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第10回 咬合湾曲考 その2

前回概説されたSpee湾曲はどのように出来たのか?

今回は,国立科学博物館ホームページの標本・資料データベースで閲覧できる,縄文時代,古墳時代,中世期,江戸時代の頭蓋骨標本をもとに,Spee湾曲の出現についての仮説を述べます.


咬合湾曲考 その2 生成についての仮説

 前回はSpeeの湾曲の概説と考察を行った。そこでSpeeが述べた湾曲は上下の臼歯列の咬合面を連ねた曲線のことであった。それは涙骨付近に中心をもつ円弧になり、後ろに伸ばすと下顎頭の前縁を通るというものであった。
 この後段の部分は後に問題にされたが、前段の部分は咬合湾曲の一つの捉え方として今日でも認められている。
 ここではSpeeの湾曲は措くとして、実際の頭蓋骨に見られた咬合湾曲の様相、そして湾曲がどうして出来たかについて仮説を立てて考察してみることにした。

図1.咬合湾曲が殆んど見られない(直線状)縄文時代と弥生時代の人骨例

1.弥生時代の頭蓋骨に見る咬合湾曲
 昨年末、東京科学博物館で下関市土井ガ浜遺跡からの出土人骨に関する企画展が催された。日本人のルーツを知るうえで重要な情報がもたらされたというので非常に興味をもって出かけた。そこには数点の縄文時代と多くの弥生時代の頭蓋骨が展示されていた。頭骨の破片を継ぎ合わせて復元したものもあったが、20点近くはほぼ完全な頭蓋骨で、中にはごく最近のものと見まがうばかりのきれいなものもあった。そして、歯の状態については、歯の病気や習慣、呪術的な理由で抜歯されたとみられる欠損もあったが、上下顎きれいに揃った歯列をしているものが少なくなかった。その中でとくに目を引いたのはその咬合面の並びであった。湾曲がなく、全く直線状のものがいくつも見られ、これまで見てきた生体や頭蓋骨では殆ど見たことがないほどのきれいな直線を成していた(図1)。
 弥生時代は約1700年から2300年前の時代である。そのころはそうした直線状の咬合面をしたヒトが多かったのだろうか。ヒトがチンパンジーから分かれて進化したのは600~700万年前といわれる。チンパンジーは古い時代の頭蓋骨を見ても現生の動物でも歯列の咬合面には咬合湾曲が見られず、直線状である。となると、その時代のヒトも直線状の咬合面の並びをしていたに違いない。
 ヒトは進化の過程で頭蓋の前頭部分が発達して大きくなり、その下にある咀嚼器官は退縮した。前突していた顎骨は退行し、下顎では歯槽骨が後退して頤が出きてきた。また下顎の上行枝が短縮して下顎角の角度が大きくなった、などの変化が起きたことはよく知られている。そうした顎骨の変化があったなかで、歯列には大した変化が起きず、弥生時代になってもその形を保っていたのか、そして弥生時代以降になって湾曲する変化が起きたのか、ということである。でも、ヒトが猿から分かれた後の期間と比べると弥生時代以降の期間はあまりにも短く、そんな短い期間に直線状の咬合面が湾曲に変化したなんて全く考えられない。
 前項で述べたSpeeは、論文の後半で咬合湾曲について他の動物との比較を行っている。チンパンジーなどのサル類以外では咬合面は下方に凸湾していて、その曲率半径は動物が大きいほど、また頭蓋骨の前突が大きいほど長いという。そして、この歯列の湾曲は顔面頭蓋が縮小するという空間的な条件変化の中で咬合接触面をできるだけ大きく保とうとした結果であると述べている。これは大変興味深い見方である。
 また、以前から気になっていたことだが、人類の発達過程を著した模型図を見ると、猿人、原人、旧人、新人までは上下歯列の咬合を表す線は直線に、現代人では凹湾に描かれている。これはおそらく根拠があってのことだろうが、それについての説明はこれまで聞いたことがない。ただ、それを見る限り、現代に比較的近い時代から咬合面の湾曲が生じたと受け取れるが、本当なのかである。
 なお、これについてSpeeも触れていて、図には大抵直線状に描かれているという。レオナルド・ダ・ビンチの解剖図手稿でも確かに直線に描かれている。しかし、この湾曲は緩やかであるためあえて描かなかったとも考えられる。
 いずれにせよ、この咬合線が直線から湾曲に変わって行ったことについては全く謎である。

