プレスリリース

「 新しい骨組織透明化技術の開発による骨内神経の3次元構造の可視化 」【佐藤信吾 講師】

公開日:2023.3.22

「 新しい骨組織透明化技術の開発による骨内神経の3次元構造の可視化 」
― 骨内神経による骨代謝調節機構の解明 ―

ポイント

  • マウスの骨組織を透明化する新たな技術を開発し、Osteo-DISCO法と名付けました。
  • これまで骨組織内を走行する神経や血管の全体像を把握することは困難でしたが、本透明化技術の開発により、骨内の神経・血管の詳細な3次元構造の可視化に成功しました。
  • 詳細な観察の結果、マウスの長管骨では特定の一点から骨内に神経が侵入していることが明らかとなりました。また、この骨内に侵入する神経を外科的に切離すると、当該骨の骨形成が低下し、骨再生も障害されることを見出しました。
  • 本透明化技術を様々な骨疾患の病態解析に応用することで、骨疾患の新たな発症メカニズムの解明や新規治療法の開発が期待できます。
 東京医科歯科大学病院 がん先端治療部 佐藤信吾講師、東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 整形外科分野 大川淳教授らの研究グループは、国立障害者リハビリテーションセンター研究所 越智広樹研究員、順天堂大学 赤澤智宏教授、滋賀医科大学 依馬正次教授らとの共同研究で、マウスの骨組織を透明化する新たな技術(Osteo-DISCO法)を開発し、骨内の神経・血管の詳細な3次元構造の可視化に成功しました。また、骨内に侵入する神経を外科的に切離する手法も確立し、骨内の神経が骨恒常性の維持に寄与していることを見出しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、中谷医工計測技術振興財団、第一三共生命科学研究振興財団などによる支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに、2023年3月22日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 当研究グループは長年、神経系による骨代謝調節機構に着目しており、これまで自律神経や神経ペプチドが骨恒常性の維持に重要であることを明らかにしてきました。骨組織内の神経や血管を評価するにあたり、骨組織を薄切して切片を作成し、2次元的な組織学的評価を行うという手法が主流となっていますが、骨内の神経や血管は複雑な3次元ネットワークを形成しているため、2次元的な評価では正確な走行や分布を十分把握することができません。そこで当研究グループは、近年報告されている軟組織の組織透明化法※1を参考に、骨透明化に適した有機溶剤の選定や観察溶液の屈折率調節などの数々の条件検討を重ね、新しい骨組織透明化法(Osteo-DISCO法)を開発しました。また、この透明化技術を用いて、マウス骨組織内の神経の詳細な観察を行ったところ、マウスの長管骨では特定の一点から神経が骨内へと侵入していることを見出し、さらに、この骨内に侵入する神経が当該骨の骨代謝にどのような影響を与えているのか検討しました。

研究成果の概要

 当研究グループは、近年報告されている軟組織の組織透明化法を参考に、有機溶剤の選定、観察溶液の屈折率調節など、数々の条件検討を重ね、検体採取からわずか6日間という短期間で骨組織内の神経・血管を観察することができる新しい骨組織透明化法(Osteo-DISCO法)を開発しました(図1)。骨内の神経・血管を可視化するために、神経線維が緑色蛍光タンパク質Venusを発現するSox10-Venusマウス※2と、血管内皮細胞が赤色蛍光タンパク質dsRedを発現するFlt1-tdsRedマウス※3を用いました。観察溶液の屈折率調整の過程でシリコンオイルをベースとした溶液を使用したことで、高い透過性と長期間(500日以上)の蛍光保持性の両立に成功しました。
 この透明化技術を用いて、Sox10-Venusマウスの骨組織内の神経の詳細な観察を行ったところ、マウス長管骨では特定の一点から神経が侵入し、骨内で近位および遠位方向に投射する様子が確認されました(図2)。一方で、Flt1-tdsRedマウスを用いて骨組織内の血管の詳細な観察を行ったところ、血管の骨内への侵入点は多数あり、骨内の神経と血管は必ずしも伴走しないことがわかりました。
 続いて、骨内に侵入する神経が当該骨の骨代謝に与える影響を検討するために、マウス脛骨内に侵入する神経を外科的に切離する除神経モデルを新たに確立し(図3)、骨透明化解析および骨量解析を行いました。その結果、神経が切離された骨組織では骨内の神経形成が著しく低下しており、骨形成の低下に起因する骨量の減少も認められました(図3)。また、神経が切離された骨組織では、骨欠損部における骨再生も障害されることがわかりました。骨内の神経の大半は感覚神経であるという知見に基づき、脛骨内に侵入する神経を切離したマウスに、感覚神経が分泌するタンパク質の一つであるCGRP※4の持続皮下投与を行ったところ、CGRPの投与により除神経による骨量減少は有意に抑制されました(図3)。さらに、CGRPが骨芽細胞の活性や分化に与える影響をマウス培養細胞を用いて検討したところ、CGRPの添加により骨芽細胞の活性は亢進し、骨形成が促進されることも明らかとなりました。
 以上の結果から、骨内に侵入する神経(感覚神経)がCGRPの分泌を介して骨芽細胞の活性を調節し、骨量ならびに骨恒常性の維持に重要な役割を果たしている可能性が示唆されました。

