「 内臓脂肪の増加がCOVID-19のリスクとなるメカニズムを解明 」【保田晋助 教授】
公開日:2023.5.25
「 内臓脂肪の増加がCOVID-19のリスクとなるメカニズムを解明 」
― 内臓型肥満はかくれ炎症状態? ―
― 内臓型肥満はかくれ炎症状態? ―
ポイント
- 肥満関連指標のうち、内臓脂肪量※1がCOVID-19の予後を最もよく予測することを見いだしました。
- マウスの検討では、内臓型肥満マウスはSARS-CoV-2が肺全体に感染し、サイトカインストーム※2をもたらすことが分かりました。
- 肥満を予防するとSARS-CoV-2感染後の生存率が改善したことから、健康的なライフスタイルを啓発することでCOVID-19罹患時の重症化のリスクを減らせる可能性が期待できます。
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 膠原病・リウマチ内科学分野の保田晋助教授、細矢匡講師、大庭聖也大学院生らの研究グループは、国立感染症研究所との共同研究で、内臓脂肪の蓄積があるとSARS-CoV-2感染時にサイトカインストームがもたらされることをつきとめました。この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構 免疫アレルギー疾患実用化研究事業の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌PNASに、2023年5月22日にオンライン版で発表されました。
研究の背景
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、世界規模では数千万人の超過死亡の増加をもたらし、われわれの社会に大きな混乱を巻き起こしました。その原因ウイルスであるSARS-CoV-2が高い感染伝播性をもつことも問題でしたが、COVID-19発症時の重症化のリスクが患者の要因によって大きく異なることは、感染をコントロールする上でより厄介な問題でした。高齢、男性、高血圧などの要因とともに、肥満がCOVID-19の大きな重症化リスクであることは当初から知られていましたが、そのメカニズムは不明でした。
不思議なことに、肥満の程度とCOVID-19の重症化リスクとの関連には人種差が大きいことが知られています。英国の医療データベースを用いた研究では、肥満の一般的な指標であるBMI(Body mass index)※3を用いて肥満のリスクを見積もると、欧米人のリスク増加は2倍程度であるのに対して、南アジア人では5倍以上重症化や死亡のリスクが上昇しました(Nat Commun. 2022 Feb 2;13(1):624.)。人種による体格差のなかで、アジア人は同程度のBMIでも内臓型の肥満を呈する頻度が高いことはよく知られております。内臓脂肪は皮下脂肪に比べて、動脈硬化などの生活習慣病と強い関連を有しますが、これらは内臓脂肪組織から産生される炎症性サイトカインが関与することが知られています。
研究グループはこれらの知見から、内臓脂肪の蓄積が炎症の増強因子になって、COVID-19の重症化や予後に関連するのではないかとの仮説を立てて、検討を重ねました。
不思議なことに、肥満の程度とCOVID-19の重症化リスクとの関連には人種差が大きいことが知られています。英国の医療データベースを用いた研究では、肥満の一般的な指標であるBMI(Body mass index)※3を用いて肥満のリスクを見積もると、欧米人のリスク増加は2倍程度であるのに対して、南アジア人では5倍以上重症化や死亡のリスクが上昇しました(Nat Commun. 2022 Feb 2;13(1):624.)。人種による体格差のなかで、アジア人は同程度のBMIでも内臓型の肥満を呈する頻度が高いことはよく知られております。内臓脂肪は皮下脂肪に比べて、動脈硬化などの生活習慣病と強い関連を有しますが、これらは内臓脂肪組織から産生される炎症性サイトカインが関与することが知られています。
研究グループはこれらの知見から、内臓脂肪の蓄積が炎症の増強因子になって、COVID-19の重症化や予後に関連するのではないかとの仮説を立てて、検討を重ねました。
研究成果の概要
研究グループは東京医科歯科大学病院に入院したCOVID-19入院患者の臨床情報を解析しました(図1)。肥満の指標として、BMI、内臓脂肪組織(VAT)面積、皮下脂肪組織(SAT)面積、腹囲などと、COVID-19の重症度や予後との関連を検討したところ、VATの増加が重症度や予後と最も関連することが分かりました。また、VAT値は入院中のCRPのピーク値と相関したことから、内臓脂肪の蓄積があるとCOVID-19の炎症が増強すること、重症化をもたらす可能性が考えられました。
