「 老化したマウスの腸管において増加する特徴的な異なる2つのT細胞集団を同定 」【根本泰宏 准教授】
公開日:2024.2.8
「 老化したマウスの腸管において増加する特徴的な異なる2つのT細胞集団を同定 」
― 腸管の免疫老化機構解明への第一歩 ―
― 腸管の免疫老化機構解明への第一歩 ―
ポイント
- 加齢に伴って体内に蓄積し、炎症因子を分泌して周囲の細胞の老化を促進する老化T細胞が老化における治療標的として注目されています。
- “老化しにくい臓器”である腸管は独自の免疫機構を持ちますが、腸管免疫の老化に関してはほとんど知られていません。
- 研究グループは腸管免疫系、特に老化において重要な役割を持つT細胞の加齢に伴う変化について詳細な解析を行ないました。
- 老化したマウスの小腸において、腸管特異的な2つのCD4+ T細胞集団が増加することを同定し、これらが腸管の老化抑制や長寿に関わる可能性が示唆されました。
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 消化器病態学分野の岡本隆一教授と根本泰宏准教授、米本有輝大学院生の研究グループは、老化したマウスの小腸において、特徴的な2つのT細胞集団が増加していることをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Frontiers in Immunologyに2024年1月22日 オンライン版で発表されました。
研究の背景
現代は世界的に歴史上類を見ない超高齢化社会を迎えており、医学的、社会的な対策が喫緊の課題となっています。無機物の経年劣化とは異なり、構成元素が常に入れ替わる生物の老化は将来的に“治療”できる可能性が示唆されています。免疫システムは慢性炎症を介して老化を促進することが知られており、特に長命なT細胞の老化が重要であると考えられています。細胞レベルでは増殖能が低く、TNF-α/IFN-γなど炎症性サイトカインなどを分泌する老化T細胞が増加することが知られており、全身老化における治療標的の一つとして注目されています。
“老化しにくい臓器”として知られる腸管は、独自のリンパ組織を持ち、CD4, CD8+ T細胞以外にも, 末梢血ではほとんど存在しないγδT細胞※1やCD8αα+ T細胞など、独自の分画を多く含み、非常にユニークで高度に発達した免疫系を有することが知られています。腸管免疫系は腸内細菌など莫大な外来抗原の最前線で、炎症と寛容のバランスを絶妙に保ち、健常な状態を維持しています。しかしながら、全身免疫系における老化は精力的に研究されているのに対して、腸管免疫系の老化に伴う変化についてはほとんど報告がありません。
そこで今回我々は、腸管免疫系、特にT細胞の老化に伴う質的、量的、機能的な変化を解析し、全身免疫系における老化T細胞との比較を試みることにより、老化現象における腸管免疫系の役割を検討しました。
“老化しにくい臓器”として知られる腸管は、独自のリンパ組織を持ち、CD4, CD8+ T細胞以外にも, 末梢血ではほとんど存在しないγδT細胞※1やCD8αα+ T細胞など、独自の分画を多く含み、非常にユニークで高度に発達した免疫系を有することが知られています。腸管免疫系は腸内細菌など莫大な外来抗原の最前線で、炎症と寛容のバランスを絶妙に保ち、健常な状態を維持しています。しかしながら、全身免疫系における老化は精力的に研究されているのに対して、腸管免疫系の老化に伴う変化についてはほとんど報告がありません。
そこで今回我々は、腸管免疫系、特にT細胞の老化に伴う質的、量的、機能的な変化を解析し、全身免疫系における老化T細胞との比較を試みることにより、老化現象における腸管免疫系の役割を検討しました。
研究成果の概要
若年マウス(5-9週齢)と老齢マウス(18ヶ月齢以降)の脾臓、腸管膜リンパ節、パイエル板、小腸、大腸各臓器における免疫細胞を採取し、フローサイトメトリーを用いて、T細胞分画の割合と、老化T細胞に特徴的とされる表面マーカーの変化を解析したところ、脾臓やリンパ組織、大腸と比較し、小腸の上皮間リンパ球(Intraepithelial lymphocytes; IEL)※2で最も大きな変化がみられました。老齢マウスの小腸において、CD4+分画の割合が著明に増加し、老化T細胞の特徴である共刺激分子CD27及びCD28の発現低下がみられました。