2.咬合湾曲はどうしてできたか 
 そこで視点を変えて、どうして直線状だった咬合面の並びが湾曲するようになったかを考えてみたい。これは図らずも、さきにSpeeが顔面頭蓋の縮小における咬合接触面の変化であると捉えていたが、その通りなのかもしれない。
 前突していた上下顎が徐々に退縮する、下顎の上行枝が短縮し下顎角が鈍角になることはヒトの進化過程における退行現象としてよく知られている。こうした現象は他の部分にも程度の差はあれ起きた筈である。上下顎骨の間にある歯列の咬合面の並びにも何らかの影響が生じるだろう。つまり、そうした顎骨の退行変化によって直線状であった咬合面が湾曲するようになった、ということである。
 これはひとつの仮説であるが、それを証明するとなると容易ではない。新人あたりから現代人までの頭蓋骨を多数計測するなど大規模なプロジェクトでも組まないと証明できないだろう。さらに、古い時代の頭蓋骨で計測可能なものはかなり少なく、その点でも難しいだろう。
 ただ、退行変化は人類の進化過程で一斉同時的に起きるわけでなく、ヒト毎にさまざまの速さで生じてきた筈である。現代人においても下顎角が鋭角な人、鈍角の人がいる。それを退行変化の程度の違いと見れば、そうした資料を調べることで咬合湾曲が顎骨の退行変化の影響によるものかどうかを推測できるかもしれない。つまり、下顎角が鋭角であったり、前歯部が突出していたりする人では退行変化が少なく、そうでない人では退行変化が進んでいると捉えるのである。そして両者間で歯列の形に違いがあれば退化の影響がうかがえるかもしれない。そんなことを考えて次の作業を試みた。

図2.計測部位

3.頭蓋骨標本の写真上での計測
 東京科学博物館の資料室には縄文時代からの6000点ものヒトの頭蓋骨が保管されているという。しかし、破損していて標本として扱えるものは少なく、特に古い時代のものはきわめて僅かとのことである。その中で200点以上がほぼ規格化された写真でインターネット上に公開されている。そこで、上下顎が大体揃った頭蓋骨の左右の側貌写真を選んで上に述べたことを試みた。
 資料は成人男女の頭蓋骨22例、内訳は縄文時代1例、古墳時代7例、中世期3例、江戸時代11例。各々左右側について以下の計測を行った(図2)。
 計測は、眼窩下縁と耳孔上縁を結ぶFH線を基準として、
a 上顎骨の中切歯唇側歯槽縁までの垂直的な長さ、つまり上顎骨の前部の高さ
b 第二大臼歯の遠心歯槽縁までの垂直的な長さ、つまり上顎骨の後部の高さ
c 下顎角から上行枝の垂直的な長さ
d  上顎あるいは下顎の犬歯の遠心隅角あるいは第一小臼歯咬頭頂から第二大臼歯遠心頬側咬頭を結ぶ線(咬合平面)に対する湾曲の最深部の長さ
 また、同じくFH線に対する角度を計測した。
A ナジオンと上顎中切歯唇側歯槽縁を結ぶ線のなす角度、つまり上顎骨の突出度
B  下顎骨底部の傾斜度
C 咬合平面の傾斜度
D  下顎角の角度
 さらに、b / a で上顎骨後部の前部に対する高さの割合を表した。
 結果は、
1)Aに対して上顎骨がどう関係するかを見るため、Aとb/aとの関係を調べたところ、大体Aが大きいほうがb/aは1に近づく傾向が伺えた(r=0.29)。つまり、前突が大きい方が上顎骨の前後の高さの差が少ない。
2)AとCの関係を調べた。結果は、大体Aが大きい方がCは小さい傾向が伺えた(r=-0.27)。前突が大きい方が咬合平面は水平に近い。
3)b/aとCの関係を調べた。結果は、b/aが大きいとCは小さい傾向があった(r=-0.41)。上顎骨の前後の高さの差が少ない方が咬合平面の傾きが少なかった。
4)AとDの関係を調べた。結果は、僅かであるがAが大きい方がDは小さい傾向が伺われた(r=-0.25)。上顎骨の前突が大きい方が大体下顎角の角度が小さい。
5)b/aとBの関係を調べた。結果は、b/a が大きい方がBは小さい傾向が伺われた(r=-0.37)。上顎骨の前後の高さの差が少ない方が下顎骨底部の傾きが小さい。
6)CとDの関係を調べた。結果は、Dが大きい方がCは大きくなった(r=0.35)。下顎角の角度が大きいほど咬合平面の傾きが大きい傾向がある。
7)dとCの関係を調べた。dは1未満、1以上としてCの平均値と分布をみた。結果は、深さ1未満は10.3+4.1、1以上は9.6+2.5で、湾曲の深さと咬合平面の傾斜には関係は見られなかった。

