プレスリリース

「集団オルガノイドの一括スクリーニングによる複雑なNASH遺伝構造の解明」【武部貴則 教授】

公開日:2022.10.14
 
「集団オルガノイドの一括スクリーニングによる複雑なNASH遺伝構造の解明」
― オルガノイドを駆使したマイ・メディシン構想の実現へ道 ―

ポイント

  • 24名の人間に由来する多能性幹細胞※1を混合することで、集団レベルのヒト肝臓オルガノイド※2をまとめて創出する独自手法を開発しました。
  • 24名の集団に由来するオルガノイドを一括して解析するEn Masse(一括)スクリーン系を駆使し、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)※3に関する様々な遺伝素因を同定しました。
  • 従来研究では、NASHへの貢献に議論が別れていた糖代謝に関わる遺伝子GCKR※4の遺伝的多型※5が、糖尿病の合併の有無によってNASHに抑制的にも、促進的にも働くという複雑構造を解明しました。
  • オルガノイドや臨床検体の詳細解析の結果、GCKRの遺伝素因を持った糖尿病合併NASHにはミトコンドリアの保護戦略が有効と推測されました。

     ※研究概略を紹介するビデオ:こちらのリンクからご覧ください。

     東京医科歯科大学統合研究機構の武部貴則教授の研究グループは、シンシナティ小児病院の同グループ 木村昌樹リサーチアソシエイトらとの共同研究で、個々の人間の状態を模倣した集団オルガノイドパネルを構築し、NASHにおける個体差を規定する複雑な遺伝的多型の役割を解明しました。当研究グループが掲げているビジョンであるMy Medicine(マイ・メディシン:個人毎の素因に最適化された系統的医療を提供すること)の実現に向けて、大きな一歩となることが期待されます。なお、本研究はAMED革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(研究代表者:武部貴則、JP22gm1210012)、AMED肝炎等克服実用化事業・再生医療実現拠点ネットワークプログラム(JP20fk0210037, JP20bm0704025, JP21fk0210060, JP21bm0404045, JP22fk0210091, JP22fk0210106)、JST ムーンショットプログラム(JPMJMS2033, JPMJMS2022)、JSPS科研費(JP18H02800)等の支援により行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Cell(セル)に、2022年10月13日オンライン版で発表されました。

図1.研究方法の概要 24名の集団由来肝臓オルガノイドパネルを作成し、脂肪肝の表現型に関連する遺伝的多型を一括抽出

研究の背景

 近年、日本においても、多量の飲酒歴が無いにも関わらず肝臓に脂肪が蓄積してしまう非アルコール性の脂肪性肝疾患(NAFLD)が急増しています。NAFLDの中でも、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)と呼ばれる状態に至ると、肝臓の炎症や線維化を伴うことが知られ、しばしば肝硬変や肝がんを引き起こすことから、早期の段階での治療介入が必須と考えられています。日本を含めて世界的に有病率のさらなる増加が見込まれていますが、NASHの発症メカニズムには不明な点が多く、有効性の高い治療法が存在しないことが大きな問題となっています。一方で、NASHの進行度合いには大きな個人差があることが知られており、どのような患者で病態が進行しやすいのかを解明することが急務です。
 一方で、ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study;GWAS)※6の進展により、莫大な患者のデータを集めることで、NASHに関しても様々な遺伝型多型が報告されてきました。しかし、NASH等の後天要因の影響が大きい疾患においては、患者ごとに生活環境の貢献度合いは必ずしも一定では無いため、遺伝形質の解釈に議論が分かれており、十分なメカニズムの理解には至らないというジレンマがありました。
 そこで、本研究では、多因子疾患の病態と強く相関する遺伝構造を抽出する上で、人間そのものではなく、それぞれの人間より作成したヒト肝臓オルガノイドを用いることが有益と考え研究戦略を立案しました。すなわち、シャーレ上で擬似的にNASH状態を模倣することで、全く一定の外部環境下で複数名に由来するオルガノイドを比較検討する手法を確立しで、固有の環境要因を排除した上でオルガノイド間の疾患形質における個体差を抽出し、NASHに関する遺伝構造の解明を試みました。

