プレスリリース

「胎生期の神経幹細胞が低酸素環境に適応して自己複製する仕組みを解明」【田賀哲也 教授】

公開日:2023.2.20
 

「胎生期の神経幹細胞が低酸素環境に適応して自己複製する仕組みを解明」
― 神経幹細胞が自己維持のための因子を分泌する生存戦略が明らかに ―

ポイント

  • 脳を構成する細胞群は神経幹細胞から分化しますが、脳が形成途上にある胎生期の神経幹細胞は分化すると同時に自らを維持し拡大するための自己複製が必要です。
  • 神経幹細胞の自己複製にはそれを促す環境が重要ですが、毛細血管網が未発達な胎生期半ばの脳における低酸素環境下での自己複製の仕組みは未解明でした。
  • 本研究は低酸素環境下にある神経幹細胞が、従来血管形成を促すことが知られているVEGF-Aを分泌し自らに作用することで自己複製させるという新たな仕組みの存在を明らかにしました。
  • 本研究はマウス胎生期脳における神経幹細胞が低酸素環境に適応して自己複製する生存戦略を明らかにしたもので、今後ヒトにおける神経幹細胞制御に関する研究への展開が期待されます。

図1.本研究の発見:胎生期の神経幹細胞が低酸素環境に適応して自身が分泌するVEGF-Aにより自己複製する
(A) 胎生期の半ばにおける脳の断面図。四角形で囲んだ部分が(B)と(C)で描かれた場所。(B)胎生期の半ばには神経幹細胞は血管から離れた脳室側に存在し、低酸素条件下に置かれています。本研究で、低酸素状態にある神経幹細胞はVEGF-Aを分泌することが見出されました。(C)神経幹細胞から分泌されたVEGFは自身に作用して自己複製に寄与することがわかりました。

 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞制御分野 田賀哲也教授の研究グループは東京医科大学 医学部医学科 組織・神経解剖学分野 柏木太一助教(東京医科歯科大学 非常勤講師併任)との共同研究で、胎生期のマウス脳において血管が未発達な時期の低酸素環境下では、神経幹細胞が血管内皮細胞増殖因子(VEGF-A)を分泌し自らに作用させて自己複製を促進するという生存戦略によって脳の形成に寄与することをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに難治疾患共同研究拠点経費の支援のもと、主に高沢友輝大学院生(東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞制御分野:研究当時)によって行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Inflammation and Regeneration(インフラメーション アンド リジェネレーション)に、2023年2月1日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 脳を構成する主な細胞である神経細胞(ニューロン)とグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)は、胎生期の脳室※1の周囲に存在する神経幹細胞※2から生み出されます。脳が形成途上にある胎生期において神経幹細胞はニューロンやアストロサイトなどに分化すると同時に自らが枯渇しないよう維持・拡大するために自己複製することが必要です。神経幹細胞の自己複製にはそれを促す環境が重要ですが、組織構造とくに毛細血管網が未発達な胎生期半ばの脳における低酸素環境下での自己複製の仕組みは詳細にはわかっていませんでした。

研究成果の概要

 本研究では、胎生期半ばのマウス脳より採取した神経幹細胞を通常の酸素濃度での培養ではなく、胎生期半ばに神経幹細胞が置かれている低酸素環境下で培養した場合の方が、ニューロスフェア※3数が著しく増加するという実験結果を得たことが、今回の発見の端緒となりました。ニューロスフェアの形成は神経幹細胞の存在指標として知られ、神経幹細胞の定量的解析に用いられることから、この実験結果は神経幹細胞が低酸素環境に置かれると自らの維持に寄与する何らかの仕組みが働いていることを示しています。その後の解析で、低酸素環境下で培養した神経幹細胞は意外なことに、これまで血管内皮細胞の増殖を誘導するタンパク質として知られていたVEGF-A※4を産生して培地中に分泌することがわかり、またその分泌量は神経幹細胞の自己複製に十分な量でした。VEGF-Aシグナルの阻害剤添加など様々な実験の結果から、低酸素環境下の神経幹細胞がVEGF-Aを分泌し、それが自分自身に作用して自己複製が促進され、脳の形成が盛んに行われる胎生期において毛細血管網が未熟な段階であっても神経幹細胞が維持・拡大されることに寄与していることを示しています。

