統合失調症の脳における「意味関係の乱れ」を発見【髙橋英彦 教授】
国立大学法人東京医科歯科大学
国立研究開発法人情報通信研究機構
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
国立大学法人大阪大学
国立大学法人京都大学
― AI技術の応用により脳活動から思考障害のメカニズムに迫る ―
ポイント
- AI技術を使った脳活動の解析により、統合失調症患者の脳では、ものの意味関係が乱れていることを捉えることに成功しました。
- 統合失調症では、脳内意味ネットワーク構造が無秩序になっているために、妄想などの思考障害が生じると考えられます。
- 本研究結果は、統合失調症の病態理解や新規診断・治療法の開発につながることが期待されます。
研究の背景
そこで研究グループは、統合失調症患者の脳活動をfMRIで計測し、さまざまなものの意味を表す脳活動パターンを明らかにしました。そして、fMRIデータに基づく関係性から、「脳内意味ネットワーク」を構築しました(図1)。意味ネットワークは従来、心理学や人工知能の分野において人間の知識や自然言語における意味関係を表すために用いられてきたデータ解析の枠組みで、一つ一つの言葉の意味を頂点、それらの関係性を辺として表すグラフ※3構造になっています。ネットワーク上の2つの頂点が少ない中継点を介して簡単につながることができる性質は「スモールワールド性」と呼ばれ、情報が効率的に伝達されやすいことを表しています。私たちが日常的に使う言語もこのスモールワールドの性質を持つことが知られています。本研究ではスモールワールド性に焦点を当て、統合失調症患者と健常者との間の脳内意味ネットワークの構造の違いを通じて、連合弛緩(=「意味関係の乱れ」)を世界で初めて脳活動に基づいて検証しました。
研究成果の概要
その結果、統合失調症患者の脳内意味ネットワークでは、代表的なネットワーク指標であるスモールワールド性は減少しており、健常者よりもネットワーク構造が無秩序になっていることが明らかになりました。スモールワールド性は妄想の心理指標であるPDI※7得点と負の相関があり、脳内意味ネットワークの無秩序化は思考障害と関連することも示されました(図2)。
さらに、患者の脳内意味ネットワークは、「生き物」や「人工物」といった大まかなカテゴリにはっきりと区分される傾向(モジュール性)が高い反面、各カテゴリの内部構造は無秩序化していました。つまり、患者の脳内意味表現は完全に無秩序化しているのではなく、大まかなカテゴリ構造は保持されていることが明らかになりました(図3)。
図1 実験手続き
r:相関係数、p:p値
頂点の色は大まかなカテゴリの区別を示す。健常者の脳内意味ネットワークは、スモールワールド性が高い。統合失調症患者の脳内意味ネットワークは、大まかなカテゴリごとのモジュール性は高いが、その内部は無秩序化している。
研究成果の意義
用語解説
脳の特定の部位で神経細胞の集団が活動すると、それに伴って該当部位の血流や代謝が増加することを利用し、身体を傷つけることなく脳の活動を計測する手法。人間を対象とする脳研究で頻用される脳計測手法の一つである。
※2 意味
意味とは、私たちの周りの世界に関する一般的な知識、概念であり、私たちは言葉を使って意味を表している。例えば、「リンゴ」という言葉からは、リンゴに関する視覚、触覚、味覚、そしゃくなどの知識が想起される。このような想起に伴う、言葉が表す内容や対象固有の脳活動パターンを、本研究では「脳内意味表現」と呼ぶ。
※3 グラフ
「つながり方」に着目して抽象化された「頂点とそれらを結ぶ線(辺)」の概念であり、グラフによってさまざまなものの関連を表すことができる。駅(頂点)と路線(辺)により構成される鉄道やバスの路線図や、ウェブページ(頂点)のリンク(辺)がなす構造もグラフの一種である。
※4 符号化モデリング
符号化モデリングとは、対象となる系の応答(出力)が刺激(入力)に関するどのような情報を符号化しているかを記述するモデル構築である。本研究では、動画の各場面に対応する脳活動パターンを、その場面を記述する単語群から予測した。各単語の脳内意味表現は、自然言語処理アルゴリズム(後述)による単語意味表現と予測モデルの重みから算出された。
※5 自然言語処理アルゴリズム
自然言語処理は人間が日常的に使っている言語をコンピュータで分析する手法であり、本研究では、自然言語処理アルゴリズムの一つであるWord2vec を用いて単語意味表現を計算した。Word2vecは単語間の意味関係を効果的に表現できることが知られている。
※6 ネットワーク解析
ネットワーク解析は、グラフ構造を探る解析方法である。本研究では、脳内意味表現の距離行列をしきい値処理により二値化して脳内意味ネットワークを構築し、その関係構造を評価した。
※7 PDI(Peters et al. Delusions Inventory)
一般集団における妄想傾向を測定するアンケート形式の心理尺度。
各機関の役割分担
-
・東京医科歯科大学: 脳反応データ取得、脳内意味表現・自然言語意味表現のネットワーク解析
・NICT: 取得データにAI技術を適用した脳内意味表現の解析
・産業技術総合研究所: 自然言語解析、脳内意味表現・自然言語意味表現のネットワーク解析
・大阪大学大学院生命機能研究科: 実験デザイン、符号化モデル構築
・京都大学: 脳反応データ取得
論文情報
掲載誌:Schizophrenia Bulletin
論文タイトル: Disorganization of semantic brain networks in schizophrenia revealed by fMRI
DOI:https://doi.org/10.1093/schbul/sbac157
研究者プロフィール
髙橋 英彦 (タカハシ ヒデヒコ) Takahashi Hidehiko
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
精神行動医科学分野 教授
・研究領域
精神医学
行動科学
神経科学
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
精神行動医科学分野 助教
・研究領域
精神医学
神経科学
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東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
精神行動医学分野 高橋 英彦
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