研究成果の概要

 まず、ゲノム情報を取得した24名の人間に由来する iPS細胞を作成し、同研究グループらが2019年に報告した手法を起点に、ヒト肝臓オルガノイドの作成手法の改良を行いました。得られた手法を用いることで、同一のシャーレ上において、24名の個人に由来するヒト肝臓オルガノイドが同時に出現する培養技術を確立しました。次に、脂肪酸やインスリン含有量を調節することで、擬似的に非アルコール性脂肪性肝炎を発症する培養条件を開発し、集団由来のNASHオルガノイドパネル(Population organoid Panel)を構築しました。またこのNASHオルガノイドにおいては、インスリンに対する感受性が減弱していることを見出しました。
 得られた集団由来NASHオルガノイドパネルを用いて、脂肪肝に関する表現型と、元々の個人における遺伝子型の相関解析を実施した結果、従来のGWAS研究によって明らかとなっていた遺伝的多型を見出すことができました。ヒトを対象とした従来のゲノム研究では莫大な患者のデータが必要でしたが、本研究では24名という僅かな集団でゲノム素因を解析することができました。

図2.GCKR-rs1260326のNASH患者における評価と効果の解釈
A 臨床データの再解析.糖尿病の合併有無によってNASHへのrs1260326多型によるNASH増悪効果が反転.
B 遺伝学的効果と代謝学的効果が協調的にNASHを助長.

 さらに、見いだされた遺伝的多型の中でも、従来の臨床サンプルを扱うゲノム研究において議論が分かれていたグルコキナーゼ調節タンパク質をコードするGCKR遺伝子の多型rs1260326 に着目して研究を進めました。具体的には、ゲノム編集されたオルガノイドや臨床検体を用いて遺伝的多型のインパクトを、網羅的遺伝子発現解析、代謝フラックス解析、薬理学的解析などにより評価を行いました。その結果、インスリンに対する感受性が低下した状態では、GCKR-rs1260326がミトコンドリア機能障害を助長し、酸化ストレスが増加するためにNASH状態が増悪するというメカニズムを明らかとしました。実際、過去の大規模な臨床治験における患者データを見直した結果、糖尿病合併NASHにおいてはrs1260326がリスクとして働くことを見出しました(図2A)。さらに、興味深いことに、糖尿病が合併していないNASHにおいては、rs1260326が保護的に働く、すなわち、改善に働くことを発見しました。このように、GCKR-rs1260326の効果(Genetic effect)は、患者の代謝異常(Metabolic effect)と協調的にNASHのリスクを規定しているという複雑な遺伝的特性を持つことが明らかとなりました。

研究成果の意義

 個々の人間の状態を模倣した集団オルガノイドパネルを構築し、その医学的意義を立証できたことによって、当研究グループが実現を目指しているビジョンであるMy Medicine(マイ・メディシン)の実現に向けて、大きな一歩となることが期待されます。具体的には、以下のような応用が期待されます。
・個体差を反映した疾患メカニズムの解析:NAFLD/NASH/肝臓がんの発症・憎悪メカニズムには、未だ未解明な点が多いと考えられています。本研究にて樹立された集団を反映したオルガノイドパネルを用いたen masse評価ツールを駆使すれば、動物では解析が難しかった個人差を反映した疾患メカニズム追求に有用な研究ツールとなるものと期待されます。
・未病段階での疾患ハイリスク群の同定:本研究により、GCKRなどの遺伝的多型マーカーを、代謝異常の有無によって層別化することの科学的意義が示されました。これにより、rs1260326マーカーにもとづいてNASHのため予防介入対象群を早期発見することに貢献できると考えられます。自覚症状の少ないNAFLDが悪化する前段階から事前に予備軍を同定・予防医療の重点対象とすること(未病・予防)や、発症早期の段階から薬物治療等の介入対象とする(治療)などが期待されます。
・NASH治療標的の探索:一般に新薬の開発には2500億円程度の開発コストを要するが、90%の薬剤はその有効性が限られていることや、ヒトに用いた際の重篤な副作用発生を理由に開発中止となります。大きな要因として、個人差による有効性のバラツキ、動物モデルとヒトとの間の感受性の相違が指摘されていました。本研究の個人差の解析を通じて見いだされたミトコンドリアの機能異常に着目することで、糖尿病合併NASHにおいてミトコンドリアを標的とした治療薬が有効であることが推測されます。