そこで、肥満とCOVID-19との関連を解析するために、過体重となるマウスにSARS-CoV-2を感染させて解析を行いました(図2)。食欲を制御するレプチン※4というホルモンのシグナルが欠落するob/obマウスとdb/dbマウス※5は、同程度の肥満になりますが、ob/obマウスには内臓脂肪優位、db/dbマウスには皮下脂肪優位の脂肪蓄積が生じます。これらのマウスにSARS-CoV-2を感染させると、ob/obマウスが感染後早期に全て死亡するのに対してdb/dbマウスや肥満でない野生型マウスは全て生存しました。感染極期の肺組織を解析すると、肺の炎症のひろがりや肺障害の程度には3系統間で大きな違いがない一方で、ob/obマウスでは肺胞領域のSARS-CoV-2陽性細胞とSARS-CoV-2のゲノムRNAが多く検出され、SARS-CoV-2ウイルス粒子がマクロファージに取り込まれていることが分かりました。このとき、ob/obマウスでは他の2系統と比較して炎症性サイトカインやウイルス応答遺伝子の発現がいちじるしく亢進しており、サイトカインストームが生じていることが分かりました。そこで、ヒトのCOVID-19でも治療に用いられているIL-6受容体阻害薬を投与するとob/obマウスの生存率が有意に改善したことから、IL-6の過剰産生がob/obマウスの死因の一つであったことが分かりました。
ob/obマウスはレプチンシグナルが欠落するために食欲が抑制できず肥満になります。レプチンを6週間持続投与して肥満を解消させた、「やせob/obマウス」と「肥満ob/obマウス」、また肥満ob/obマウスに感染直前にレプチンを投与した、三群のob/obマウスにSARS-CoV-2を感染させる実験を行いました(図3)。興味深いことに、やせob/obマウスはSARS-CoV-2感染時の生存率が向上し、肺胞領域のSARS-CoV-2陽性細胞やSARS-CoV-2のゲノムRNAが減少しました。また、感染極期の炎症性サイトカインやウイルス応答遺伝子の発現が低下していたほか、図2の検討で、肥満ob/obマウスでdb/dbマウスや野生型マウスよりも亢進していた遺伝子群は、やせob/obマウスでの誘導が抑制されていることが分かりました。肥満ob/obマウスにレプチンを投与しただけでは生存率の改善は得られなかったので、肥満を改善させることで、サイトカインストームの抑制と生存率の改善が得られたといえます。
内臓型肥満とCOVID-19の重症化との関連を示した報告はこれまでも散見されますが、日本人における検討は初めてで、内臓脂肪量と炎症の程度に関連があることを明らかにした研究もこれまでありませんでした。ob/obマウスとdb/dbマウスはともにB6系統という一般的に実験に使用されるマウスの系統ですが、ob/obマウスがC57BL/6, db/dbマウスがC57BKLSとわずかに異なる背景系統です。インスリン産生能の違いなどに両系統の違いがみられることは知られていましたが、感染症時の炎症応答に関する違いを明らかにした研究は本検討が初めてです。
研究成果の意義
COVID-19の重症化率は、患者の背景因子によって大きく異なるため、画一的な対応が困難でした。ワクチンの普及や治療薬の開発、ウイルスゲノムの変異による全般的な軽症化が進んでいることは朗報ですが、十分な対策を講じても、重症化リスクの高い患者集団にとって、COVID-19は今なお脅威です。本研究結果は患者データの解析によるもの(後ろ向き研究)なので、今後、事前に研究目的を設定したコホート研究(前向き研究)などを行い、結果の妥当性を検証していく必要があります。また、マウスを用いた検討も、なぜ内臓脂肪の蓄積によってこれだけの生存率の違いが生じるかについて、すべてを明らかにできたわけではないため、さらなる検討が必要です。
これまで見いだされたCOVID-19のリスク因子のうち、年齢や動脈硬化性疾患などのリスク因子は高齢者に重複しやすい特徴がありましたが、COVID-19に関する肥満のリスクはむしろ壮年から初老の男性において高いことが知られており、本研究からも同様の傾向が見いだされました。内臓脂肪量は運動習慣や食習慣などのライフスタイルと密接に関連するので、いわゆる生活習慣病の対策にも健康的なライフスタイルが励行されております。特に働き盛りの年代の過体重の男性に対して、体重の減少だけを目的とするのではなく、健康的なライフスタイルを送るモチベーションの一つとして、COVID-19の重症化リスクの軽減につながる可能性を提示した点において、本成果の社会的な意義は大きいと思われます。
