「小児もやもや病における間接血行再建術後の脳室吻合チャネル退縮」【医学部医学科 鄭翌、脳神経機能外科学分野 原祥子 助教】
公開日:2023.9.22
「 小児もやもや病における間接血行再建術後の脳室吻合チャネル退縮 」
― 間接血行再建術は成人後の脳出血を予防できるか ―
― 間接血行再建術は成人後の脳出血を予防できるか ―
ポイント
- もやもや病でみられる脳室吻合チャネル※1は、脳出血の原因となる危険が高いとされます。
- 小児もやもや病において、間接血行再建術※2が脳室吻合チャネルを退縮させることを示しました。
- 間接血行再建術が、将来の脳出血リスクを低下させる可能性を初めて示しました。
東京医科歯科大学医学部医学科5年生 鄭翌は、4年生の自由選択学習(プロジェクトセメスター)期間、大学院医歯学総合研究科脳神経機能外科学分野の原祥子助教の研究グループに加わり、小児もやもや病において、間接血行再建術が脳出血の危険が高い血管(脳室吻合チャネル)を退縮させ、将来の脳出血の危険を下げる可能性を示しました。この研究成果は、米国脳神経外科学会の機関紙である国際科学誌Journal of Neurosurgery: Pediatrics(ジャーナルオブニューロサージェリー:ピディアトリクス)に、「迅速に出版すべき研究成果」と認定され、2023年9月22日にオンライン版で発表されました。
プロジェクトセメスターとは
医学部医学科4年次の6月から11月に、授業の一環で設定されている約6ヶ月間の研究コースです。主な講義や試験、及び基礎実習を終えたのち、興味を持った分野の研究について集中的に学ぶことによって、科学的視点を有する医師としての基盤を養成することを目的としています。
(本学HP:https://www.tmd.ac.jp/international/prospective/66_5e6ec8d0a50c2/)
プロジェクトセメスターとは
医学部医学科4年次の6月から11月に、授業の一環で設定されている約6ヶ月間の研究コースです。主な講義や試験、及び基礎実習を終えたのち、興味を持った分野の研究について集中的に学ぶことによって、科学的視点を有する医師としての基盤を養成することを目的としています。
(本学HP:https://www.tmd.ac.jp/international/prospective/66_5e6ec8d0a50c2/)
研究の背景
もやもや病は、脳の太い動脈がゆっくり細くなり、脳血流が低下し、それを補うためにもやもや血管※3と呼ばれる異常血管が形成される病気です。本邦の患者さんは10万人あたり3~10.5人と稀ですが、お子さんや30~40代の若い大人に脳梗塞や脳出血をおこすことがあり、厚生労働省の指定難病になっています。RNF213 遺伝子変異(p.R4810K)※4が、もやもや病関連遺伝子として同定されており、10~20%の患者さんは血の繋がった親族にもやもや病の方がいます。
もやもや血管のうち、特に長く発達したものは脳室吻合チャネルと呼ばれ、脳出血の原因となる危険が高いと考えられています。脳出血を発症すると、後遺症を残したり、命に関わったりする可能性が高いため、脳室吻合チャネルは近年注目を集めています。
もやもや血管のうち、特に長く発達したものは脳室吻合チャネルと呼ばれ、脳出血の原因となる危険が高いと考えられています。脳出血を発症すると、後遺症を残したり、命に関わったりする可能性が高いため、脳室吻合チャネルは近年注目を集めています。