よって、小腸IEL-CD4に着目し、脾臓のCD4+ T細胞を全身免疫系の比較対象として、若年と老齢マウスよりそれぞれの分画をフローサイトメーターにより分取し、増殖能を比較しました。老化IEL-CD4の増殖能は、全身免疫系の老化T細胞と比較して著しく低下しました。マイクロアレイによる網羅的遺伝子発現解析では、老化IEL-CD4において、炎症性サイトカイン※3の上昇はみられず、Cd8αやNK受容体、グランザイムといった細胞障害性T細胞マーカーの上昇がみられました。そこで、腸管腫瘍由来オルガノイド※4とIEL共培養モデルを用いて抗腫瘍免疫能を検討しました。腸管腫瘍を自然発症するAPCminマウスの腸管腫瘍からオルガノイドを作成し、若年マウスおよび老齢マウスの小腸IEL-CD4+ T細胞、CD3+ T細胞と共培養し、細胞障害能を検討したところ、老化IELは若年IELよりも小腸腫瘍オルガノイドに対する高い細胞障害活性を有していました。さらに老化T細胞を細分化し、1細胞レベルの特性を精密に検討する目的で、若年と老齢マウスの小腸IEL、脾臓よりそれぞれCD3陽性T細胞を分取し、シングルセルRNAシークエンス※5を行ないました。脾臓のT細胞において老齢マウスでナイーブ※6からメモリーT細胞※7への移行がみられる一方で、小腸では若年マウスでほとんどみられないCD8α+CD4+のT細胞分画が老齢マウスにおいて出現しました(図1)。
さらにIEL-CD4を詳細に解析すると、老化したIEL-CD4において2つのユニークなサブセットが大部分を占めることがわかりました。サブセット1はIfng, Ccl4といったサイトカイン/ケモカインの分泌が見られ、パスウェイ解析でもTCRシグナル、NFkBシグナルなどが抽出されるなど炎症の要素が強い一方で、ctla4などの抑制性分子の発現も見られました。サブセット2はIfngの発現はなく、Lag3やTigitといった抑制性分子、NK receptorやCd200r、Fcer1gなどのγδT細胞マーカーを高発現し、抑制的な要素が強い一方でCcl5の発現は高く、また老化腸管CD4+ T細胞の特性であるグランザイム、Cd8aの発現は両者に共通していました(図2、3)。これらの2分画はクラスタリングでは相反する位置関係にあり、実際にTCRレパトワ※8も異なっていました。
研究成果の意義
本研究成果により、老化したマウス小腸において性質の異なる二つのIEL-CD4+ T細胞サブセットが増加することが明らかになりました。これは、全身免疫系の老化T細胞における変化より大きく、老化が目立たない腸管の老化制御において重要な役割を担っている可能性が示唆されました。
全身免疫系では細胞障害活性を持つCD4+ T細胞が近年注目されています。これらの細胞は長寿者の末梢血に増加しており、腫瘍免疫において重要な役割を持つこと示唆されています。サブセット2はグランザイムやNK receptorやCD8αなどγδT細胞に類似した表面マーカーを発現することから、抗腫瘍免疫のみではなく、ストレス細胞の排除、バリア機能の維持など上皮細胞の品質管理を行っている可能性があります。
これらのIEL-CD4+ T細胞サブセットを介した腸管免疫の老化機構解明により、腸管自体の老化制御や長寿に寄与する治療へ繋がる可能性が期待されます。
全身免疫系では細胞障害活性を持つCD4+ T細胞が近年注目されています。これらの細胞は長寿者の末梢血に増加しており、腫瘍免疫において重要な役割を持つこと示唆されています。サブセット2はグランザイムやNK receptorやCD8αなどγδT細胞に類似した表面マーカーを発現することから、抗腫瘍免疫のみではなく、ストレス細胞の排除、バリア機能の維持など上皮細胞の品質管理を行っている可能性があります。
これらのIEL-CD4+ T細胞サブセットを介した腸管免疫の老化機構解明により、腸管自体の老化制御や長寿に寄与する治療へ繋がる可能性が期待されます。
用語解説
※1γδT細胞…γδ鎖のT細胞受容体(TCR)を発現するT細胞。末梢血に少なく、腸管上皮に多く存在する。細胞に傷害をきたす様々なストレスを感知し、免疫応答を誘導する。
※2腸管上皮間リンパ球…単層の腸管上皮細胞層にはまり込む様に存在し、CD4+ T細胞やCD8+ T細胞の他、γδT細胞といった末梢血では稀な特殊な分画を多く含むユニークな細胞集団。粘膜の恒常性維持において重要な枠割を担っている。
※3サイトカイン…主に免疫細胞が分泌する細胞間の情報伝達を行うタンパク質。
※4オルガノイド…生体外で作成されたミニ臓器。
