プレスリリース

「高損傷許容性リン酸カルシウム系材料の作製に成功」【横井太史 准教授】

公開日:2023.10.16
「高損傷許容性リン酸カルシウム系材料の作製に成功」
― 安心・安全な割れないセラミックス人工骨を目指して ―

ポイント

  • 真珠層に学ぶ微細構造設計により、釘を打っても割れない優れた損傷許容性※1を有するリン酸カルシウム系材料の作製に成功しました。
  • 上記材料は高損傷許容性を有するだけでなく、骨と結合する性質を有する可能性が高いことも分かりました。
  • 本研究で得られた知見は、安心・安全な割れないセラミックス人工骨※2の開発に繋がると期待されます。
 東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 無機生体材料学分野の横井太史准教授の研究グループは、大阪大学、ファインセラミックスセンター、東北大学、北海道大学、公立千歳科学技術大学、北海道医療大学との共同研究で、セラミックス人工骨の弱点である損傷に対する耐性(損傷許容性)を大幅に改善したリン酸カルシウム系材料の開発に成功しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに国際・産学連携インヴァースイノベーション材料創出プロジェクトの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Science and Technology of Advanced Materialsに、2023年10月12日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 医療技術の進歩と生活環境の向上により「人生100年時代」を迎えようとしています。長い人生の生活の質(QOL)を高く保ちながら元気に生きるための医療材料開発は、国民全体の幸福に繋がることから強く求められています。高齢者が寝たきりになれば本人のQOLが低下するだけでなく、介護する家族にも大きな負担となります。寝たきりの原因の25%が骨折などの運動機能障害であることから、これの早期回復を支援する高機能な人工骨の開発は大変重要と言えます。
 骨の再生能力や骨の代謝が活発ではない患者の骨欠損修復には生体内で安定なセラミックス人工骨が使用される場合があります。このようなセラミックス人工骨は主にリン酸カルシウム化合物の一種であるヒドロキシアパタイト※3で構成され、生体内でほとんど分解・吸収されません(=生体内に半永久的に残存します)。そのため、脆性破壊※4の懸念がつきまといます。これは患者にとって大きな精神的負担になります。
 割れないセラミックス人工骨を作製できれば、患者は安心・安全に骨欠損治療を受けることができます。セラミックスは典型的な脆性材料であり、「割れない」セラミックスの開発は容易ではありませんが、私たちは損傷に対する許容性を高めたセラミックス人工骨の作製に挑戦することにしました。

研究成果の概要

 損傷に対する許容性を高めたセラミックス人工骨開発のヒントにしたのは貝殻の真珠層の構造です。真珠層はレンガ/モルタル構造※5と呼ばれる特徴的な構造を持っています。この構造によって材料中に発生したき裂の直進を防ぐことで材料の損傷許容性を向上させています。つまり、レンガ/モルタル構造を人工骨として利用可能なリン酸カルシウム化合物を用いて構築できれば、損傷許容性に優れるセラミックス人工骨を得られるとの仮説を立てました。
 目的の材料を作製するための原料としてカルボン酸含有リン酸八カルシウム※6を用いました。第一の理由は同物質が板状の形態を持っていることです。これによって、加圧成型した際に自発的に結晶が配向し、真珠層に類似した構造を形成できると考えました。第二の理由は、カルボン酸含有リン酸八カルシウムの加圧成型体を焼成(焼き固める工程)した際に熱分解し、リン酸カルシウム成分はレンガに、カルボン酸成分はモルタルになると考えられることです。つまり、同リン酸八カルシウムを加圧成型した段階ではレンガを積み上げた構造が形成され、それを焼成したときにモルタルが形成されることで、レンガ/モルタル構造が自然に出来上がることを期待しました。
 実際に作製した試料の外観と断面構造をアワビの真珠層のそれと比較して図1に示します。本研究で開発した材料が黒色であることから、試料中にカルボン酸の熱分解によって生成した炭素が含まれていることが分かります。さらに、私たちが作製した試料は板状結晶が積層した構造を有しており、この構造は真珠層によく似ていることが分かります。

