プレスリリース

「パーキンソン病原因タンパク質・αシヌクレインの新しい伝播様式」【岡澤 均 教授】

岡澤 均(おかざわ ひとし) 難治疾患研究所 神経病理学分野 教授(左)
藤田慶太(ふじた きょうた) 難治疾患研究所 神経病理学分野 非常勤講師(右)

公開日:2023.8.17
 
「パーキンソン病原因タンパク質・αシヌクレインの新しい伝播様式」
―脳内リンパ系による非凝集
αシヌクレインの速い拡散 ―

ポイント

  • パーキンソン病※1の原因タンパク質・αシヌクレインの伝播の可能性が近年注目されています。
  • これまで、αシヌクレインを凝集させたものを脳内に注入する実験により伝播様式が解析されてきました。
  • 今回の研究では、少量のαシヌクレインタンパク質を脳の局所に持続的あるいは一過性に発現させて、伝播様式を検討しました。
  • 脳内リンパ系が、非凝集状態のαシヌクレインタンパク質を脳の離れた場所まで迅速に運搬し、それを取り込んだ神経細胞の中でαシヌクレインが時間をかけて凝集する、従来知られていなかった伝播様式が存在することを明らかにしました。
 東京医科歯科大学 難治疾患研究所・神経病理学分野の岡澤均教授の研究グループは、東京都健康長寿医療センターとの共同研究により、代表的神経変性疾患であるパーキンソン病の原因タンパク質・αシヌクレインの新たな伝播(拡散)様式を明らかにしました。その研究成果は、国際科学雑誌 Cell Reports (IF=9.9) において2023年8月16日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 パーキンソン病は、代表的な神経変性疾患であり、日本には約20万人の患者さんがいると言われています。病理学的には脳の中の神経細胞の中にαシヌクレインというタンパク質が沈着・凝集することが特徴です。αシヌクレインは腸の神経細胞に発症早期から沈着・凝集することから、腸から脳にαシヌクレインが伝播していくのではないかという仮説があります。2008年には、Nature Medicineに掲載された2つの論文(Jia-Yi Li et al, Nat Med 2008; Jeffrey H Kordower et al, Nat Med 2008)が、パーキンソン病患者に移植した胎児ニューロンにαシヌクレインの大きな凝集体(封入体:レヴィー小体)が見られることから、患者の細胞から移植された胎児細胞にαシヌクレインが伝わったのではないかという仮説(伝播仮説もしくはプリオン※2様伝播仮説)を提示しました。また2012年には、ペンシルバニア大学のVirginia Lee教授のグループが体外でαシヌクレインの凝集体(preformed fibril, PPF)を作成し、正常なマウスの脳に注入したところ、レヴィー小体が形成され、パーキンソン病様症状を発症したことも、伝播仮説の根拠とされています。その後に行われた多くの研究も、Lee教授の方法に習って、体の外で凝集物(PFF) を作ってモデル動物に注射する実験を採用し、これらの結果は、凝集物が神経細胞(ニューロン)から次のニューロンへ伝わるとの仮説を支持してきました。しかし、PFF以外の実験系での伝播に関する研究は極めて稀でした。

研究成果の概要

 今回、岡澤教授の研究グループは脳内の狭い領域にAAVウィルスベクターを感染させて、特定の場所に長期間αシヌクレインを発現させるマウスモデルを作成して、αシヌクレインがどのように脳内で拡散するかを調べました。AAVウィルスベクター自体が、脳の離れた部位には伝わっていないことも確認しました。その結果、予想に反して、2週間後には感染領域から遠く離れた脳部位にαシヌクレインが広がっていること、拡散したαシヌクレインは凝集体ではなくモノマーであること、αシヌクレインは脳内リンパ系により拡散していること、遠位の脳神経細胞においてαシヌクレインはモノマー状態で取り込まれた後に凝集体を細胞内で形成することを、超解像顕微鏡や免疫電子顕微鏡などの技術を用いて示しました(図1)。この結果は、ウィルスベクターではない、蛍光標識したαシヌクレインの注入実験でも再確認できました。