もやもや病の根本治療はありませんが、脳血流不足に対しては頭皮や脳を包む膜(硬膜)の動脈と脳の動脈をつなげさせる、血行再建術という手術が有効です。血行再建術には直接血行再建術(頭皮の動脈を直接脳の動脈につなぐ)と間接血行再建術(頭皮や脳を包む膜(硬膜)の動脈を脳の表面におき、脳の動脈とつながる新しい血管をつくる)(図1)があります。東京医科歯科大学病院脳神経外科は1979年に間接血行再建術を開発して以降、200人以上のお子さんを治療してきました。いっぽう、手術で脳血流がよくなったものの、大人になってから脳出血を起こすお子さんも経験し、手術で脳室吻合チャネルがどう変化するかを知ることが必要と考えました。
研究成果の概要
本研究グループは、2011年8月から2021年12月までに当院で間接血行再建術を受けた小児もやもや病患者さん(発症年齢18歳以下)58例を対象に、もやもや血管、脳室吻合チャネル、脳血流の変化を、磁気共鳴画像(MRI)で調査しました。患者さんによって両側の大脳半球を手術する人と片側のみ手術する人がいますが、一度の手術で両側を手術した場合は左右の脳をそれぞれ対象とし、手術前と手術1年後の合計89の大脳半球を調査しました。
結果、74.2%の患者さんは間接血行再建術で頭皮や硬膜の動脈が脳の表面で顕著に定着しており、これらの患者さんを手術後効果良好群と定義しました。残り25.8%の患者さんは弱い定着のみ確認できて、手術後効果不良群と定義しました。また、88.8%の患者さんで血流不足の症状が改善していました。手術後効果が良好であることは、症状改善と統計学的に有意に関連しました。
89半球を手術前と後で比較すると、脳血量は有意に増加し、脳室吻合チャネルは有意に退縮しました。
結果、74.2%の患者さんは間接血行再建術で頭皮や硬膜の動脈が脳の表面で顕著に定着しており、これらの患者さんを手術後効果良好群と定義しました。残り25.8%の患者さんは弱い定着のみ確認できて、手術後効果不良群と定義しました。また、88.8%の患者さんで血流不足の症状が改善していました。手術後効果が良好であることは、症状改善と統計学的に有意に関連しました。
89半球を手術前と後で比較すると、脳血量は有意に増加し、脳室吻合チャネルは有意に退縮しました。

脳室吻合チャネルに関して詳細に調査すると、手術効果が良好であれば、最も出血の危険が高いとされる脈絡叢動脈※5から発生した脳室吻合チャネルが有意に退縮することがわかりました。図2、赤囲部分にこの結果を図示しています。脳室吻合チャネルが全くない状態(Score 0:濃い青)、わずかに存在する状態(Score 1: 灰色)、太く発達した状態(Score 2: 水色)、の分布をみると、手術前(上段)と比べ手術後(下段)で明らかに脳室吻合チャネルは少なくなっています。いっぽう、手術効果が不良である場合、脳室吻合チャネルは減少せず、視床動脈※6やレンズ核線条体動脈※7による脳室吻合チャネルはむしろ増える傾向にありました。この結果は上図の緑囲部分に示しています。

つづいて、手術効果がどのような症例で良好であったかを調査しました(図3)。すると、女児の方が男児より、(84.9% vs 58.3%)、また、手術前脳血流量が少ないほうが、手術効果は良好でした。

さらに、手術効果によるもやもや血管と脳室吻合チャネルの退縮具合を調べると、手術効果が良好であるほど、脳血流量は改善し、もやもや血管と脳室吻合チャネルの退縮がより顕著でした(図4)。

