プレスリリース

「舌癌の組織定量イメージ解析でパーソナル免疫プロファイル評価が可能に」【東みゆき 教授】

公開日:2023.6.19
「舌癌の組織定量イメージ解析でパーソナル免疫プロファイル評価が可能に」
― 予後予測や有効な治療法選択に有用 ―

ポイント

  • がんの周囲には、さまざまな役割の免疫細胞が存在していますが、マルチプレックス免疫組織染色※1と組織定量イメージ解析※2 で、免疫細胞の分布密度や比率を包括的に評価することを可能にしました。
  • 舌癌の免疫プロファイルは非常に多様性に富んでおり、既存の臨床ステージ (TNM)や病理分類からは推し量ることができないことがわかりました。
  • 舌癌では、多くの症例が何らかの免疫抑制状態にあることが明らかになりました。
  • 早期癌にもかかわらず再発・転移した症例では、M2マクロファージ※3指標が高くなっていました。
  • パーソナルな免疫プロファイル評価は、予後予測や有効な治療法選択に有用と思われました。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科・分子免疫学分野のPissacha Daroonpan (ピッサチャー ダルンパン)大学院生、大内 崚特別研究生、東 みゆき教授らの研究グループは、顎口腔腫瘍学分野の原田 浩之教授ら、口腔病理学分野の池田 通教授ら及び健康推進歯学分野の相田 潤教授との共同研究で、舌癌の免疫プロファイルを評価する新規手法を確立し、パーソナル免疫プロファイルは、治療指針を決定する上で有用な情報となることを示しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Oral Oncologyに、2023年6月15日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 私たちの体には、遺伝子変異を起こした癌細胞を見つけ出して、癌を直接攻撃できるキラーT細胞(CTL)を作り出す能力があります。しかしながら、それを妨げる制御性細胞や制御性分子も存在します。癌の周囲には、制御性T細胞 (Treg) ※4や M2マクロファージなどのキラーT細胞の機能を抑え、癌増大に加担する免疫細胞が存在します。がん治療法にパラダイムシフトをもたらした免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブやペムブロリズマブ)の標的分子である PD-1はT細胞表面、あるいは PD-1のリガンドPD-L1分子はマクロファージや癌細胞の表面に発現することで、 T細胞の機能にブレーキをかけてきます。このように、がんの周囲では、さまざまな免疫細胞と免疫関連分子による攻防戦が起こっていますが、数多くの細胞の種類や表面分子を同時に簡単に評価する方法はありませんでした。
 この研究の対象である舌癌は、頭頸部癌(口・のど・鼻の癌)の中でも最も頻度が高い癌ですが、一旦再発・転移が起こると制御が困難で、再発・転移を起こさないために術前あるいは術後の補助療法の選択が重要になります。さらに、PD-1免疫チェックポイント阻害薬の奏効率も舌癌では肺癌と比べてかなり劣っています。舌癌では、さまざまな免疫抑制作用が働いていることがこれまで報告されてきていますので、免疫チェックポイント阻害薬のみでは、治療効果が得にくいことが予想されます。どのような症例にどのような治療が有効であるかの判断に、患者さん個々の免疫プロファイルを知ることは有用と考えられます。

研究成果の概要

 研究グループは、舌癌のほとんどを占める扁平上皮癌で、術前治療を受けていない外科手術症例 60例を対象として癌進行先端部における免疫組織解析を行いました。病理診断のために通常作成されるパラフィン包埋切片2枚と10種の分子に対する1次抗体を使用して、マルチプレックス免疫組織染色と組織定量イメージ解析で、総計58項目の免疫スコアを評価しました。免疫スコアには、全免疫細胞 (CD45+ 細胞)、3種のT細胞サブセット : CD8+ キラーT細胞(CTL) / Foxp3-CD4+ 通常ヘルパーT細胞(Tcon) / Foxp3+CD4+ 制御性T細胞 (Treg)]、3種の骨髄系細胞サブセット : CD163-CD68+ M1マクロファージ (M1) /CD163+CD68+ M2マクロファージ (M2) / CD66b+ 好中球 (Neu)]、 および上記のどれにも属さないその他 (others) を含む7種の免疫細胞の分布密度と全免疫細胞中の比率(%)、各サブセット比、さらに 各T細胞サブセット中の PD-1陽性率あるいは各骨髄系細胞サブセットおよび癌細胞中のPD-L1陽性率などが含まれます。7種の免疫細胞サブセットの比率を円グラフで示し、免疫細胞密度を円グラフの大きさで表し、患者さんごとの特徴をまとめて、ビジュアルな免疫プロファイルとして提示しました。
 図1Aの症例は、高い免疫細胞密度 (Leu-D)、 高CTLと低Treg率を示し、癌に対する免疫応答が積極的に起こっている免疫プロファイルです。この症例では、 PD-1とPD-L1 発現もかなり高く認められます。反対に、図1Bの症例では、免疫細胞が少なく、T細胞比率も低く、 特にTregと M1/M2マクロファージが癌細胞近傍に接して CTLが癌細胞に近づけない免疫抑制プロファイルを示しています。この症例では、 PD-1および PD-L1の発現がほとんど見られていません。2症例共に腫瘍径2cm以下のT1で表在型の早期癌ですが、このように免疫プロファイルには大きな違いがあります。免疫細胞密度は、症例ごとに大きく異なり、また、 T細胞中のCTLと Treg比率や分布場所も異なっていました。全症例の統計学的解析では、免疫細胞密度と総T細胞(%)、CTL(%)およびTcon(%)には正の相関がみられ、 CTL密度と M1あるいは Neu(%)には負の相関がみられました。舌癌では、多くの症例で、低免疫細胞密度、低CTL比率、高Treg比率などの免疫抑制状態が観察されました。腫瘍の大きさ分類である Tステージや肉眼分類、病理組織検査での癌細胞の浸潤様式分類などから、免疫プロファイルを推し量ることは困難でした。 
 T1早期癌では、 多くの免疫スコアの中でM2マクロファージ指標が低いことが特徴でした(図2A)。 ところが、T1の再発・転移群では、M2マクロファージ指標が有意に高く、多因子解析の主成分分析 (PCA)からもM2マクロファージが単一成分として高く寄与しており、 T1早期癌における再発・転移のバイオマーカーとなる可能性が示されました(図2B)。

