基本理念
「知と癒しの匠を創造し、人々の幸福に貢献する」
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学問と教育の聖地、湯島・昌平坂(しょうへいざか)に建つ本学は、医療系総合大学として「知と癒しの匠」を創造し、東京のこの地から世界へと翼を広げ、人々の健康と社会の福祉に貢献します。
教育について
幅広い教養と豊かな人間性、高い倫理観、自ら考え解決する創造性と開拓力、国際性と指導力を備えた人材を育成します。
研究について
さまざまな学問領域の英知を結集して、時代に先駆(さきが)ける研究を推し進め、その成果を広く社会に還元します。
医療について
心と身体(からだ)を癒す質の高い医療を、地域に提供するとともに、国内さらに世界へと広めていきます。
この理念に基づき、本学の全構成員がそれぞれの役割を自覚し、自らの使命を果たします。
参考資料
近代教育発祥の地(抜粋)
江戸時代、このあたりは学問(儒学)の府であった聖堂(孔子廟)の一部、昌平坂学問所(昌平黌)があったところである。
寛政9年(1797)学問所の学寮、宿舎が建てられ、旗本や藩士の子弟を対象とした教育が施された。
明治維新後、学問所は新政府に引き継がれ、昌平学校、大学校、東京大学と発展していった。
明治4年(1871)に文部省が設置され、我が国の近代教育の原点となる施策が展開されることになった。
文京区教育委員会 平成19年3月
江戸時代、このあたりは学問(儒学)の府であった聖堂(孔子廟)の一部、昌平坂学問所(昌平黌)があったところである。
寛政9年(1797)学問所の学寮、宿舎が建てられ、旗本や藩士の子弟を対象とした教育が施された。
明治維新後、学問所は新政府に引き継がれ、昌平学校、大学校、東京大学と発展していった。
明治4年(1871)に文部省が設置され、我が国の近代教育の原点となる施策が展開されることになった。
文京区教育委員会 平成19年3月