プレスリリース

多発性骨髄腫における新規染色体診断法 ISM-FISH(Immunophenotyped-Suspension-Multiplex-FISH)法 を産学連携研究で開発

公開日:2023.3.10
京都府立医科大学
東京医科歯科大学
多発性骨髄腫における新規染色体診断法
ISM-FISH(Immunophenotyped-Suspension-Multiplex-FISH)法
を産学連携研究で開発
~イメージングフローサイトメトリーを用いた3種の多発性骨髄腫関連IGH転座の
マルチプレックスFISH検査法開発に関する論文掲載について~



 京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学 助教 塚本 拓、同 教授 黒田純也、東京医科歯科大学リサーチコアセンター長・特任教授 (京都府立医科大学大学院医学研究科血液内科学 客員教授) 稲澤譲治、シスメックス株式会社、株式会社ビー・エム・エルの研究グループは、イメージングフローサイトメトリー法とマルチプレックスfluorescence in situ hybridization (FISH)法を応用し、多発性骨髄腫における複数の染色体転座を同時検出できる新規診断法を開発し、本件に関する論文が、科学雑誌『Journal of Human Genetics』に(3月8日)付けで掲載されましたのでお知らせします。
 造血器悪性腫瘍である多発性骨髄腫において、IGH遺伝子と、がん遺伝子であるCCND1、FGFR3、MAF遺伝子との相互転座の診断は治療方針の決定、予後の推定に極めて重要です。しかし、従来、その診断は観察者が目視で数百の細胞を観察するFISH法を、個別の染色体異常について一つずつ行う必要があり、簡便性、迅速性に難があったほか、観察者の熟練を要するものでした。
 そこでわれわれは、イメージングフローサイトメトリー法と、複数の蛍光標識DNAプローブを用いて複数の染色体転座を同時に解析するマルチプレックスFISH法を組み合わせることで、多発性骨髄腫において診療に重要な3種の代表的な染色体転座を、大量の細胞において迅速かつ同時に解析可能な検査系を確立しました。本研究で開発した検査法により、多発性骨髄腫の患者さんにおいて、より適切な治療をより迅速に提供できるようになることが期待されます。更に、染色体異常の特定が病型の診断や予後予測、治療方針の決定に重要となる他の腫疾患においても複数の染色体異常が検出できる本法の応用が期待できます。
 

【論文基礎情報】

掲載誌情報 雑誌名 Journal of Human Genetics
発表媒体■オンライン速報版 ■ ペーパー発行 □ その他
雑誌の発行元国 英国
オンライン閲覧(URL)
https://www.nature.com/articles/s10038-023-01136-2
掲載日 2023年3月8日
論文情報 論文タイトル(英・日)
Imaging flow cytometry-based multiplex FISH for three IGH translocations in multiple myeloma
イメージングフローサイトメトリーを用いた3種の多発性骨髄腫関連IGH転座のマルチプレックスFISH診断法の開発

代表著者
京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学 塚本 拓

共同著者
京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学 知念良顕
京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学 水谷信介
京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学 藤野貴大
京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学 古林 勉
京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学 志村勇司
京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学 黒田純也

東京医科歯科大学 リサーチコアセンター長・特任教授 稲澤譲治

シスメックス株式会社 木下将希
シスメックス株式会社 山田和宏

株式会社ビー・エム・エル 伊東穂高
株式会社ビー・エム・エル 山口敏和
研究情報 研究課題名
「造血器悪性腫瘍におけるフローFISH法の開発」
代表研究者  
京都府立医科大学大学院医学研究科 血液内科学教室 黒田純也
資金的関与(獲得資金等)
Sysmex社からの共同研究費

【論文概要】

1.研究の背景
 多発性骨髄腫(注1)は多数の遺伝子異常、染色体異常の蓄積により発症、進展する造血器悪性腫瘍です。疾患発症の初期イベントとして免疫グロブリン重鎖(immunoglobulin heavy chain gene: IGH)遺伝子関連染色体転座(注2)、または高二倍体が関与していると考えられています。IGH関連転座としては、t(11;14) (q13;q32) (CCND1::IGH)が最多の約15-20%の症例で観察される他、t(4;14) (p16;q32) (FGFR3::IGH)、t(14;16) (q32;q23) (IGH::MAF)の異常がありますが、これらの染色体転座は、予後因子としての意義だけでなく、適した治療法を選択するうえでも重要な指標となります。
 従来、多発性骨髄腫の染色体転座診断にはfluorescence in situ hybridization  (FISH)法(注3)(以下FISH法)が日常診断で用いられてきました。しかし一般的なFISH法は一回の検査で単一の染色体異常しか検出することができず、個々の転座を評価するためには数百個の細胞を鏡検者が目視で診断する必要がありました。こうした熟練と技能を要する煩雑な検査を繰り返すことは日常診療で大きな負担となっており、複数の染色体異常を同時に、かつ迅速に検出可能な高精度の診断技術の開発は、長きにわたり残されてきた課題でした。

