎は、組織学的に炎症が確認できる範囲に基づき、StageI~IIIに分けられる (Blanc分類)。Stage Ⅰ、Ⅱでは多形核白血球の浸潤がそれぞれ絨毛膜下、絨毛膜に留まっているのに対し、Stage Ⅲでは胎児組織の一部である羊膜にまで浸潤が及ぶものを指す。臍帯炎は、胎児組織の一部の炎症であり、臍帯炎があったグループでROPのリスクを下げたことと、NRNJでStageIIIがROPを下げたことは整合性がある。
※4 酸化ストレス: 体内で「活性酸素」と呼ばれる分子が増え、細胞や組織にダメージを与える状態。活性酸素は、体がエネルギーを作り出す過程の他、炎症によっても発生する。
論文情報
掲載誌: Journal of Pediatrics
論文タイトル: Stage III Chorioamnionitis Is Associated with Reduced Risk of Severe Retinopathy of Prematurity
研究者プロフィール
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杉江 学 (すぎえ まなぶ) Manabu Sugie
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
発生発達病態学分野 助教
・研究領域
小児科学 新生児学
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東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
公衆衛生学分野 准教授
・研究領域
公衆衛生学 疫学 小児科学
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東京医科歯科大学 高等研究院
免疫・分子医学研究室 教授
・研究領域
小児科学 免疫学 再生医学 感染症
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東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
発生発達病態学分野 准教授
・研究領域
小児科学 内分泌代謝学 再生医学
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
発生発達病態学分野 鹿島田 健一 (カシマダ ケンイチ)
E-mail:kkashimada.ped[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
新生児臨床研究ネットワーク
事務局
Email:nponrn-office[@]umin.ac.jp
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