図1: 超解像顕微鏡を用いて、脳内リンパ菅の中でαシヌクレインが運ばれている様子を観察した。左図を解析ソフトで画像処理して拡大したものが右図である。

研究成果の意義

 今回の研究成果は、従来言われてきた『凝集状態の疾患タンパク質がニューロンからニューロンへと伝播する』という様式以外に、『非凝集状態(モノマー状態)の疾患タンパク質が脳内リンパ系により離れた場所のニューロンへと伝播する』という新たな様式が存在することを示したものです。ヒト脳において、そしてそれぞれの神経変性疾患において、どちらの様式がより優位に機能しているかは、今後に解決するべき問題ですが、少なくとも今回のマウス実験では、脳内リンパ系のモノマーαシヌクレインの伝播が優位でした。今後の治療を考える際に、特にプリオン様伝播をブロックする抗体や低分子などの薬剤開発において、今回の知見は非常に重要な研究成果と言えます。

用語解説

※1 パーキンソン病
体の動きの遅さ(無動)、筋肉の硬さ(固縮)、手指や身体の震え(振戦)の3つを症状的な特徴とする、緩慢に進行する疾患で、便秘、低血圧など脳以外の症状もきたす。病理学的には、αシヌクレインの巨大な凝集体であるレヴィー小体が、中脳黒質に存在するドパミンニューロンなどに見られる。レヴィー小体が大脳皮質にも広範に見られる場合もあり、認知症が目立つ場合は、レヴィー小体型認知症と診断される。ほとんどの場合は、家族内発症のない孤発性であるが、ごくまれに家族性(遺伝性)の場合がある。L-dopaなどの薬が有効なケースも多く、神経変性疾患の中では相対的に治療効果が得られやすい疾患ではあるが、進行性あるいは薬剤への反応性が悪い場合もあり、根本的治療薬の開発が待たれている。

※2 プリオン
プリオンタンパク質が個体から個体へ伝染することで発生する疾患をいう。細菌やDNA/RNAウィルスによる感染体によるものではないと考えられる。クロイツフェルド・ヤコブ病、狂牛病などがこれに含まれる。発症もしくは発症前の組織を食べたり移植したりすることで、長い潜伏期(狂牛病ではやや短い)の後に発症する。脳組織では神経細胞が消失してスポンジ様の空胞が多発する形態になる。プリオンタンパクは凝集状態になっており、凝集過程が疾患発症に関連すると考えられるが、感染がどの段階で起きるかは必ずしも明確ではない。
より広い意味では、タンパク質が自然に凝集体を形成する場合もプリオンと呼ぶことがあり、酵母タンパク質はプリオン現象を活用して環境への対応を行っている。広義プリオンには、天然変性タンパク質(IDP)が関係し、IDPに属する場合が多い神経変性タンパク質(TDP43, Tau, Aβ, αシヌクレインなど)もこれに含まれる。したがって、神経変性疾患タンパク質が伝播することを、プリオン様伝播ともいう。

論文情報

掲載誌Cell Reports

論文タイトル:Mutant α-synuclein propagates via the lymphatic system of the brain in the monomeric state

DOIhttps://doi.org/10.1016/j.celrep.2023.112962

 

研究者プロフィール

岡澤 均 (オカザワ ヒトシ) Hitoshi Okazawa
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
神経病理学分野 教授
研究領域
神経内科学、神経科学、神経病理学、分子生物学
藤田慶太 (フジタ キョウタ) Kyota Fujita
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
神経病理学分野 非常勤講師
金沢大学 子どものこころの発達研究センター
特任准教授
研究領域
神経科学、神経病理学、分子生物学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所/脳統合機能研究センター
神経病理学分野 岡澤 均(オカザワ ヒトシ)
E-mail:okazawa.npat[@]mri.tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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