研究成果の意義

 人体最大の臓器の一つである骨は、重力に抗するためだけの静的な臓器ではなく、骨の細胞、神経、血管といった多彩な細胞集団がお互いにネットワークを形成し、全身の代謝調節にも関与する極めて動的な臓器であることが明らかとなってきています。骨組織は硬い皮質骨で覆われているために透明化試薬が浸透しにくい上、硬組織(皮質骨・海綿骨)と軟組織(骨髄)が入り混じる階層構造を呈しているため、透明化が最も難しい組織として知られていました。骨透明化法の技術開発については、国内外からの論文が散見されますが、いずれも透明化のプロセスに2~4週間と長い時間を要する上、観察できる神経・血管はごく一部であり、病態解析に応用できるレベルには達していませんでした。当研究グループが開発した手法では、検体採取から最短6日で観察が可能であり、従来の方法に比べて骨組織内の神経・血管の詳細な3次元構造の観察が可能で、500日間サンプルを保存しても蛍光が退色しないという極めてすぐれた特徴を有しています。
 本研究では、マウスの長管骨では特定の一点から神経が侵入しているという新たな知見に基づき、新たな外科的除神経モデルの確立を通して、骨内神経の骨量調節および骨恒常性維持における重要性を明らかにしましたが、本透明化技術は様々な骨疾患の病態解析に応用することが可能です。神経・血管系という新しい視点から様々な骨疾患における神経・血管の役割を検討することで、新たな発症メカニズムの解明や新規治療法の開発が期待できます。
 なお、当研究グループの代表者である佐藤信吾は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の平成29年度「きぼう」利用フィジビリティスタディテーマ募集において、「国の戦略的研究募集区分」に採択されており(URL: http://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/2017_kibo-utilization-theme_select.html)、宇宙微小重力環境が骨組織の神経・血管に与える影響を検討するために、本透明化技術を用いて宇宙ステーション「きぼう」にて飼育されたマウスを解析することも計画しています。

用語解説

※1組織透明化法
組織中に光を通すような化学的処理を加えることによって、組織内部の光学顕微鏡観察を可能とする技術。本技術を用いることにより、組織を薄切することなく組織全体を3次元的に観察することが可能となる。①有機溶剤を用いる方法、②水溶性化合物を用いる方法、③人工ゲル等による強固な固定法と組み合わせる方法などがあり、本研究にて開発した手法は①の「有機溶剤を用いる方法」に属する。

※2 Sox10-Venusマウス
神経マーカーであるSox10遺伝子のプロモーター制御下で緑色蛍光タンパク質Venusを発現するトランスジェニックマウス(遺伝子改変マウス)。体内の神経線維(Sox10陽性細胞)が緑色蛍光で標識されている。

※3 Flt1-tdsRedマウス
血管内皮細胞マーカーであるFlt1遺伝子のプロモーター制御下で赤色蛍光タンパク質dsRedを発現するトランスジェニックマウス(遺伝子改変マウス)。体内の血管(Flt1陽性細胞)が赤色蛍光で標識されている。

※4 CGRP
カルシトニン遺伝子関連ペプチド Calcitonin Gene-Related Peptide の略。感覚神経終末より分泌される神経ペプチド。血管拡張などにも関与し、近年は片頭痛との関連が注目されている。

論文情報

掲載誌:Scientific Reports

論文タイトル: Three-dimensional visualization of neural networks inside bone by Osteo-DISCO protocol and alteration of bone remodeling by surgical nerve ablation

DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-30492-4

研究者プロフィール

佐藤 信吾(サトウ シンゴ) Sato Shingo
東京医科歯科大学病院 がん先端治療部 講師
緩和ケア科 診療科長
・研究領域
骨代謝、骨転移・骨軟部腫瘍、緩和医療学、
臨床腫瘍学、分子腫瘍学

歌川 蔵人(ウタガワ クランド) Utagawa Kurando
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
整形外科学分野 大学院生
・研究領域
脊椎脊髄病学、骨代謝
秦 宇英(シン タカエイ) Shin Takaei
石巻赤十字病院 後期研修医
・研究領域
骨代謝
山田 紘理(ヤマダ ヒロノリ) Yamada Hironori
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 
総合診療医学分野 医員・大学院生
・研究領域
骨代謝・透明化、プライマリ・ケア、総合診療医学、
ナノケミストリー、コロイド界面化学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学病院 がん先端治療部・緩和ケア科
佐藤 信吾(サトウ シンゴ)
E-mail:satoshin.phy2[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「新しい骨組織透明化技術の開発による骨内神経の3次元構造の可視化」