4.咬合湾曲の生成についての仮説
 先に述べたように、咬合湾曲は上下顎骨の退行変化の結果として生じたと仮定して、頭蓋骨の計測を行ったが、ほぼ予想通りの結果だった。
 この問題を追究するには、上下の顎骨を同等に見ることが重要である。さきのSpeeの湾曲の説明でもそうだったが、多くの研究者たちの業績を見ると下顎の歯列が主体で、上顎の歯列はそれに追従して湾曲を形成するかのように扱われてきた。しかし、咀嚼系頭蓋骨の退行変化を問題にする場合には、上顎骨の変化にも注視しなければならないだろう。
 上顎骨の変化には前突が減少することが知られている。そこで、前項のように歯列との関連から、上顎骨の中切歯部と第二大臼歯部の高さを計測して比を求め、前突の度合いとの関係を調べた。その結果は、相関性は弱いが前突が少ない方が上顎骨後部の高さが小さい傾向が伺えた。つまり、上顎骨の後部が総体的により多く変化したということになる。
 次に、上顎骨の前突およびその後部の変化と咬合平面の傾斜度との関係を調べたが、どちらにもある程度の相関があり、後者とはより相関性が高かった。つまり、咬合平面の傾斜度は上顎骨の退行変化に相応して変化したと見られた。
 また、上下の顎骨の関係については、上顎骨の前突およびその後部の変化と下顎角および下顎骨底部の傾斜度との関係を調べ、どちらにも弱いながら相関性が見られた。これは上下の顎骨の退行変化がほぼ相応して起きていると考えられる。
 これらの結果から咬合平面の傾斜は、顎骨の退行変化が小さいと緩く、退行変化が大きいと急になる傾向がうかがえる。しかし、これだけでは咬合湾曲には繋がらない。そこで、咬合湾曲との関係を探った。
 咬合湾曲の度合いは咬合平面からの最深部の長さで表したが、その量が小さいため1ミリ未満、1ミリ以上に分け、それに対して咬合平面の傾斜との関係を調べた。これまでのところ、顎骨の退行変化で咬合平面の傾斜が増すことが伺われたが、それは上顎骨後部の短縮によって後部の大臼歯が上方へ移動し、その結果として歯列が湾曲した可能性があると考えたからである。結果は、1ミリ未満では8.5±3.6°、1ミリ以上では11.1±3.3°で、湾曲が浅い方が平面の傾斜が緩いものが多い傾向があった。しかし、この結果から、予想したように最後方の臼歯が上方に引き上げられたとしても第二小臼歯や第一大臼歯などの中間部分の変化の度合いによって湾曲は深くもなるし浅くもなる。つまり、第二大臼歯の上方移動に応じて中間部分も移動すれば、湾曲は浅く直線状になるだろうし、中間部分がさほど移動しなければその部分が下方に突出する形になり、結果として湾曲が強いものになるだろう。したがって、この結果だけでは決定的なことは言えない。この資料群では咬合平面の傾斜が緩いものに湾曲が比較的浅いものが多かったということだけである。
 以上の調査結果から推測すると、ヒトの進化に伴う退行変化は上顎については前突の減少とともに上顎骨の後部が上方に退縮し、それに伴って歯列の後方が上昇し、咬合平面としては傾斜が大きくなる。下顎については下顎骨底部後方が上昇し、下顎角が増大する。このとき、下顎骨の体部の高さが殆ど変わらなければ、歯列の前部へ下降するだろう。歯列の並びつまり咬合平面は上顎骨、下顎骨両者に生じた退行変化によって前方へ傾斜することになる。その際、上顎についていえば、歯列が全体として傾くか、後部だけが上昇するかによって湾曲するか直線状になるかだろう。
 咬合湾曲は上下の歯が噛み合うことで作られるものなので、その湾曲の生成を問題にするにあたって、ここでは上顎骨の後部の退行変化がかなり関係することを認めたが、下顎骨についても単独に検討すべきだろう。しかし、下顎骨の退行変化は全体的に起きるため適当な基準を求めることができない。取りあえず、切歯点と下顎頭を結ぶ線を基準として、それと下顎咬合平面との角度を測定し、下顎角との関係をみたが相関性は見られなかった。この基準線は切歯点自体が下顎骨の退行変化で変わるので適当ではない。

 今回の調査では縄文時代、古墳時代の資料があったが数が少なく、時代的な違いは検討できなかった。先にも言ったが、まだ退行変化が少ない古い時代のヒトと現代人の資料で厳密に比較検討すれば咬合湾曲の成り立ちはもっとはっきりできると思う。ここで行ったのは単なる一つの試みである。