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脊髄小脳失調症モデルマウスの遺伝子治療に成功 ~神経変性疾患の治療開発につながることを期待~ (2014)

今回の研究の対象であるSCA1 は、原因遺伝子の一部(ataxin-1 遺伝子エキソン)のCAG リピート配列の異常伸長によって生じることが明らかになっている。グルタミンをコードする3 の塩基配列が異常に伸長することから、ほかの複数の遺伝性脊髄小脳失調症(SCA2、SCA2、SCA6、SCA7、SCA17)、ハンチントン病、球脊髄性筋萎縮症などとともに、ポリグルタミン病と呼ばれ、共通の病態を持つと考えられている。これらの疾患では、疾患タンパク質が正しく折り畳まれない(ミスフォールディング)ために立体的な構造異常が生じ、通常では関連のない分子と結合することによって機能を阻害する、あるいは、結合した分子を凝集体に取り込んで細胞内で機能すべき場所から隔離してしまうなどのメカニズムを通じて、多くの細胞機能異常を生じさせることが知られている。我々の先行研究から、変異型ataxin-1 がHMGB1 と結合し、核DNA の損傷修復機能を果たすHMGB1 が不足するため、細胞機能異常が生じる可能性が示されていた(Qi et al,Nature Cell Biology 2007)。

研究グループは2007 年に網羅的タンパク質質量解析を用いて、SCA1 およびハンチントン病の神経細胞モデルで共通して減少するタンパク質としてHMGB1 を発見し、その補充によってSCA1 ショウジョウバエモデルの神経変性が改善することを報告した(Qi et al,Nature Cell Biology 2007)。
この研究成果を臨床応用に近づけていくために、次のステップとして哺乳類であるモデルマウスでの検討を行った。今回の研究では、米国• ベイラー医科大学のゾービ教授らが開発したSCA1 モデルマウス(ヒト患者のataxin-1 遺伝子エキソン7 のCAG 部分を挿入したノックインマウス)を用いて、HMGB1 の補充による治療効果を検討した。まず、このSCA1 モデルマウスとHMGB1を過剰に発現させたマウスとを交配させ、変異ataxin-1 と外来性HMGB1の両方を発現するダブルトランスジェニックマウスを作製し、その運動能力と寿命を測定した。その結果、ロータロッドテストにおいて、SCA1 モデルマウスでは5週齢で運動機能の低下が見られるのに対し、ダブルトランスジェニックマウスでは7週齢から改善が見られ、少なくとも21 週齢まで改善効果が持続した。また、SCA1 モデルマウスでは、小脳プルキンエ細胞において核のDNA 損傷が増加しているのに対し、ダブルトランスジェニックマウスではこれが改善していた。また、平均寿命は217 日から282 日に(+ 68 %)、最長寿命は274 日から360日に延びた。

次に、SCA1 モデルマウスにアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いて外来性HMGB1 を発現させる遺伝子治療実験も行い、同様に運動能力と寿命を測定した。ダブルトランスジェニックマウスと同様に、AAV ベクターによる遺伝治療実験においても、運動機能の低下が見られた5 週齢のSCA1 モデルマウスの小脳表面へのインジェクションを行ったところ、9 週齢および13 週齢においても運動機能の改善が認められた。平均寿命に対してはダブルトランスジェニック以上の効果があり、平均寿命が217 日から365.5 日に(+ 68 %)、最長寿命は274 日から448 日に延長した。

さらに、今回の研究では、HMGB1 が核DNA のみならず、ミトコンドリアDNA の損傷修復に関与することを新たに明らかにした。HMGB1 は核内部に豊富に存在するタンパク質で、ヒストンからのDNA の解きほぐしやDNA のフォールディングなどを行うDNA 構造調節タンパク質として知られている。加えて近年では、細胞質においてオートファジーによるミトコンドリアの自己消化(マイトファジー)に関わることも明らかとなった。今回の研究では、精製したミトコンドリアのタンパク質解析や電子顕微鏡を用いた免疫染色の結果から、HMGB1がミトコンドリアに存在することを示し、さらにその分布がミトコンドリア膜の内部であることを確認した。ミトコンドリアにおける、HMGB1 の機能は、PCR によるDNA 損傷評価法、CAP アッセイ法、Chip 法、ニックエンドラベリング法などの解析から、ミトコンドリアDNA 損傷修復であることも示された。また、SCA1 モデルマウスの病態においてはミトコンドリアのDNA 損傷が増加していることが示されているが、HMGB1 の補充によりミトコンドリアのDNA 損傷が減少した。SCA1 モデルマウスおよびダブルトランスジェニックマウスの小脳組織から抽出したDNA の次世代シーケンサーによる解読結果からも、HMGB1 はSCA1 モデルマウスで生じるミトコンドリアDNA の変異増加を正常化していることが明らかとなった。さらに、SCA1 モデルマウスで増加したミトコンドリアDNA 切断がダブルトランスジェニックマウスでは改善していた。以上から、HMGB1 は核DNA に対する損傷修復機能のみならず、ミトコンドリアDNA の品質管理機能も介して、神経変性を抑止する作用があることが示唆された。

今回の研究では、HMGB1 を分子標的として病態修飾による治療の可能性を明らかにしただけでなく、SCA1 モデルマウスとして標準的と考えられている変異ataxin-1 ノックインマウスにおいて世界最高水準の治療効果を示したものである。また、基礎研究の成果としても、HMGB1 がミトコンドリアDNA の損傷修復に関与することを世界で初めて明らかにしている。
今回の研究成果で、ダブルトランスジェニックマウス、またアデノ随伴ウイルスを用いた遺伝子HMGB1 の補充により、双方の結果ともマウス個体で神経変性を改善することが示され、哺乳類でのHMGB1 補充の有効性が確認された。また、詳細な組織学的検討から、脳炎症などの副作用も見られなかった。今後は、ウイルスベクターの改善、霊長類モデルでの検証などを経て、あるいは、直接的に臨床試験へステップアップすることが期待される。
本研究成果から、脊髄小脳失調症にアプローチする新しい治療戦略の方向性が示された。

神経病理学分野