図1. 本研究で開発した材料およびアワビの真珠層の外観および破断面の走査電子顕微鏡写真

図2. 試料に釘を打つことによる損傷許容性の定性的な評価。(左)本研究で開発した材料、(右)一般的なセラミックス焼結体。

 目的とする真珠層類似構造を持つ材料が得られたことから、次に同材料の損傷許容性を調べました。試料に釘を打って損傷に対する許容性を定性的に調べた結果を図2に示します。本研究では開発した材料においては、釘を打っても試料の破壊は釘の近傍でのみ生じており、試料全体が破壊に至ることはありませんでした。一方で、一般的なセラミックス焼結体(人工骨素材として広く利用されているヒドロキシアパタイト焼結体)は釘を打つとき裂が試料全体に伝播して破壊してしまいました。このことから、本研究で開発した材料は優れた損傷許容性を有していると言えます。
 セラミックスでも気孔率※7が極めて高い場合(概ね80%以上)には高い損傷許容性を示す場合があります。しかし、本研究で開発した材料の気孔率は55%であり、しかも比較として示したセラミックス焼結体もほぼ同じ気孔率であることから、本研究で開発した材料の損傷許容性は同材料が持つレンガ/モルタル構造に由来すると考えられます。また、同材料の曲げ強度、曲げ歪、ヤング率、ビッカース硬さはそれぞれ11.7 MPa、2.8 × 10‒2、5.3 GPa、11.7 kgf/mm2でした。この機械的性質(特に曲げ強度)は従来材料と比較しても海綿骨の修復には十分であると言えます。
 さらに、擬似体液※8を用いて本研究で開発した材料の骨結合性の有無を調べました。擬似体液に試料を浸漬すると1日後に試料表面に析出物が観察され、3日後には試料表面は析出物で覆われました(図3)。この析出物は擬似体液中で生成する典型的なアパタイトの組織を有しています。擬似体液中でアパタイトを形成する材料は良好な骨結合能を有する場合が多いことから、本研究で開発した材料も骨と結合する性質を有しており、人工骨として機能することが強く期待されます。
 

図3. 本研究で開発した材料の擬似体液を用いたアパタイト形成能評価。擬似体液中において試料表面におけるアパタイト形成を確認できたことから、同材料は骨結合性を有すると期待される。

研究成果の意義

 本研究ではセラミックス人工骨の弱点である損傷許容性を大幅に改善したリン酸カルシウム系材料の開発に成功しました。セラミックスの損傷許容性の向上は容易ではありませんが、真珠層の組織に学びながら材料の微細構造を精緻に設計・構築することにより、これを達成することができました。本研究で開発した材料は、割れないセラミックス人工骨の開発に繋がると期待されます。
 また、近年ではセラミックス製の人工歯根の利用が増加しています。本研究で得られた微細構造制御による損傷許容性の向上の材料設計指針をセラミックス人工歯根に応用すれば、骨結合能と損傷許容性が高い人工歯根材料を作製できる可能性があります。本研究で得られた知見は、安心・安全な医療用セラミックスの設計に幅広く応用できると期待されます。

用語解説

※1損傷許容性
 材料中のき裂が成長して破壊に至ることを防ぐことができる性質。

※2人工骨
骨の欠損部を補填し、その機能を修復する材料。リン酸カルシウム化合物が主に利用されており、活発に研究・開発が進められている。

※3ヒドロキシアパタイト
 リン酸カルシウム化合物の一種。化学式はCa10(PO4)6(OH)2である。生体内では分解・吸収されず、安定である。

※4脆性破壊
 塑性変形をほとんど伴わない破壊であり、身近な事例としてはセラミックスやガラスの破壊がある。き裂の急速進展によって起こり、材料に致命的な損傷を与える。

※5レンガ/モルタル構造
 真珠層の場合、レンガ造りの壁のように炭酸カルシウムのブロックが積みあがっており、その炭酸カルシウムブロック同士を生体高分子がモルタルとして働いて結合している。

※6カルボン酸含有リン酸八カルシウム
 リン酸カルシウム化合物の一種。リン酸八カルシウムの化学式はCa8(HPO4)2(PO4)4‧5H2Oである。カルボン酸含有リン酸八カルシウムはリン酸八カルシウムのHPO42-の一部をカルボン酸イオンに置き換えた物質。

※7気孔率
 材料中の気孔の割合。一般的なガラスや金属材料は材料中に孔(気孔)が無いため気孔率は0%である。しかし、セラミックスは粉末を焼き固めて作製するため、材料中に気孔が残る場合がほとんどである。気孔率はセラミックスの機械的性質等に影響を与える重要な因子である。

※8擬似体液
 さまざまな種類があるが、本研究ではヒトの血漿とほぼ等しい無機イオン濃度を有する水溶液を用いた。

論文情報

掲載誌:Science and Technology of Advanced Materials

論文タイトル: Development of bioinspired damage-tolerant calcium phosphate bulk materials

DOIhttps://doi.org/10.1080/14686996.2023.2261836

研究者プロフィール

黒山 かれん (クロヤマ カレン) Kuroyama Karen
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
顎顔面外科学分野 大学院生
・研究領域
骨再生

横井 太史 (ヨコイ タイシ) Yokoi Taishi
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
無機生体材料学分野 准教授
・研究領域
無機材料化学、バイオセラミックス

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
無機生体材料学分野 横井太史(ヨコイ タイシ)
 E-mail:yokoi.taishi.bcr[at]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[at]tmd.ac.jp

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関連リンク

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  • 「高損傷許容性リン酸カルシウム系材料の作製に成功」