これまで見いだされたCOVID-19のリスク因子のうち、年齢や動脈硬化性疾患などのリスク因子は高齢者に重複しやすい特徴がありましたが、COVID-19に関する肥満のリスクはむしろ壮年から初老の男性において高いことが知られており、本研究からも同様の傾向が見いだされました。内臓脂肪量は運動習慣や食習慣などのライフスタイルと密接に関連するので、いわゆる生活習慣病の対策にも健康的なライフスタイルが励行されております。特に働き盛りの年代の過体重の男性に対して、体重の減少だけを目的とするのではなく、健康的なライフスタイルを送るモチベーションの一つとして、COVID-19の重症化リスクの軽減につながる可能性を提示した点において、本成果の社会的な意義は大きいと思われます。
用語解説
※1内臓脂肪量:厚生労働省が定めるメタボリックシンドロームの基準として、臍高(へその高さ)でのウエスト周囲径(おへその高さの腹囲)が採用されています。本検討では、ウエスト周囲径に加えて、臍高の腹部CTスライス画像を用いて、腹壁内の脂肪面積を内臓脂肪量、腹壁外の脂肪面積を皮下脂肪量として定義して定量し、解析に用いました。
※2サイトカインストーム:病原微生物の感染に対する生体の防御反応として、IL-6やTNFα、インターフェロンαなどのさまざまなサイトカインが産生されます。これらのサイトカインは免疫細胞の活性化をもたらして、病原微生物の排除を促しますが、重症のCOVID-19では、しばしばこれらのサイトカインが過剰となるサイトカインストームと呼ばれる現象が生じます。サイトカインが過剰となると、高熱が続いたり、肺の呼吸機能が悪化したりと、生体に悪影響が生じることが知られており、COVID-19の重症化メカニズムのひとつとして重要と考えられています。
※3BMI(Body mass index):体格の指標として広く用いられる広く用いられる指標で、[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]で算出されます。計算方法は世界共通ですが、肥満の判定基準は国によって異なり、WHO(世界保健機構)の基準では30以上を”Obese”(肥満)としています。日本肥満学会の定めた基準では18.5未満が「低体重(やせ)」、18.5以上25未満が「普通体重」、25以上が「肥満」で、肥満はその度合いによってさらに「肥満1」から「肥満4」に分類されます。本研究ではBMI 30以上をBMI高値として解析しました。
※4レプチン:食欲を抑制するホルモンで、欠落すると食欲が亢進して肥満となります。また、T細胞など一部の免疫細胞はレプチン受容体を介して活性化することが知られています。レプチンのようなホルモンは受容体に結合することで作用を発揮しますが、ホルモンと受容体の関係は鍵と鍵穴の関係にたとえられます。肥満におけるレプチンの役割は、主にマウスでの解析が進んでおりますが、ヒトでの重要性については限定的とする意見も多く、さらなる検討が必要とされています。
※5ob/obマウスとdb/dbマウス:ob/obマウスはレプチンリガンド(鍵)を欠損しており、db/dbマウスはレプチン受容体(鍵穴)を欠損しているため、どちらもレプチンシグナルを欠落し、過食によって肥満となります。また、ob/obマウスのレプチン受容体は正常のため、図3の実験のように、レプチンを投与するとレプチンシグナルが伝達され、食欲を抑制することができます。これらのマウスが発見されたのは50年以上前で、インスリンの産生能が異なるほかは、免疫学的にはほとんど違いがないとされていました。近年、脂肪分布や腸内細菌叢にも違いがあることが報告されましたが、その違いが生物学的にどのような現象と関連するのかについては十分な解析がなされていません。
中のフッ化物イオン濃度を調整する施策で、効果と安全性が科学的に証明され、米国やオーストラリアなど諸外国では広く実施されている(米国歯科医師会. 2018)。
※2サイトカインストーム:病原微生物の感染に対する生体の防御反応として、IL-6やTNFα、インターフェロンαなどのさまざまなサイトカインが産生されます。これらのサイトカインは免疫細胞の活性化をもたらして、病原微生物の排除を促しますが、重症のCOVID-19では、しばしばこれらのサイトカインが過剰となるサイトカインストームと呼ばれる現象が生じます。サイトカインが過剰となると、高熱が続いたり、肺の呼吸機能が悪化したりと、生体に悪影響が生じることが知られており、COVID-19の重症化メカニズムのひとつとして重要と考えられています。