用語解説

※1 多能性幹細胞
体内のあらゆる組織に分化できる能力(多能性)と無限の増殖能を持つ幹細胞の総称。胚盤胞より樹立される胚性幹(ES)細胞や、体細胞に特定因子を導入することにより樹立される、ES細胞に類似した人工多能性幹(iPS)細胞などが知られている。
※2 オルガノイド
生体内で存在する器官に類似した組織構造体のこと。近年盛んに研究が進んでいる領域であり、武部らは2019年に脂肪性肝炎を模倣するミニ肝臓の創出に成功し、Cell Metabolism誌(30(2):374-384, 2019)、に報告している。
※3 非アルコール性脂肪性肝炎
さまざまな原因で、肝臓の細胞に中性脂肪が沈着して肝障害をきたす疾患の総称であり、特に、肥満者において肝臓内に過剰な中性脂肪の蓄積(脂肪肝)、炎症や線維化が認められる病態を有する非アルコール性脂肪肝炎(NASH:nonalcoholic steatohepatitis)が注目されている。NASHは今後も増加が見込まれる重要な疾患ですが、その発症予測・診断・治療方法は未だ十分には確立していない。
※4 GCKR遺伝子
グルコキナーゼ調節タンパク質(GKRP)をコードする遺伝子であり、その遺伝的多型※5rs1260326はNASHに関連するリスクとして、専門家の間で国際的に議論が別れていた。GKRPは、糖取り込み酵素であるグルコキナーゼを抑制する働きを持っていることが知られている。
※5 遺伝的多型
ゲノムのDNA配列が個人間で異なる箇所のうち、集団内で高い頻度(1%など)で存在するもの。
※6 GWAS (ゲノムワイド関連解析研究)
疾患発症や身体測定値などの個々人間の違いに影響する遺伝的多型※5を網羅的に探索する手法。ヒトを対象としたGWASでは、数千万カ所の遺伝的多型それぞれで、疾患との関連の強さや予想される影響の大きさ(疾患発症GWASであれば発症リスク)といった統計量が得られる。Genome-Wide Association Studyの略称。

論文情報

掲載誌:Cell (オンライン版:2022年10月13日)

論文タイトル: En Masse Organoid Phenotyping Informs Metabolic-associated Genetic Susceptibility to NASH

DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2022.09.031

  • 著者:
    Masaki Kimura, Takuma Iguchi, Kentaro Iwasawa, Andrew Dunn, Wendy L. Thompson, Yosuke Yoneyama, Praneet Chaturvedi, Aaron M. Zorn, Michelle Wintzinger, Mattia Quattrocelli, Miki Watanabe-Chailland, Gaohui Zhu, Masanobu Fujimoto, Meenasri Kumbaji, Asuka Kodaka, Yevgeniy Gindin, Chuhan Chung, Rob M. Myers, G. Mani Subramanian, Vivian Hwa, and Takanori Takebe* 
    *Corresponding author

研究者プロフィール

武部貴則(タケベ タカノリ) Takebe Takanori
東京医科歯科大学 統合研究機構
先端医歯工学創成研究部門 創生医学コンソーシアム 教授
・研究領域
幹細胞生物学、再生医学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 統合研究機構
教授 武部貴則
E-mail:ttakebe.ior[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「集団オルガノイドの一括スクリーニングによる複雑なNASH遺伝構造の解明」