プレスリリース

「 大動物を用いて腸換気法の有効性を概念実証 」【武部貴則 教授】

公開日:2023.3.13
東京医科歯科大学
名古屋大学

「 大動物を用いて腸換気法の有効性を概念実証 」
― 肺機能に依存しない画期的な呼吸補助療法の実現に道! ―

ポイント

  • 肺機能を一定にした低酸素血症ブタを用いて腸換気法による全身の酸素化効果を実証しました。
  • 腸換気法は、酸素化に加え、二酸化炭素の低減、すなわち換気効果をもたらすことが判明しました。
  • 腸管から流出する複数の静脈血行を介して酸素化をもたらすメカニズムを解明しました。
  • 大動物での概念実証により、呼吸不全に対する全く新しい呼吸補助療法の開発に貢献します。
 東京医科歯科大学・統合研究機構の武部貴則教授、名古屋大学医学部附属病院・麻酔科(藤井祐病院講師)、名古屋大学大学院医学系研究科・麻酔蘇生医学(西脇公俊教授)及び呼吸器外科学(芳川豊史教授)らの共同研究グループは、液体酸素パーフルオロカーボンを腸管へ投与する腸換気法が、低酸素状態のブタに対して自己肺機能に依存しない換気効果をもたらすことを証明しました。人間にサイズが近い大動物モデルを用いて腸換気法の有効性が示されたことで、昨今のコロナウイルス感染症を含む様々な原因で生じる呼吸不全に対する画期的な呼吸補助療法として治療応用が期待されます。
 本研究は、AMED 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する研究」、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬開発」、「腸換気法を用いた革新的呼吸補助技術の開発」(研究代表者:武部貴則)、科研費 基盤研究(A)「哺乳類腸呼吸メカニズムの理解と制御」(研究代表者:武部貴則)、Readyfor クラウドファンディングによる263名のご寄付(世界初の腸呼吸で、呼吸に苦しむ患者さんを助けたい!)、川上肇氏のご寄付等の支援により行われたもので、国際科学誌 iScience、2023 年 3 月 17 日号に掲載されます。
図1. 研究の概要を示す模式図 
筋弛緩薬投与下で人工呼吸管理のもと低酸素血症を人為的に誘発したブタを用いて、O2 -PFD(酸素化した液体パーフルオロカーボン)の投与を実施。その後、30分の腸管内貯留の後、液体を腸管内より回収。下段は、各血中パラメータの移行結果を模試的に示したグラフ。

PaO2: 動脈血酸素分圧、SaO2:動脈血酸素飽和度、SvO2:混合静脈血酸素飽和度、PaCO2: 動脈血二酸化炭素分圧、SpvO2:門脈血酸素飽和度、SivcO2: 下大静脈血酸素飽和度

研究の背景

 昨今のコロナウイルス感染症をはじめ、呼吸器感染症などで爆発的に増加しつつある呼吸不全※1に対して一般的に酸素療法が用いられますが、重症な場合には人工呼吸管理や体外式膜型人工肺(Extracorporeal Membrane Oxygenation:ECMO)※2管理が行われます。しかし、これらには重篤な合併症として、人工呼吸によって自分の肺が障害されることや重要臓器に出血・血栓症が生じること、また全身の感染症を招く恐れがあります。さらに、これらの実行には高度な医療機器や人的リソースを要するため、パンデミック時には需給バランスが破綻し、医療資源のアクセスが困難になるために救えない人命が多数生じることが浮き彫りになっています。このため、医療現場では、より安全・低侵襲・簡便に酸素効果や換気効果をもたらす新規の呼吸補助療法が切望されています。
 これらの課題解決を目指し、東京医科歯科大学・統合研究機構の武部貴則教授らの研究グループは自己の呼吸機能補助の戦略として、ドジョウなどの水棲生物がエラ呼吸・皮膚呼吸だけでなく腸呼吸※3を行うことに注目しています。これまでに、マウスなどの哺乳類でも腸管を用いた呼吸手法である「腸換気法(通称EVA法:Enteral Ventilation)」が可能であることを報告しています。本研究では、麻酔/呼吸器管理のエキスパートである名古屋大学医学部附属病院・麻酔科(藤井祐病院講師)、名古屋大学大学院医学系研究科・麻酔蘇生医学(西脇公俊教授)及び呼吸器外科学(芳川豊史教授)らのチームと共同で、より人間に近い状態を再現する大動物呼吸不全モデルを用いることでその有効性検証を試みました。
 

研究成果の概要

 本研究グループでは、まずヒトに外挿性の高いブタを用いて、麻酔・筋弛緩剤を投与した状態で人工呼吸管理によって呼吸機能を調節し、低酸素状態にした呼吸不全モデルを確立しました。次に、すでに医療現場において使用実績がある直腸カテーテルやパーフルオロデカリン(Perfluorodecalin:PFD)※4を選定し、臨床応用においても使用可能な投与プロトコルを開発しました。事前に酸素をバブリングしたPFDを浣腸のように肛門に挿入したカテーテルから投与を行い、その後、血液中の酸素濃度や二酸化炭素分圧を評価することで腸管を介した換気効果を検証しました。
 その結果、酸素化したPFDを腸管内に投与している間は、低酸素状態の改善効果だけでなく二酸化炭素の減少効果(換気効果)をもたらすことが判明しました(図2)。さらに、その効果は、PFDの排泄によって元の状態に戻ることから、PFDの投与によって改善しているという証左を得ました。次に、腸管には様々な血行が存在していることからいずれの血管から酸素化が生じるのかを検証する目的で、複数の静脈血行路にカテーテルを留置し、酸素化状態を評価した結果、腸管から流出する複数の静脈血を酸素化することが示されました。本プロセスにおいて、腸換気法中の循環動態(血圧や脈拍)および腸管や脾臓などにおいても重篤な副作用は認められず、腸換気法が安全に実施可能であることを実証しました。

