プレスリリース

「原始線条形成制御因子としてセラミドを同定」【小藤智史 講師、仁科博史 教授】

公開日:2023.10.13
「原始線条形成制御因子としてセラミドを同定」
― ノックアウトマウスデータベースとin vitro細胞分化誘導系の活用 ―

ポイント

  • ノックアウトマウスデータベースを活用し、原始線条形成を正や負に制御する812種類の候補遺伝子を見出しました。
  • 脂質であるセラミドが胚発生初期に重要な原始線条の形成を抑制することを明らかにしました。
  • 試験管内で組織・器官形成を目指す再生医学の細胞培養法の開発に貢献することが期待されます。
 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 発生再生生物学分野の小藤智史講師と仁科博史教授の研究グループは、神戸大学と国立医薬品食品衛生研究所との共同研究で、心臓や筋肉などに分化する中胚葉と肝臓や膵臓などに分化する内胚葉の基になる組織である原始線条形成を制御する因子の探索を行いました。その結果、原始線条形成を制御する可能性がある812種類の遺伝子を見出しました。それら遺伝子の中で最も多い遺伝子は物質代謝制御遺伝子であった。そこで、物質代謝関連酵素に着目し、解析を進めた結果、スフィンゴ脂質であるセラミドが原始線状形成を抑制することをつきとめました。さらに、原始線条形成抑制により外胚葉からの神経分化が促進されることを見出しました。本研究は文部科学省科学研究費補助金、厚生労働科学研究費補助金、公益財団法人セコム科学技術振興財団などの支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Stem Cells(ステム セルズ)に、2023年10月11日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 脊椎動物の初期胚では、すべての組織・器官は外胚葉、中胚葉、内胚葉の3つの胚葉から形成されます。中胚葉と内胚葉は、胚盤葉上層が原始線条※1と呼ばれる細胞溝が形成されることで発生します。しかし、原始線条は一過性の微小組織であるため、その形成の分子メカニズムは不明な点が多いです。

研究成果の概要

 本研究では、原始線条形成機構の制御因子を同定することを目的としました。原始線条形成不全が胎生致死であることに着目し、2種類のノックアウトマウスデータベースを活用した包括的スクリーニングを行いました。その結果、原始線条形成を制御する可能性のある812種類の遺伝子を同定しました。その中で最も多くの遺伝子(103遺伝子)が含まれたカテゴリーは「物質代謝」でありました。それらの遺伝子を機能面で分類すると、グルコース代謝、ミトコンドリア代謝、核酸代謝、そして脂質代謝を制御する遺伝子でした。研究グループは以前の研究においてメバロン酸代謝を阻害すると、スフィンゴミエリンやスフィンゴシンといったスフィンゴ脂質の量が変化することを見出していましたが、その生物学的意味は不明でした。スクリーニングによって得られた遺伝子の中にはスフィンゴ脂質であるセラミド※2代謝関連酵素が3つ含まれていました。そこで、本研究では、このセラミド代謝に着目しました。生体内で原始線条を解析することは実験的にも、動物愛護の観点からも困難であったため、in vitroマウスES細胞分化誘導系を用いて、原始線条形成におけるセラミド代謝の役割を調べました(図1)。胚様体を細胞膜透過性のセラミドで処理し、細胞内のセラミド量を上昇させたところ、胚様体の心筋細胞への分化が抑制され、また同時に神経細胞への分化が促進されました(図2)。この分子機構を調べるために、遺伝子発現解析を行ったところ、セラミドが原始線条形成に必須な遺伝子の発現を抑制し、代わりに神経分化関連遺伝子の発現を誘導しました。また、セラミド処理の細胞内代謝物への影響を調べたところ、セラミド処理が細胞内の代謝物の量を顕著に変化させることが明らかとなりました(図3)。このうち、最も変化した代謝経路は近接するスフィンゴ脂質代謝とグリセロリン脂質代謝でした。以上の結果より、セラミドが遺伝子発現や細胞内代謝を変化させることで原始線条形成を抑制すること、また、原始線条形成抑制の結果、神経分化を誘導することが示唆されました(図4)。

図1 ㏌ vitroでの初期胚分化誘導系
マウスのES細胞を用いて胚様体を形成させることで、㏌ vitroで初期胚分化を解析できる。原始線条様構造を介して心筋細胞へと分化する。原始線条形成が阻害されると神経細胞へと分化する。

図2 セラミドの初期胚分化への影響
セラミドで胚様体を処理すると、濃度依存的に心筋への分化が阻害された一方、逆に神経細胞への分化が促進された。

図3 セラミドの細胞内代謝物への影響
原始線条形成期に胚様体をセラミドで処理することにより、細胞内代謝が大きく変化した。

図4 セラミドによる原始線条形成制御のモデル図

研究成果の意義

 本研究での胎生致死の表現型に着目したノックアウトデータベースを活用したスクリーニング法は、胚発生初期に必須な経路を解明する手段として有用であると考えられます。再生医学が注目を集める中、本研究成果は、iPS細胞や胚性幹細胞から心筋細胞や神経細胞などへの分化を効率よく誘導するための技術開発の礎となることが期待されます。

用語解説

※1原始線条
胚発生の初期に観察される一過的な線状構造の組織である。中内胚葉形成の基となり、心臓、筋肉、肝臓、膵臓などの組織・器官形成に至る。

※2セラミド
脂質の一つである。スフィンゴシンと脂肪酸から成り、脂肪酸の長さにより様々な種類がある。細胞膜の構成成分の一つであるとともに、細胞分化、増殖、細胞死などを制御するシグナル分子としても機能する。

論文情報

掲載誌:Stem Cells

論文タイトル: Lethal phenotype-based database screening identifies ceramide as a negative regulator of primitive streak formation

DOIhttps://doi.org/10.1093/stmcls/sxad071

研究者プロフィール

Jing Pu (ジン プー) 
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 
発生再生生物学分野 特任助教 
・研究領域
幹細胞

小藤 智史 (コフジ サトシ) Satoshi Kofuji 
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 
発生再生生物学分野 講師 
・研究領域
物質代謝
岡本 好海 (オカモト ヨシミ) Yoshimi Okamoto 
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 
発生再生生物学分野 助教
・研究領域
分子細胞生物学

 
仁科 博史 (ニシナ ヒロシ) Hiroshi Nishina 
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 
発生再生生物学分野 教授
・研究領域
分子細胞生物学、発生再生生物学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 発生再生生物学分野 
仁科博史(ニシナヒロシ)
 E-mail:nishina.dbio[at]mri.tmd.ac.jp

小藤智史(コフジサトシ)
 E-mail:kofuji.dbio[at]mri.tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[at]tmd.ac.jp

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