※5シングルセルRNAシークエンス…1細胞ごとに転写産物(RNA)の種類と量を網羅的に検出する解析を行い、細胞の特性を明らかにする解析手法。集団の平均値を計測する通常の解析では検出が困難な希少細胞における発現変化の検出や、各細胞に特徴的な遺伝子発現プロファイルを元に亜集団を分類することが可能。
※6ナイーブT細胞…産生後、抗原に出会っていないT細胞。
※7メモリーT細胞…抗原と出会い活性化した後、一定の割合で生体内へ残り長期間維持されるT細胞。同じ抗原と2回目に遭遇した際、より早く強い機能を発揮することができる。
※8TCRレパトワ…T細胞受容体(TCR)は、複数の遺伝子断片から構成されており、多様な抗原と反応できるよう遺伝子再編成により10の18乗もの種類が存在する。このような個々の異なる特異性をもったTCRの多様性をレパトワという。
※2腸管上皮間リンパ球…単層の腸管上皮細胞層にはまり込む様に存在し、CD4+ T細胞やCD8+ T細胞の他、γδT細胞といった末梢血では稀な特殊な分画を多く含むユニークな細胞集団。粘膜の恒常性維持において重要な枠割を担っている。
※3サイトカイン…主に免疫細胞が分泌する細胞間の情報伝達を行うタンパク質。
※4オルガノイド…生体外で作成されたミニ臓器。
※5シングルセルRNAシークエンス…1細胞ごとに転写産物(RNA)の種類と量を網羅的に検出する解析を行い、細胞の特性を明らかにする解析手法。集団の平均値を計測する通常の解析では検出が困難な希少細胞における発現変化の検出や、各細胞に特徴的な遺伝子発現プロファイルを元に亜集団を分類することが可能。
※6ナイーブT細胞…産生後、抗原に出会っていないT細胞。
※7メモリーT細胞…抗原と出会い活性化した後、一定の割合で生体内へ残り長期間維持されるT細胞。同じ抗原と2回目に遭遇した際、より早く強い機能を発揮することができる。
※8TCRレパトワ…T細胞受容体(TCR)は、複数の遺伝子断片から構成されており、多様な抗原と反応できるよう遺伝子再編成により10の18乗もの種類が存在する。このような個々の異なる特異性をもったTCRの多様性をレパトワという。
論文情報
掲載誌:Frontiers in Immunology
論文タイトル:Single cell analysis revealed that two distinct, unique CD4+ T cell subsets were increased in the small intestinal intraepithelial lymphocytes of aged mice
DOI:https://doi.org/10.3389/fimmu.2024.1340048
研究者プロフィール
岡本 隆一 (オカモト リュウイチ) Okamoto Ryuichi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化器病態学分野 教授
・研究領域
消化器内科学、再生医学
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化器病態学分野 教授
・研究領域
消化器内科学、再生医学
根本 泰宏 (ネモト ヤスヒロ) Nemoto Yasuhiro
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化器病態学分野 准教授
・研究領域
消化器内科学、免疫学
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化器病態学分野 准教授
・研究領域
消化器内科学、免疫学
米本 有輝 (ヨネモト ユウキ) Yonemoto Yuki
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化器病態学分野 大学院生
・研究領域
消化器内科学、免疫学
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
消化器病態学分野 大学院生
・研究領域
消化器内科学、免疫学
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
消化器病態学分野 根本 泰宏(ネモト ヤスヒロ)
E-mail:kojibiom[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。