研究成果の意義

 これまでの癌の治療方針決定は、 TNMステージ、肉眼視診、生検および手術検体の病理組織結果から術後の補助療法の有無やフォローアップなどが決定されていました。この研究成果から、これらに加えて免疫プロファイルの評価を舌癌治療のガイドラインに反映できる有用性が示されました。
 免疫チェックポイント阻害薬を用いた免疫療法は、頭頸部癌を含めさまざまながん種の治療に用いられていますが、治療効果の認められる患者さんは1−3割と限られており、医療費が高額であることの課題などからも、患者さんごとに効果的な個別化医療を提供することが望まれています。免疫チェックポイント阻害薬投与も、再発・転移を起こしてからではなく、術前あるいは術後の補助療法として使用する動きが進んでいます。その際に、免疫プロファイル評価が有用であると思われます。どこの施設でも入手可能なパラフィン包埋切片が使用でき、ビジュアルな免疫プロファイル提示は、舌癌のみならず多くの癌での活用が期待できます。

用語解説

※1 マルチプレックス免疫組織染色
マルチプレックス免疫組織染色では、染色後に蛍光色素―チラミド複合体を残して抗体を取り除くために、抗体の組み合わせの制約を受けず、同一種の抗体を繰り返し使用することができるので、1切片で6種を超える1次抗体を使用することが可能。チラミドによるシグナル増幅により、存在量の少ない標的分子の検出が可能となる。

※2 組織定量イメージ解析
免疫蛍光染色や酵素抗体染色の組織切片スライドで、解析したいフィールドを機械学習で設定でき、単細胞レベルで、多波長のシグナル強度の定量から細胞サブセットが同定できる。組織染色切片でのサイトメトリー解析および組織空間内での分布・相互位置関係の解析が可能となる。

※3 M2マクロファージ
主に炎症反応に関わり、病原微生物やがんの排除作用をする古典的なM1マクロファージに対して、抗炎症反応に関わり、組織修復や免疫抑制作用を持つマクロファージ。ヒト組織染色では、M2マクロファージの識別に スカベンジャー受容体の膜貫通型タンパク質であるCD163が使用されることが多い。がん微小環境では、抗がん免疫応答の抑制に働く。

※4 制御性 T細胞 (Treg)
免疫応答を抑制する機能を持つCD4+T細胞で、がんを攻撃するエフェクター免疫細胞の機能を抑制してがん増大に関わる。 Tregはマスター転写因子として Foxp3 をもつことで、通常のCD4+T細胞(conventional CD4+T細胞/Tcon)と区別することができる。

論文情報

掲載誌Oral Oncology

論文タイトル:Personal immune profiles: Diversity and prognostic value for oral tongue squamous cell carcinoma evaluated by comprehensive immune parameter analyses with multiplex immunofluorescence

DOIhttps://doi.org/10.1016/j.oraloncology.2023.106458

研究者プロフィール

Pissacha Daroonpan (ピッサチャー ダルンパン)
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子免疫学分野 大学院生
(タイ王国 ナレスワン大学歯学部 口腔診断科 教員)
・研究領域
免疫学 口腔診断学

大内 崚 (オオウチ リョウ) Ryo Ouchi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子免疫学分野 特別研究生
(富山大学大学院医学薬学教育部 歯科口腔外科 大学院生)
・研究領域
口腔外科学

東 みゆき (アズマ ミユキ) Miyuki Azuma
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子免疫学分野 教授
・研究領域
免疫学
 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
分子免疫学分野 東 みゆき(アズマ ミユキ)
E-mail: miyuki.mim@tmd.ac.jp
     

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「舌癌の組織定量イメージ解析でパーソナル免疫プロファイル評価が可能に」