研究成果の意義

 神経幹細胞に限らず、生体内の様々な臓器や組織を形成するもとになる組織特異的な幹細胞は、「ニッチ※5」と呼ばれる特別な微小環境中で周囲の細胞からサポートを受けて維持され、その一方で様々な細胞を生み出すことで組織が形成されます。胎生期の神経幹細胞は脳室の近くに存在しており、周りの細胞が分泌するFGF-2と呼ばれる増殖因子などにより維持されることがわかっていました。この脳室の近くでは胎生中期までは毛細血管網が未発達で低酸素状態にありますが、神経幹細胞が低酸素環境に適応するサポートの仕組みは不明でした。今回の研究成果は本来血管形成に寄与するVEGF-Aというタンパク質を分泌することで自分自身が神経幹細胞のサポート体制の一員となり「神経幹細胞ニッチ」の構築に関わる(図2)という点で興味深く、幹細胞の生存戦略の仕組みのひとつとして、他の組織幹細胞にも適応できる学術的意義を持っています。本研究はマウス胎生期脳における神経幹細胞が低酸素環境に適応して自己複製する生存戦略を明らかにしたものですが、マウスの成体脳における神経幹細胞の低酸素への応答や、ヒトの虚血性脳疾患における神経幹細胞の制御に関する研究へと展開が期待されます。

図2:本研究の意義:低酸素状態における神経幹細胞による神経幹細胞ニッチの自己構築
神経幹細胞は胎生期の脳では脳室周囲に存在し、毛細血管網が未発達である胎生期の半ばには低酸素環境下におかれています。本研究によって、低酸素環境下にある神経幹細胞はVEGF-Aを分泌して自らの維持に寄与する微小環境を構築するという適応能力があることがわかりました(低酸素状態における神経幹細胞による神経幹細胞ニッチの自己構築)。神経幹細胞から分泌されるVEGF-Aは血管を構成する血管内皮細胞に働きかけ、毛細血管網の構築にも寄与していると推測されます。

用語解説

※1 脳室
脳の中にある空洞の構造で脳脊髄液が満たされている場所です。

※2 神経幹細胞
脳を構成する主な細胞である神経細胞(ニューロン)とグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)を生み出す能力(多分化能)と、自身が枯渇しないように複製する能力(自己複製能)を併せ持つ細胞です。

※3 ニューロスフェア
神経幹細胞は細胞どうしおよび培養皿の底面に接着する性質を持っていますが、神経幹細胞を1個1個ばらばらにした上で、細胞が底面に接着しないように特殊な処理を施した培養皿の中でごく低い細胞密度で培養を始めると、自己複製能のある神経幹細胞はその場において培養皿底面から少し浮いた状態で数を増やして細胞塊を作ることができます。この球状の細胞塊はニューロスフェアとよばれ、神経幹細胞の他に神経幹細胞から分化した神経細胞(ニューロン)とグリア細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイト)を含んでおり、元になった1個の細胞が神経幹細胞であったこと意味します。

※4 VEGF-A
Vascular Endothelial Growth Factor-A(血管内皮細胞増殖因子-A)の略称で、血管を形成する血管内皮細胞の増殖など誘導し、血管新生を促すタンパク質です。

※5 ニッチ
一般には建築物の壁面の窪みあるいは物事の隙間のような存在を意味します。神経幹細胞に限らず幹細胞は、多分化能と自己複製能を維持するために必要なサポートを提供する細胞や因子で構成される特別な環境に存在しています。この幹細胞維持のための微小環境をニッチあるいは幹細胞ニッチ(神経幹細胞の場合は神経幹細胞ニッチ)と呼びます。
 

論文情報

掲載誌:Inflammation and Regeneration

論文タイトル: Organization of self-advantageous niche by neural stem/progenitor cells during development via autocrine VEGF-A under hypoxia

DOI:https://doi.org/10.1186/s41232-022-00254-2

研究者プロフィール

田賀 哲也(タガ テツヤ) Tetsuya Taga 
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
幹細胞制御分野 教授
・研究領域
神経幹細胞、造血幹細胞、癌幹細胞

柏木 太一(カシワギ タイチ) Taichi Kashiwagi 
東京医科大学 医学部医学科
組織・神経解剖学分野 助教
・研究領域
神経発生学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
幹細胞制御分野 田賀 哲也(タガ テツヤ)
E-mail: taga.scr[@]mri.tmd.ac.jp

東京医科大学
組織・神経解剖学分野 柏木 太一(カシワギ タイチ)
E-mail:kasiwagi[@]tokyo-med.ac.jp

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関連リンク

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