図2:腸換気法による全身血液の酸素化および換気効果
酸素化したPFD(O2-PFD)を注腸している間は酸素化効果(SaO2・SvO2・PaO2が上昇)および換気効果(PaCO2は低下)を認め、PFDを腸管から回収するとその効果が消失する。 
PFD:パーフルオロデカリン、SvO2:混合静脈血酸素飽和度、SaO2:動脈血酸素飽和度、
PaO2:動脈血酸素分圧、PaCO2:動脈血二酸化炭素分圧

研究成果の意義

 本成果によって、医学史上全く新たな概念といえる腸換気法が、低酸素血症の大動物においても明快な有効性・安全性をもたらすことが世界で初めて実証されました。また、複数の静脈血行を介した腸換気法の効果が確認されたことによって、腸換気が生じる作用機序やその定量的な理解につながることが期待されます。
 本手法は、将来的に、さまざまな用途での臨床使用が期待されます。例えば、突如として発生する呼吸器感染症のパンデミックのような状況下において十分な医療資源が確保できない場面、他医療施設へ救急搬送が必要な場面、医療施設内において呼吸不全が徐々に進行する際に医療スタッフの人的確保や高度な酸素療法の提供までに時間的猶予が必要な場面、集中治療管理において重症呼吸不全に対するECMO導入までの時間的猶予の確保が必要な場面などが想定されます。さらには、在宅での使用や、航空・宇宙医学、スポーツ医学などの分野においても活用が期待されます。
 今後、同グループでは、臨床応用を目指して、医療機器としてヒトにおいて有効性と安全性を確認していくことが必要となりますが、現在、東京医科歯科大学発ベンチャーである株式会社EVAセラピューティクス、丸石製薬株式会社とともに臨床試験を進めています。本手法の臨床応用が実現すれば、肺機能に依存しない全く新たな呼吸補助療法によって、従来救うことが困難であった患者さんの人命救助に資する画期的な治療手段を提供できるものと大いに期待されます。

用語解説

※1呼吸不全・・・様々な病気によって自分自身で息をする機能が低下した結果、正常範囲を超えて血液中の酸素濃度が低くなったり、二酸化炭素が高くなったりする病態のことを言います。また、血液(動脈)中の酸素分圧:PaO2が60 mmHg以下になった状態を呼吸不全と定義します。

※2体外式膜型人工肺(ECMO)・・・ECMOはExtracorporeal membrane oxygenationの略です。ポンプを用いて体外に血液を循環させて、人工的な肺によって血液を酸素化および二酸化炭素を除去することで生命を維持することが可能となります。最重症の呼吸不全や循環不全の患者さんに用いられますが、実施可能な施設が限定されているのが現状です。

※3腸呼吸・・・ドジョウは低酸素環境になると、腸を介して酸素を取り込むことが知られています。酸素を取り込んでいる後腸といわれる領域では腸粘膜が菲薄化し、毛細血管が豊富であることが知られています。

※4パーフルオロデカリン・・・炭素とフッ素のみから構成される化学物質であるパーフルオロカーボンの一種です。酸素が非常によく溶けることが知られています。現在、日本では眼科の手術の際に用いられることがあります。

論文情報

掲載誌:iScience

論文タイトル: Enteral liquid ventilation oxygenates a hypoxic pig model

DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.106142

研究者プロフィール

武部貴則 (タケベ タカノリ) Takanori Takebe
東京医科歯科大学 統合研究機構
先端医歯工学創成研究部門 創生医学コンソーシアム 教授
・研究領域
幹細胞生物学、再生医学

藤井 祐 (フジイ タスク) Tasuku Fujii
名古屋大学医学部附属病院
麻酔科 病院講師
・研究領域
麻酔科学、集中治療医学
西脇公俊 (ニシワキ キミトシ) Kimitoshi Nishiwaki 
名古屋大学大学院医学系研究科
麻酔蘇生医学 教授
・研究領域
神経原性肺水腫発症機序、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)



 
芳川豊史 (ヨシカワ トヨフミ) Toyofumi Fengshi Chen-Yoshikawa
名古屋大学大学院医学系研究科
呼吸器外科学 教授 
・研究領域
肺移植、手術シミュレーション、肺癌

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 
統合研究機構 教授 武部貴則
E-mail:ttakebe.ior[@]tmd.ac.jp

名古屋大学医学部附属病院
麻酔科 病院講師 藤井祐
E-mail:plus9[@]med.nagoya-u.ac.jp

名古屋大学大学院医学系研究科
麻酔蘇生医学 教授 西脇公俊
E-mail:nishi[@]med.nagoya-u.ac.jp

名古屋大学大学院医学系研究科
呼吸器外科学 教授 芳川豊史
E-mail:tyoshikawa[@]med.nagoya-u.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
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名古屋大学医学部・医学系研究科 総務課総務係
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関連リンク

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  • 「大動物を用いて腸換気法の有効性を概念実証」