2.研究の成果
 こうした課題を克服するため、われわれの共同研究グループは大量の細胞の状態を蛍光染色パターンと細胞の形で迅速に識別可能なイメージングフローサイトメトリー法(注4)と、複数の染色体異常を同時に異なる蛍光標識プローブで検討するマルチプレックスFISH法を組み合わせ、多発性骨髄腫の診療において重要な複数のIGH遺伝子関連転座を同時解析できる検査法を新規に開発し、ISM-FISH(Immunophenotyped-Suspension-Multiplex-FISH)法と命名しました。
 具体的には、多発性骨髄腫由来の細胞株、および同疾患の患者さん由来の骨髄検体を、CD138とよばれる多発性骨髄腫に特徴的な表面抗原に対する蛍光標識抗体と、4種類の遺伝子座(IGH、FGFR3、CCND1、MAF遺伝子)を標識する蛍光標識DNAプローブにて処理し、シスメックス社製イメージングフローサイトメトリー装置(MI-1000)により解析します。この方法により、1細胞毎に5種類の蛍光シグナルの解析や、さらに10分間で約1万個の細胞を解析することが可能となりました。患者由来の検体中には、骨髄腫細胞と非腫瘍細胞が混在していますが、本システムではCD138抗原陽性である腫瘍細胞のみを解析画面上で特定し、新規に開発した解析アルゴリズムを用いてIGH遺伝子シグナルの座標と、転座相手となるFGFR3、CCND1、MAF遺伝子のシグナルとの距離を算出することで既定値を満たした場合に「転座陽性」と判定しました(図1)。この結果、多発性骨髄腫由来細胞株を用いて既知の各染色体転座を正確に検出できただけでなく、患者検体でも従来のFISH法と比較して高い精度(陽性適中率96.6%、陰性適中率98.8%)で診断可能でした(図2)。また、従来のFISH法での検出感度は約1%と考えられていますが、ISM-FISHの検出感度は従来のFISH法の約10倍と考えられました。
3.今後の展望
 多発性骨髄腫においては、分子標的薬や細胞治療等の新規治療が続々と開発されており、染色体異常等の分子細胞遺伝学的特徴によって、個々の患者さんに応じて治療法を最適化することが極めて重要です。しかし、これまでは染色体異常の種類の多さ、検査オーダーの煩雑さなどが理由となり、臨床現場では施設毎、患者毎に染色体診断の実施法は必ずしも均てん化できていません。本研究で開発した診断法であれば、一度の検査で重要な3種の染色体異常について同時解析することが可能となるため、より多くの患者さんに、より簡便に且つ迅速に染色体異常データを提供できることが期待されます。われわれは本診断法が臨床実装可能な診断法として日常的に利用可能となるよう、認可のための取り組み、検査法の標準化を目指した活動を展開していきます。
 また、悪性リンパ腫等の他の造血器腫瘍においても染色体異常が病型診断や治療方針決定に重要ですが、多発性骨髄腫同様、多種類の染色体異常が存在するため、これらを同時に解析できるようになることが望まれます。われわれの研究グループでは、IGH関連転座以外の染色体異常や、他疾患で認められる染色体異常の診断への応用の可能性を追求しています。

脚注
(1)多発性骨髄腫
骨髄中にある免疫担当細胞のひとつである形質細胞ががん化して増殖する疾患です。骨病変(骨痛や病的骨折等)や腎機能障害、貧血、易感染性、高カルシウム血症とよばれる様々な症状や臓器の異常が生じることがあります。

(2)染色体転座
異なる2本の染色体に切断が生じ、切断断片が別の染色体と結合することで生じます。切断点近傍にある遺伝子の発現制御を来たしたり、融合遺伝子が作られ、がん化の原因となるほか、治療薬の効果に影響を及ぼしたりすることがあります。

(3)FISH法
遺伝子座を特異的に認識する蛍光標識DNAプローブを細胞と反応させ、顕微鏡下でシグナルを可視化するものです。染色体転座や、コピー数変化等が検出可能となります。現在、一般的な検査では細胞分裂の間期核を観察することが多いです。2種類の異なる遺伝子座を標識し、蛍光プローブの融合シグナルを検出することで染色体転座の診断が可能となります。

(4) イメージングフローサイトメトリー法
イメージングフローサイトメトリー法では、フローサイトメトリー法(液体懸濁した細胞を高速流路に通し、レーザー光照射による光散乱や光強度を電子検出器を通して検出し、解析する方法)と比べて更に個々の細胞の形態情報が取得可能となります。
 

お問い合わせ先

<研究に関すること>
京都府立医科大学 大学院医学研究科 
血液内科学 教授 黒田純也
E-mail: junkuro[@]koto.kpu-m.ac.jp

東京医科歯科大学 統合研究機構
リサーチコアセンター長 稲澤譲治
E-mail:johinaz.cgen[@]mri.tmd.ac.jp  

<報道に関すること>
京都府立医科大学
事務局 企画広報課 担当:堤
E-mail:kouhou[@]koto.kpu-m.ac.jp

東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

プレス通知資料PDF

  • 多発性骨髄腫における新規染色体診断法ISM-FISH(Immunophenotyped-Suspension-Multiplex-FISH)法を産学連携研究で開発