「膵がん幹細胞の生存環境を擬態するバイオ機能性ハイドロゲルの開発に成功」【椨 康一 講師】
―がん微小環境の新たな標的探索手法として様々ながん種への応用に期待―
ポイント
- がん幹細胞の生存を維持する微小環境(ニッチ)は、がん根治へ向けた重要な治療標的と考えられています。
- ニッチの構成要素は、生物学的要素のみならず物理化学的要素も含むことから、その特性の解明にはこれまでにない異分野融合型の解析手法の開発が必要と考えられてきました。
- 多種ポリマーライブラリの中から膵がんの幹細胞ニッチを擬態する合成ポリマーを同定し、それを原料とする高機能性ハイドロゲル(ニッチミミクリー)の開発に成功しました。
- ゲル結合タンパク質の網羅的な解析により、膵がん患者の予後と高い相関を示す新規ニッチ因子候補を複数同定しました。
- 本研究により開発されたバイオ機能性ゲルをプローブ(探針)とする標的探索手法を執ることで、様々ながん腫において新規のニッチ因子を同定できる可能性があり、がん微小環境を標的とする創薬研究開発に飛躍的な加速をもたらすことが期待されます。
研究の背景
しかし、がん幹細胞ニッチは血管構成細胞や免疫細胞などの生物学的要素のみならず、酸素やpHなどの化学的要素や足場の硬度や弾性などの物理学的要素が複雑に絡み合って構成されており、これら複合要素を包括的に再現する新たな解析手法の開発が喫緊の課題でした。
合成ポリマーはモノマー※3の重合反応によって合成される高分子化合物であり、従来より再生医療分野において細胞への影響や免疫原性の少ない生体適合性のポリマーが生体材料(バイオマテリアル)※4として開発されてきました。例えばヒトES・iPS細胞やマウス成体造血幹細胞の長期維持など、正常な幹細胞に対してニッチとして機能するポリマー(ニッチミミクリー)の存在が報告されています。そこで私たちの研究グループは、膵がんのがん幹細胞に対するニッチミミクリーを開発し、その特性を解明することで、未知のニッチ因子の探索を目指しました。

研究成果の概要

研究成果の意義
用語解説
※1がん幹細胞:腫瘍内に存在し、治療抵抗性と再発、転移等の悪性形質を担うがんの根治標的。
※2ニッチ:西洋建築で、壁面の一部がくぼんだ龕(がん)状の部分。転じて適所の意味。
※3モノマー:ポリマーを構成する単位となる小さな分子。
※4バイオマテリアル:医療や生体工学などの分野で使用されている主に生体適合性の材料を指す。
※5 ポリマーmicroarrayスクリーニング:多種合成ポリマーが整列的にスポットされたガラススライド上で細胞を培養することで、機能性のポリマーを同定するハイスループットな探索手法。
※6ハイドロゲル:三次元のポリマーネットワーク構造を持つ高含水率の材料。多種多様な物理的性質をもつ。
※7 Fetuin-B:システインプロテアーゼ阻害物質であるシスタチンに類似の因子であり、肝臓や精巣に高く発現している。
論文情報
掲載誌:Inflammation and Regeneration
論文タイトル:A niche-mimicking polymer hydrogel-based approach to identify molecular targets for tackling human pancreatic cancer stem cells
DOI:https://doi.org/10.1186/s41232-023-00296-0
研究者プロフィール

室田 吉貴(ムロタ ヨシタカ) Yoshitaka Murota
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
幹細胞制御分野 助教
椨 康一(タブ コウイチ) Kouichi Tabu
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
幹細胞制御分野 講師
【研究領域】
腫瘍生物学
腫瘍診断・治療学
材料化学
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
幹細胞制御分野 椨康一(タブ コウイチ)
室田吉貴(ムロタ ヨシタカ)
E-mail:k-tabu.scr[at]mri.tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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