プレスリリース

「 生体内の胎盤を模倣したヒト胎盤オルガノイドの作製に成功 」【梶 弘和 教授】

公開日:2024.2.8

梶 弘和(かじ ひろかず) 生体材料工学研究所 診断治療システム医工学分野 教授(右)
堀 武志 (ほり たけし) 生体材料工学研究所 診断治療システム医工学分野 助教(左)

「 生体内の胎盤を模倣したヒト胎盤オルガノイドの作製に成功 」
― 胎児に安全な創薬への利用に期待 ―

ポイント

  • ヒトの胎盤幹細胞を用いて、ヒトの絨毛構造を模倣した胎盤オルガノイドモデルを世界で初めて作製。
  • 胎盤オルガノイドモデルの作製条件をもとに、妊婦から胎児への物質移行を定量的に評価可能な胎盤バリアモデルを開発。
  • ウイルスや細菌の胎盤を介した胎児への影響、胎盤で起きる物質輸送、胎盤の形成・成熟過程などを解明する上で、有用な細胞培養モデルとなるものと期待される。さらに、創薬、動物実験に頼らない医薬品安全性評価(動物実験代替法)の開発に貢献するものと期待される。
 東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 診断治療システム医工学分野の梶弘和教授と堀武志助教は、東北大学 大学院医学系研究科 情報遺伝学分野の有馬隆博名誉教授、柴田峻助教、小林枝里助教、熊本大学発生医学研究所 胎盤発生分野の岡江寛明教授らの研究チームと共に、ヒトの胎盤幹細胞を用いて、生体内の絨毛に類似した胎盤オルガノイド※1の作製に成功しました。本研究は、日本医療研究開発機構の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、科学研究費補助金などの支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Communications(ネイチャー コミュニケーションズ)に、2024年2月8日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 ヒトの胎盤は、妊娠の維持に必要なホルモンの産生を行うだけでなく、医薬品やウイルス等の異物から胎児を守る関門(バリア)としての役割も担っています。しかし、一部の医薬品やウイルスは、胎盤を透過し、胎児に影響を及ぼすことが知られています。胎児へのリスクを最小限に抑えた医薬品を開発するために、創薬では物質の胎盤透過性や胎児への移行量を正確に推定することが重要です。胎盤の構造や胎盤を構成する細胞には大きな種差が存在するため、動物実験から得られた物質胎盤透過性情報をヒトに外挿することが難しいことが知られています。また、これまでに開発されてきたほとんどの胎盤細胞培養モデルは、生体内の胎盤細胞とは異なる機能を持った絨毛癌由来の細胞が使用されてきたため、ヒトの胎盤についての正確な情報が十分に得られていませんでした。一方で、東北大学医学系研究科では、ヒト胎盤幹(TS)細胞を樹立することに成功しました(Okae et al, Cell Stem Cell. 2018)。この細胞は、安定に長期間未分化を維持でき(80継代以上)、また、ホルモン分泌に働く合胞体性栄養膜(ST)細胞や浸潤能を有する絨毛外性栄養膜(EVT)細胞へと分化する多能性を有します。そこで、ヒトTS細胞を活用し、東京医科歯科大学の当該研究グループと共同で細胞組織工学技術を駆使した、ヒトの胎盤を模倣した新規のヒト胎盤バリアモデルの開発に取り組みました。

研究成果の概要

 ヒトの胎盤の中には絨毛があり、妊娠初期の絨毛の表面は合胞体性栄養膜細胞(以下、バリア細胞)と細胞性栄養膜細胞から成る2層構造をしています(図1)。本研究では、ヒトの胎盤から樹立された胎盤幹細胞※2を3次元的(立体的)に培養することにより、この絨毛表面の構造を細胞培養により作り出すことを試みました。胎盤形成に関わる成長因子などを培養液に添加した後、8日間ほど培養した結果、球状の胎盤オルガノイドを作製することに成功しました(図2左)。この胎盤オルガノイドを詳細に解析した結果、実際の絨毛と同様に表面の細胞は融合しており、また、多くの微絨毛が観察されました。さらに、この胎盤オルガノイドの培養条件をもとに、母体-胎児間で起きる物質移行を評価することを可能とする胎盤バリアモデル(厚みを持った胎盤細胞シート)の開発に成功しました(図2右)。これらの胎盤オルガノイドと胎盤バリアモデルは、ウイルスなどが胎盤に感染するメカニズムや妊娠高血圧症候群に関わる胎盤形成不全のメカニズムを解明する上で有用であると考えられます。また、胎児への副作用を抑えた新しい医薬品の開発や、実験動物を使用しない医薬品安全性評価(動物実験代替法)の開発などにも利用可能であると期待されています。

図1 医薬品の胎盤を介した胎児への移行
胎盤の絨毛表面には合胞体性栄養膜細胞があり、これが異物に対する主たるバリアの役割を果たしている。しかし、妊婦が服用した医薬品の中には、この胎盤バリアを透過し、胎児に好ましくない作用を及ぼすものがある。

図2 ヒト胎盤幹細胞から作製された胎盤オルガノイド(左)、胎盤バリアモデルの正面図(中央)、バリアモデルの側面図(右図, 上部の赤い細胞がバリア細胞)

研究成果の意義

 本研究により、ヒト胎盤オルガノイドと胎盤バリアモデルを作製する方法が明らかになり、ヒトの胎盤研究を加速させるものと考えられます。たとえば、ウイルス等の病原体や環境化学物質、医薬品などの胎盤に対する影響が明らかになれば、より適切な医療や環境対策に繋げられるものと考えられます。さらに、医薬品候補化合物の胎盤透過性を評価することにより、胎児への副作用の小さい新薬の開発に繋げられるものと考えられます。また、ヒト胎盤モデルの作製は、ヒト胎盤の形成メカニズムや胎盤に関連した疾患(妊娠高血圧症候群等)の解明にも貢献するものと考えられます。

用語解説

※1 オルガノイド
幹細胞などの自己組織化により形成される、組織様の細胞構造体。

※2 胎盤幹細胞または栄養膜幹細胞
高い増殖能をもち、かつ、胎盤を構成する全ての胎盤細胞(栄養膜細胞)へと分化する能力を備えた細胞。2018年に東北大学 医学部の有馬隆博名誉教授のグループにより樹立された。

論文情報

掲載誌:Nature Communications

論文タイトル:Trophoblast stem cell-based organoid models of the human placental barrier

DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-024-45279-y

 

 

研究者プロフィール

堀 武志 (ホリ タケシ) Takeshi Hori 
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 
診断治療システム医工学分野 助教
・研究領域
生体模倣システム、薬物代謝
梶 弘和(カジ ヒロカズ) Hirokazu Kaji
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 
診断治療システム医工学分野 教授
・研究領域
生体模倣システム、ドラッグデリバリーシステム、生体医工学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 診断治療システム医工学分野 
堀 武志(ホリ タケシ)
E-mail:hori.bmc[@]tmd.ac.jp
梶 弘和(カジ ヒロカズ)
E-mail:kaji.bmc[@]tmd.ac.jp


<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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プレス通知資料PDF

  • 「生体内の胎盤を模倣したヒト胎盤オルガノイドの作製に成功」