プレスリリース

「 光で骨吸収をコントロールする新技術を開発 」【中田隆夫 教授、小野卓史 教授、東京工業大学 石井智浩 教授】

公開日:2024.2.13
「 光で骨吸収をコントロールする新技術を開発 」
― 骨疾患の新たな治療法に期待 ―

ポイント

  • 光を用いることで細胞分化を誘導し成熟した破骨細胞を生み出す光遺伝学ツールを開発しました。
  • 光照射をコントロールすることで骨吸収を空間的に制御することが可能となりました。
  • 骨疾患や歯科矯正の新規治療法開発への応用が期待できます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 細胞生物学分野の石井智浩講師(現・東京工業大学マネジメント教授)、浅野豪文助教、中田隆夫教授の研究グループ、咬合機能矯正学分野の高田愛子大学院生と小野卓史教授の研究グループ、分子細胞機能学分野の中浜健一准教授は、光を用いて成熟破骨細胞を分化誘導する新たなツールOpto-RANKを開発しました。光照射を制御することで特定の場所で破骨細胞を生み出すことに成功し、その結果、局所的な骨吸収が可能となりました。光で骨吸収を操作する新たな治療法の開発が期待されます。この研究は文部科学省科学研究費補助金、武田科学振興財団ならびにブレインサイエンス振興財団の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reports(サイエンティフィック・レポート)に、2024年1月19日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 光遺伝学※1は光を用いて光感受性タンパク質を可逆的に、そして時空間的に自在に制御することを可能にしています。脳神経系の研究では神経活動を光で制御できるチャネルロドプシンが広く応用され、神経ネットワークや神経機能の理解が大きく進んでいます。光遺伝学の神経活動以外への応用は大きく遅れていましたが、近年タンパク質工学技術の進展により様々な光遺伝学ツール(光応答タンパク質)が人工的に作られるようになってきました。光による細胞内シグナルの操作、遺伝子発現や遺伝子組換えの誘導などが可能になってきましたが、一つの光遺伝学ツールのみで細胞を分化させて特定の機能を持つ成熟細胞を作り出すような研究はほとんど行われてきませんでした。
 骨は運動、身体の保護、造血、ミネラルの恒常性維持に重要であり、破骨細胞による骨吸収と骨芽細胞による骨形成のダイナミックなプロセスが骨の構造を維持しています。破骨細胞の過剰な活性化は骨粗鬆症や歯周病の原因となり、破骨細胞の機能不全は骨硬化を呈する大理石骨病などの原因となることが知られています。破骨細胞は血球系の細胞であり、その分化前の前駆細胞はRANKタンパク質を細胞表面に発現しています。RANKLタンパク質というRANKタンパク質の結合パートナーがRANKと結合することにより前駆細胞は分化誘導され巨大な多核の成熟破骨細胞になります。
 今回、研究グループは光でRANKタンパク質を活性化する人工タンパク質Opto-RANKの開発、そしてOpto-RANKを用いた破骨細胞の分化誘導を目指しました。細胞質で機能するOpto-RANKcと細胞膜近傍で機能するOpto-RANKmの2種類のOpto-RANKを作成しましたが、詳細に解析を行ったOpto-RANKcについて説明します。

研究成果の概要

 破骨細胞分化に中心的な役割を果たすRANKタンパク質は特定の多量体構造を形成すると活性化することが知られていました。また、シロイヌナズナのクリプトクロム2(CRY2)タンパク質は青色光に応答して多量体を形成する性質を持つことが知られていました。そこで、マウスのRANKタンパク質の細胞内ドメインを赤色蛍光タンパク質mCherryと共にCRY2と融合したタンパク質Opto-RANKcを設計しました。Opto-RANKcは光によりCRY2ドメインを介して複合体を形成することが予想され、結果的にRANKタンパク質の活性化状態である多量体構造を実現すると考えました(図1A)。
 RANKは活性化するとTRAF6シグナルタンパク質と相互作用することが知られています。そこで、Opto-RANKc遺伝子とTRAF6遺伝子を培養細胞に導入し、光照射を行いました。するとOpto-RANKcタンパク質の多量体形成と同時にさらに多くのTRAF6タンパク質の多量体形成を観察することができました(図1B)。これは光によりRANKが活性化されたことを示しています。

図1 破骨細胞分化誘導光遺伝学ツールOpto-RANKcの構造と培養細胞での応答。(A) Opto-RANKcの構造と青色光に対する反応。Opto-RANKcはシロイヌナズナ由来の光感受性ドメインCRY2、赤色蛍光タンパク質mCherryとマウスRANKの細胞内ドメインの融合タンパク質である。青色光を照射すると多量体を形成して、破骨細胞分化シグナルを生み出す。(B) 培養細胞(HEK293T)で発現するOpto-RANKcと緑色蛍光タンパク質GFP融合TRAF6の青色光に対する応答。光照射によりOpto-RANKcとTRAF6は多量体を形成する。スケールバーは20 µm。

 RANKLを添加することにより破骨細胞に分化することが知られているRAW264.7細胞があります。そこで、RAW264.7細胞にレトロウイルスベクターを用いてOpto-RANKcを導入しました(以降これをOpto-RANKc細胞と呼びます)。Opto-RANKc細胞では、RANKLを添加することなく光照射のみでRANKタンパク質からのシグナル伝達経路の活性化が期待されます。培養中のOpto-RANKc細胞に対して7日間特定のパルス条件で光照射したのち、細胞をTRAP染色しました(図2A)。TRAP染色とは破骨細胞分化を観察するスタンダードな方法で、破骨細胞分化が進んでいると赤く染色されます。Opto-RANKc細胞は赤く染色され、さらに巨大な多核の細胞が観察されました。また、定量PCRを行い分化破骨細胞に特徴的な遺伝子発現の上昇を確認しました(図2B)。これらのことはOpto-RANKc細胞は光照射により成熟破骨細胞に分化したことを示しています。