※3BMI(Body mass index):体格の指標として広く用いられる広く用いられる指標で、[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]で算出されます。計算方法は世界共通ですが、肥満の判定基準は国によって異なり、WHO(世界保健機構)の基準では30以上を”Obese”(肥満)としています。日本肥満学会の定めた基準では18.5未満が「低体重(やせ)」、18.5以上25未満が「普通体重」、25以上が「肥満」で、肥満はその度合いによってさらに「肥満1」から「肥満4」に分類されます。本研究ではBMI 30以上をBMI高値として解析しました。
※4レプチン:食欲を抑制するホルモンで、欠落すると食欲が亢進して肥満となります。また、T細胞など一部の免疫細胞はレプチン受容体を介して活性化することが知られています。レプチンのようなホルモンは受容体に結合することで作用を発揮しますが、ホルモンと受容体の関係は鍵と鍵穴の関係にたとえられます。肥満におけるレプチンの役割は、主にマウスでの解析が進んでおりますが、ヒトでの重要性については限定的とする意見も多く、さらなる検討が必要とされています。
※5ob/obマウスとdb/dbマウス:ob/obマウスはレプチンリガンド(鍵)を欠損しており、db/dbマウスはレプチン受容体(鍵穴)を欠損しているため、どちらもレプチンシグナルを欠落し、過食によって肥満となります。また、ob/obマウスのレプチン受容体は正常のため、図3の実験のように、レプチンを投与するとレプチンシグナルが伝達され、食欲を抑制することができます。これらのマウスが発見されたのは50年以上前で、インスリンの産生能が異なるほかは、免疫学的にはほとんど違いがないとされていました。近年、脂肪分布や腸内細菌叢にも違いがあることが報告されましたが、その違いが生物学的にどのような現象と関連するのかについては十分な解析がなされていません。
中のフッ化物イオン濃度を調整する施策で、効果と安全性が科学的に証明され、米国やオーストラリアなど諸外国では広く実施されている(米国歯科医師会. 2018)。
論文情報
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
論文タイトル:Apple-shaped obesity: a risky soil for cytokine-accelerated severity in COVID-19
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2300155120
論文タイトル:Apple-shaped obesity: a risky soil for cytokine-accelerated severity in COVID-19
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2300155120
研究者プロフィール
保田 晋助 (ヤスダ シンスケ) Yasuda Shinsuke
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 教授
・研究領域
リウマチ性疾患、自己炎症性疾患、免疫学
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 教授
・研究領域
リウマチ性疾患、自己炎症性疾患、免疫学
細矢 匡 (ホソヤ タダシ) Hosoya Tadashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 講師
・研究領域
リウマチ性疾患、自己炎症性疾患、免疫学
大庭 聖也 (オオバ セイヤ) Oba Seiya
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 大学院生
・研究領域
リウマチ性疾患、免疫学
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 大学院生
・研究領域
リウマチ性疾患、免疫学
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
膠原病・リウマチ内科学分野 保田 晋助(ヤスダ シンスケ)
細矢 匡(ホソヤ タダシ)
E-mail:syasuda.rheu[@]tmd.ac.jp (保田)、hosoya.rheu[@]tmd.ac.jp (細矢)
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。