プレスリリース

「膵がん幹細胞の生存環境を擬態するバイオ機能性ハイドロゲルの開発に成功」【椨 康一 講師】

公開日:2023.10.17
「 膵がん幹細胞の生存環境を擬態するバイオ機能性ハイドロゲルの開発に成功 」
―がん微小環境の新たな標的探索手法として様々ながん種への応用に期待―

ポイント

  • がん幹細胞の生存を維持する微小環境(ニッチ)は、がん根治へ向けた重要な治療標的と考えられています。
  • ニッチの構成要素は、生物学的要素のみならず物理化学的要素も含むことから、その特性の解明にはこれまでにない異分野融合型の解析手法の開発が必要と考えられてきました。
  • 多種ポリマーライブラリの中から膵がんの幹細胞ニッチを擬態する合成ポリマーを同定し、それを原料とする高機能性ハイドロゲル(ニッチミミクリー)の開発に成功しました。
  • ゲル結合タンパク質の網羅的な解析により、膵がん患者の予後と高い相関を示す新規ニッチ因子候補を複数同定しました。
  • 本研究により開発されたバイオ機能性ゲルをプローブ(探針)とする標的探索手法を執ることで、様々ながん腫において新規のニッチ因子を同定できる可能性があり、がん微小環境を標的とする創薬研究開発に飛躍的な加速をもたらすことが期待されます。
 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞制御分野の室田吉貴助教、田賀哲也教授、椨康一講師の研究グループは、同大学大学院医歯学総合研究科 分子腫瘍医学分野と英国エジンバラ大学との共同研究で、ヒト膵がん幹細胞の微小環境(ニッチ)を高活性に擬態する高機能性ハイドロゲルの開発に成功し、それを用いた解析から患者予後と高い相関を示す新規のニッチ因子を複数同定することに成功しました。この研究は主にAMED次世代がん医療創製研究事業(P-CREATE)「がん幹細機能性ポリマーによるグリオーマの新規治療標的探索」ならびに文部科学省科学研究費国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))「がん幹細胞制御性高分子ハイドロゲルによる新しいがん治療戦略の開発」の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Inflammation and Regeneration(インフラメーション アンド リジェネレーション)に2023年9月27日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 膵がんは極めて予後の悪い難治性のがんであり、効果的な治療法が存在しません。その一因として腫瘍内に希少に存在するがん幹細胞※1が知られていますが、がん幹細胞は現行の標準治療法に抵抗性を示すため、その微小環境(ニッチ)※2を標的とした治療法の開発が重要と考えられています。
 しかし、がん幹細胞ニッチは血管構成細胞や免疫細胞などの生物学的要素のみならず、酸素やpHなどの化学的要素や足場の硬度や弾性などの物理学的要素が複雑に絡み合って構成されており、これら複合要素を包括的に再現する新たな解析手法の開発が喫緊の課題でした。
 合成ポリマーはモノマー※3の重合反応によって合成される高分子化合物であり、従来より再生医療分野において細胞への影響や免疫原性の少ない生体適合性のポリマーが生体材料(バイオマテリアル)※4として開発されてきました。例えばヒトES・iPS細胞やマウス成体造血幹細胞の長期維持など、正常な幹細胞に対してニッチとして機能するポリマー(ニッチミミクリー)の存在が報告されています。そこで私たちの研究グループは、膵がんのがん幹細胞に対するニッチミミクリーを開発し、その特性を解明することで、未知のニッチ因子の探索を目指しました。

研究成果の概要

 研究グループはエジンバラ大学のポリマーライブラリを用いて、膵がん細胞株に存在しているがん幹細胞と非がん幹細胞を用いたポリマーmicroarrayスクリーニング※5を実施しました。その結果、がん幹細胞特異的に増殖を支持するアクリル系のポリマーPA531を同定しました。さらにPA531を構成するモノマーの濃度や水の有無など各種反応条件を変化させることで、PA531を原料とする様々な性質のハイドロゲル※6を合成し、ニッチ機能の最適化を行いました。最終的に膵がん幹細胞の生存を維持する(ニッチを擬態する)ハイドロゲルPA531-HG4を開発できました(図1)。次にこのPA531-HG4の作用機序を明らかにするため、ゲル結合タンパク質の網羅的な解析を行ったところ、甲状腺ホルモン輸送タンパク質SERPINA7のような既知のがん関連分子に加えて、cystatinファミリー分子Fetuin-Bや血圧調整酵素AGTなどこれまでに報告のなかった新規の液性因子が複数同定されました。特に腫瘍組織検体におけるFetuin-B※7とAGTの発現レベルは膵がん患者の予後と有意に相関しており、臨床的意義の高い標的候補分子と考えられました(図2)。

研究成果の意義

 がん微小環境の研究分野では、これまでにも生体に近い環境を再現するための様々な工夫がなされてきました。しかし、複雑ながん幹細胞ニッチの構成要素をカバーする実験系の構築は旧来法のみでは不可能に近く、新たな学際的解析システムの構築が必要不可欠と考えられていました。本研究ではがん幹細胞ニッチを擬態する合成ポリマーやハイドロゲルなどのバイオ機能性の高分子マテリアルを細胞外解析ツールとして用いる極めて斬新なアプローチ法を執ることで、これまで報告のなかった新規のニッチ因子候補を同定することができました。この異分野融合による学際的な標的探索手法は、膵がんのみならず他の様々ながん種へと応用可能であり、細胞外の微小環境を標的とする創薬研究開発に飛躍的な加速をもたらすことが期待されます。

用語解説

※1がん幹細胞:腫瘍内に存在し、治療抵抗性と再発、転移等の悪性形質を担うがんの根治標的。

※2ニッチ:西洋建築で、壁面の一部がくぼんだ龕(がん)状の部分。転じて適所の意味。

※3モノマー:ポリマーを構成する単位となる小さな分子。

※4バイオマテリアル:医療や生体工学などの分野で使用されている主に生体適合性の材料を指す。

※5 ポリマーmicroarrayスクリーニング:多種合成ポリマーが整列的にスポットされたガラススライド上で細胞を培養することで、機能性のポリマーを同定するハイスループットな探索手法。

※6ハイドロゲル:三次元のポリマーネットワーク構造を持つ高含水率の材料。多種多様な物理的性質をもつ。

※7 Fetuin-B:システインプロテアーゼ阻害物質であるシスタチンに類似の因子であり、肝臓や精巣に高く発現している。

論文情報

掲載誌:Inflammation and Regeneration

論文タイトル:A niche-mimicking polymer hydrogel-based approach to identify molecular targets for tackling human pancreatic cancer stem cells

DOIhttps://doi.org/10.1186/s41232-023-00296-0

研究者プロフィール

室田 吉貴(ムロタ ヨシタカ) Yoshitaka Murota
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
幹細胞制御分野 助教




椨 康一(タブ コウイチ) Kouichi Tabu
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
幹細胞制御分野 講師

【研究領域】
腫瘍生物学
腫瘍診断・治療学
材料化学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
幹細胞制御分野    椨康一(タブ コウイチ)
             室田吉貴(ムロタ ヨシタカ)
E-mail:k-tabu.scr[at]mri.tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[at]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[at]の部分を@に変えてください。

関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「膵がん幹細胞の生存環境を擬態するバイオ機能性ハイドロゲルの開発に成功」