最後に、脳室吻合チャネルの退縮と関連する因子を調査しました(図5)。統計学的な有意差がみられた因子はなかったものの、脳室吻合チャネルが術後に増生した患者は退縮した患者より年齢がより若い傾向にありました(平均6.75 歳 vs 8.18 歳)。RNF213 p.R4810K変異を有する患者も脳室吻合チャネルが術後に退縮する傾向がありました(変異あり:49.1%、なし:38.5%)。
研究成果の意義
本研究は、間接血行再建術を行った小児もやもや病患者の多くは手術効果が良好で、手術後に血流不足の症状が改善し、脳血流が改善すること、手術効果が良好であれば、出血リスクが高いとされる脈絡叢動脈から発生した脳室吻合チャネルが退縮することを示しました。間接血行再建術が脳血流不足の改善だけでなく、将来の脳出血の危険を下げる可能性も示したという点で、注目に値します。
これまでの小児もやもや病における間接血行再建術と脳室吻合チャネルの関係を調査したものは存在せず、本研究が世界初の報告となりました。このため、出版元である米国脳神経外科学会から「迅速に出版すべき研究成果」と認定され、採択後早々に出版されました。
間接血行再建術が脳出血リスクの高い脳室吻合チャネルの退縮につながったという結果は喜ばしいものですが、すべての症例で脳室吻合チャネルの退縮が得られておらず、また対象となった小児もやもや病患者さんたちはまだ成人しておらず、脳室吻合チャネルの退縮と成人後の脳出血の関連はまだ調査できていません。本研究グループはこれからも、小児もやもや病患者さんが脳出血を起こすことなく長い人生を過ごしていけるよう、研究を続けて参ります。
これまでの小児もやもや病における間接血行再建術と脳室吻合チャネルの関係を調査したものは存在せず、本研究が世界初の報告となりました。このため、出版元である米国脳神経外科学会から「迅速に出版すべき研究成果」と認定され、採択後早々に出版されました。
間接血行再建術が脳出血リスクの高い脳室吻合チャネルの退縮につながったという結果は喜ばしいものですが、すべての症例で脳室吻合チャネルの退縮が得られておらず、また対象となった小児もやもや病患者さんたちはまだ成人しておらず、脳室吻合チャネルの退縮と成人後の脳出血の関連はまだ調査できていません。本研究グループはこれからも、小児もやもや病患者さんが脳出血を起こすことなく長い人生を過ごしていけるよう、研究を続けて参ります。
用語解説
※1脳室吻合チャネル:もやもや血管が長く発達し、脳の深いところから頭頂部にむかい、脳皮質に血流を送るようになったもの。
※2間接血行再建術:頭皮や脳を包む膜(硬膜)の動脈を脳の表面におき、脳の動脈とつながる新しい血管をつくる手術。
※3もやもや血管:もやもや病において、脳の太い血管が細くなって生じた血流不足を補うために発生する異常血管。
※4RNF213 p.R4810K変異:もやもや病の関連遺伝子。日本ではもやもや病患者さんの7割が持っている遺伝子変異。ただし健康な日本人の1%程度もこの変異を持っており、あると必ずもやもや病になるわけではない。
※5脈絡叢動脈:脳の深い動脈(内頚動脈)から分枝し、視索、内包後脚、外側膝状体といった構造に血液を送る細い動脈。
※6視床動脈:脳の深い部分から後ろに走る動脈(後大脳動脈)から分枝し、中脳傍正中、視床内側といった構造に血液を送る細い動脈。
※7レンズ核線条体動脈:脳の深い部分から外側に走る動脈(中大脳動脈)から分枝し、レンズ核(被殻、淡蒼球)といった構造に血液を送る細い動脈。
論文情報
掲載誌:Journal of Neurosurgery: Pediatrics
論文タイトル:Regression of periventricular anastomosis after indirect revascularization in pediatric patients with moyamoya disease
DOI:https://doi.org/10.3171/2023.8.PEDS23304
論文タイトル:Regression of periventricular anastomosis after indirect revascularization in pediatric patients with moyamoya disease
DOI:https://doi.org/10.3171/2023.8.PEDS23304
研究者プロフィール

鄭 翌 (テイ ヨク) Zheng Yi (Zheng Elizabeth)
東京医科歯科大学 医学部医学科5年生
脳神経機能外科学分野 プロジェクトセメスター受講生(4年生時)
東京医科歯科大学 医学部医学科5年生
脳神経機能外科学分野 プロジェクトセメスター受講生(4年生時)

原 祥子 (ハラ ショウコ) Hara Shoko
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
脳神経機能外科学分野 助教
・研究領域
もやもや病、脳循環代謝、脳画像
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
脳神経機能外科学分野 氏名 原 祥子(ハラ ショウコ)
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。