図2 Opto-RANKc細胞の青色光照射による分化。Opto-RANKcがRAW264.7細胞に導入されたOpto-RANKc細胞について解析した。(A) Opto-RANKc細胞に7日間、特定のパルス条件下で光照射したのちTRAP染色をすると、赤く染色された巨大な破骨細胞ができる(右)。左は野生型RAW264.7細胞。スケールバーは150 µm。(B) 野生型RAW264.7細胞をRANKLで、Opto-RANKc細胞を光により5日間分化誘導し、破骨細胞特異的遺伝子Acp5、Nfatc1、Mmp9の遺伝子発現を定量PCRにより解析した。光照射Opto-RANKc細胞でこれらの遺伝子発現の上昇がみられる。

 最後に光により分化したOpto-RANKc細胞に骨吸収の機能があるかどうかをピットフォーメーションアッセイという方法で調べました。この方法は骨の基質であるリン酸カルシウムを溶かす能力を測定します。リン酸カルシウムでコーティングした培養プレート上でOpto-RANKcを光照射しながら13日間培養しました。この実験では骨吸収を光照射方法によりコントロールできるかどうかを調べるために、プレートの半分を遮光して実験を行いました(図3)。光が当たった領域ではリン酸カルシウム基質に多数の溶解跡(ピット)が生じていたのに対し、遮光した側ではピットはほとんど生じませんでした。この実験結果は、Opto-RANKc細胞を光によって分化させた細胞が骨吸収能を持つということ、そして骨吸収を空間特異的にコントロールできることを示しています。

図3 骨吸収活性の光によるコントロール。Opto-RANKc細胞をリン酸カルシウムでコーティングした48ウェル培養プレート上で光照射しながら13日間培養した。リン酸カルシウムコーティングは最後に染色液により青く染色した。白く抜けている部分(ピット)が破骨細胞に吸収された部分となる。スケールバーは2 mm。培養プレートの半分に光照射し、残りの半分を遮光した。右のグラフは左右半分それぞれのピットの割合を測定した結果を示す。光照射した側でピットが多く存在する。

研究成果の意義

 本研究成果は光を用いて細胞を分化誘導し、機能的な細胞を生み出すという光遺伝学の新たな応用方法を示すことができました。自由に光照射をコントロールできるメリットを生かして、細胞分化における細胞内のシグナル伝達の時空間的な詳細な解析が可能になります。また、光照射をコントロールして骨吸収を操ることができることから、骨疾患や歯科矯正の新たな治療方法の開発につながる可能性があります。さらに、本研究で注目したRANKタンパク質は29のメンバーからなるTNF受容体スーパーファミリー※2に属しており、同様の構造を持つ他のファミリーメンバーも同じ手法により光制御することができる可能性があります。それらは免疫機能の制御や細胞死、細胞分化など多様な細胞機能の制御に関わっており、本研究の手法を転用して新たな光遺伝学ツールを作成することでこれらの研究の発展につながることも期待されます。

用語解説

※1光遺伝学:オプトジェネティクスとも言う。遺伝学(ジェネティクス)と光学(オプティクス)の組み合わせ。特定の波長の光で活性化されるタンパク質分子を、遺伝学的手法を用いて特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作する技術。神経活動を光で操作できるチャネルロドプシンが広く使われている。近年では植物などに由来する光感受性ドメインを利用して様々な光感受性タンパク質が開発されている。

※2TNF受容体スーパーファミリー:腫瘍壊死因子受容体スーパーファミリー。TNF受容体スーパーファミリーは29の関連受容体から構成されておりRANKタンパク質を含む。これらのリガンドであるサイトカインのTNFスーパーファミリーは現在19のリガンドから構成されておりRANKLタンパク質を含む。これらのTNFスーパーファミリーリガンドとTNF受容体スーパーファミリーとの間の相互作用は、免疫細胞などの生存、増殖、分化、エフェクター機能を制御するシグナル伝達を媒介する。
 

論文情報

掲載誌:Scientific Reports

論文タイトル:Development of an optogenetics tool, Opto-RANK, for control of osteoclast differentiation using blue light

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-52056-w

研究者プロフィール

石井 智浩 (イシイ トモヒロ) Ishii Tomohiro
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
細胞生物学分野 講師
(現所属)東京工業大学 バイオサイエンス統合支援センター
マネジメント教授
・研究領域
組織学、細胞生物学、光遺伝学
高田 愛子 (タカダ アイコ) Takada Aiko
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 大学院生
・研究領域
歯科矯正学
中田 隆夫 (ナカタ タカオ) Nakata Takao
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
細胞生物学分野 教授
・研究領域
組織学、細胞生物学、光遺伝学
浅野 豪文 (アサノ トシフミ) Asano Toshifumi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
細胞生物学分野 助教
・研究領域
細胞工学、光遺伝学

中浜 健一 (ナカハマ ケンイチ) Nakahama Kenichi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子細胞機能学分野 准教授
・研究領域
骨代謝、細胞間コミュニケーション
 
小野 卓史 (オノ タカシ) Ono Takashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
・研究領域
歯科矯正学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京工業大学バイオサイエンス統合支援センター
石井 智浩(イシイ トモヒロ)
E-mail:ishii.t.aw[@]m.titech.ac.jp

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
細胞生物学分野 中田 隆夫(ナカタ タカオ)
E-mail:info.cbio[@]tmd.ac.jp


<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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