骨髄/ナチュラルキラー(NK)前駆細胞性急性白血病は新規の独立した白血病である 【髙木正稔 寄付講座教授】
― 希少白血病の分子遺伝学的基盤の理解と治療法開発 ―
ポイント
- 長らく謎であった骨髄/ナチュラルキラー(NK)前駆細胞性急性白血病の遺伝子異常をつきとめました。
- 遺伝子異常に基づいた治療法が明らかになりました。
- ナチュラルキラー(NK)細胞の起源の解明の一端を担う研究となりました。
研究の背景
骨髄/ナチュラルキラー(NK)前駆細胞性急性白血病 Myeloid/natural killer cell precursor acute leukemia(MNKPL)は1997年に鈴木らによって初めて報告された髄外浸潤を特徴とする非常に稀な白血病で、東アジアに多いことが知られていました。しかし、WHO分類※4では該当する疾患概念がありません。予後不良とされていますが、これまでその希少性からその臨床像は十分解明されていませんでした。また、その分子病態に関しても、全く研究が行われていませんでした。それゆえ適切な治療法も確立されていませでした。
研究成果の概要
日本全国から15例の骨髄/NK前駆細胞性白血病の臨床情報が収集できました。小児から成人までその発症は広く見られ、5年全生存率は36.7%と不良でした。
分子遺伝学的な解析として、13例の全エクソン解析または全ゲノム解析※5、6例の全トランスクリプトーム解析※6、7例のDNAメチル化アレイ解析※7を行いました。2例で単一細胞RNAシークエンス解析※8を正常骨髄と比較して行いました。その結果、NOTCH経路※9にかかわる分子の遺伝子変異を54%、染色体転座や欠損など構造異常を含めETV6遺伝子※10に異常を38%に認めました。全トランスクリプトーム解析の結果、骨髄/NK前駆細胞性急性白血病は他の白血病から独立した白血病であることが明らかとなり(図1)、NOTCH1の異常、RUNX3※11の発現亢進、BCL11B※12の発現低下が認められました。以上のことから、骨髄/NK前駆細胞性急性白血病はNOTCH1、RUNX3の活性化、BCL11B低発現を特徴とした白血病であることが明らかとなりました。NK細胞の発生は、古典的にはリンパ系細胞に由来すると考えられてきましたが、単一細胞RNAシークエンス解析から、NK細胞と骨髄系細胞は共通の前駆細胞を持つことが示唆され、骨髄/NK前駆細胞性急性白血病はこの段階での細胞が腫瘍化したものであることが明らかとなりました(図2)。
オミクス解析※13とin vitro薬剤感受性試験により、骨髄/NK前駆細胞性急性白血病はアスパラギン合成酵素レベルの低下があり、L-アスパラギナーゼ※14に対する感受性が高いことが、その特徴であることが明らかになりました。また、収集した臨床情報からもL-アスパラギナーゼを加えた急性骨髄性白血病タイプの治療を受けた骨髄/NK前駆細胞性急性白血病患者は100%の生存を示しており(図3)、L-アスパラギナーゼ併用した急性骨髄性白血病に用いられる治療法が骨髄/NK前駆細胞性急性白血病に有用であることが明らかになりました。
研究成果の意義
用語解説
※1 骨髄性
血液を作る骨の中にある組織を骨髄という。その中でも狭義の意味で、細菌を食べる好中球や単球などを起源とする細胞に由来する白血病を骨髄性白血病と呼ぶ。
※2 リンパ性
免疫をつかさどるリンパ球に由来する白血病をリンパ性白血病と呼ぶ。
※3 NK細胞
NK(ナチュラルキラー)細胞とは、リンパ球の一種で、体内でウイルスに感染した細胞やがん細胞などを排除する。一般的にリンパ球の10~30%を占める。他のリンパ球と異なり、抗原に感作されることなくがん細胞やウイルス感染細胞を殺傷することができる細胞。
※4 WHO分類
様々な腫瘍について、WHO(世界保健機関)から委託されたエキスパートによって、病理的、遺伝学的な視点から行われる分類。国際基準として用いられる。
※5 全エクソン解析または全ゲノム解析
生物のもつすべての遺伝情報、あるいはこれを保持するDNAの全塩基配列であるゲノムは、タンパク質のアミノ酸配列をコードするエクソン領域とそれ以外のノンコーディング領域に大別される。このうち次世代シークエンサーを用いて、エクソン領域のみを解析するのが全エクソン解析、ゲノム全体を解析するのが全ゲノム解析。
※6 全トランスクリプトーム解析
遺伝子転写産物(mRNA)すべてを、次世代シーケンサーを用いて網羅的に解析する解析手法。融合遺伝子の検出や、遺伝子発現の網羅的・定量的評価が可能である。
※7 DNAメチル化アレイ解析
微小なチップの上にDNAの部分配列を高密度に固定したもの。本研究ではDNAメチル化を網羅的に解析することができるメチル化アレイを用いた。現在最大で、一度にゲノム上の85万か所についてDNAメチル化の有無について評価が可能である。
※8 単一細胞RNAシークエンス解析
細胞一つ一つについて、全トランスクリプトーム解析を行い、細胞の特性を明らかにする解析手法。
※9 NOTCH経路
シグナル伝達経路の一つであり、発生過程の様々な組織構築過程において細胞の増殖や分化など細胞の運命決定に機能している。T細胞性急性リンパ性白血病で高頻度に異常があることが知られている。
※10 ETV6遺伝子
造血および血管網の発生・維持に重要な遺伝子。白血病や肉腫で、さまざまな染色体転座や遺伝子異常がみられる。
※11 RUNX3
RUNXファミリーに属する転写因子、RUNX3はさまざまな血球に発現しており、血球の機能および分化をつかさどる、特にNK細胞の分化に主要な役割を持つ。
※12 BCL11B
T細胞の分化に必須の転写因子。
※13オミクス解析
生体中の特定の機能分子の全体(-ome)を網羅的・統合的に解析する手法(omics)。遺伝子(gene)の全体像(genome)を解析するゲノミクス、遺伝子転写産物(transcript)の全体像(transcriptome)を解析するトランスクリプトミクスなど。複数のオミクス情報を統合的に解析することで、より詳細に疾患の分子病態を理解することが可能となる。
※14 L-アスパラギナーゼ
L-アスパラギンを分解する酵素で、急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫の治療に用いられる薬剤。L-アスパラギンはタンパク質を構成するアミノ酸の一つで、正常細胞では細胞内でL-アスパラギンを合成するので、細胞外から取り込む必要がない。しかし、がん細胞は、細胞内で合成されるL-アスパラギンだけでは必要量を補えないので、細胞外のL-アスパラギンを取り込んで利用している。L-アスパラギナーゼは細胞外のL-アスパラギンを分解するため、がん細胞は細胞外からL-アスパラギンを取り込めなくなり、タンパク質合成が阻害され、細胞死が起る。
論文情報
論文タイトル:Myeloid/Natural Killer (NK) Cell Precursor Acute Leukemia as a Distinct Leukemia Type
DOI:http://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj4407
研究者プロフィール
髙木 正稔 (タカギ マサトシ) Takagi Masatoshi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
茨城県小児・周産期地域医療学講座・小児科 寄附講座教授
・研究領域
がん
白血病
分子生物学
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
発生発達病態学分野分野・小児科 助教
・研究領域
がん
白血病
分子生物学
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
茨城県小児・周産期地域医療学講座 髙木 正稔(タカギ マサトシ)
E-mail:m.takagi.ped[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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