「COVID-19診療に従事する医療関係者の直面しているストレスに関連する危険因子を同定」【髙橋英彦 教授】

「COVID-19診療に従事する医療関係者の直面しているストレスに関連する危険因子を同定」【髙橋英彦 教授】

「COVID-19診療に従事する医療関係者の直面しているストレスに関連する危険因子を同定」

― 平常時とは反対に「同居者の存在」が葛藤に ―

ポイント

  • ●COVID-19 診療に従事する医療関係者の精神的・社会的負荷を、今回の研究に先行して開発したパンデミック関連ストレスの評価尺度Tokyo Metropolitan Distress Scale for Pandemic (TMDP)により評価し、その危険因子を同定しました。
     
●うつ状態や不安など精神的不調やTMDPで測定したパンデミック関連ストレスに共通する危険因子として、「年齢が高い」や「女性」が示されました。

●TMDP を用いることにより、医療関係者のパンデミック関連ストレスの危険因子として「家族等との同居」が検出されました。

  • ●精神的不調だけでなく、個人の生活状況・社会的ストレスにも配慮することにより、医療関係者のモチベーションを維持し、COVID-19 診療の安定した医療体制が可能になることが期待されます。
 
 
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野の高橋英彦教授、松本有紀子助教、藤野純也助教、国際健康推進医学分野の藤原武男教授、保健管理センターの平井伸英准教授の研究グループは、今回の研究に先行して開発した評価尺度Tokyo Metropolitan Distress Scale for Pandemic(TMDP)を用いて、COVID-19 診療に従事する医療関係者のストレスに関連する危険因子を同定しました。この研究の研究成果は、国際科学誌Journal of Psychiatric Research に、2021 年3 月6 日オンライン版で発表されました。
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研究の背景

世界的規模に拡大したCOVID-19 パンデミックでは、医療関係者の精神的負荷が増大し、うつ状態や不安を来すことが指摘されてきました。しかし、医療関係者はCOVID-19 の治療に従事することによって、偏見を受けたり家庭生活にも制限がかかり、パンデミック特有の多くの社会的ストレスにさらされています。精神的負荷ら、医療関係者が休職するだけでなく、こうしたパンデミック特有の社会的ストレスは、医療関係者のモチベーションを低下させ、欠勤や離職の原因となりえます。そこで、本研究に先行して東京医科歯科大学医学部附属病院では精神科が中心となり、パンデミックにおける医療関係者のストレス評価尺度として、Tokyo Metropolitan Distress Scale for Pandemic (TMDP) を開発しました (Shiwaku ら, 2020)。TMDP はパンデミックに特化した9 つの質問項目で構成されており、①自身や周囲の人への感染に対する懸念と②COVID-19 治療に関わることによる人間関係の悪化・経済的問題といった社会的ストレスの2つも検討できます。本研究では、TMDP と、うつ状態・不安の評価尺度であるPHQ-9※1、GAD-7※2を用いて、パンデミックにおける医療関係者のうつ状態・不安や社会的ストレスに関連する危険因子を検討しました。
 

研究成果の概要

東京医科歯科大学医学部附属病院に勤務する全職員を対象とした面接のうち、2020 年4 月20 日から6 月12 日にアセスメントを受けた588 名の医療関係者について、PHQ-9、GAD-7 で評価したうつ状態・不安と新しい評価尺度TMDP のスコアで社会的ストレスも含めてパンデミック下の精神的・社会的負荷を解析しました。その結果、「年齢が高い」と「女性」が、すべての尺度(PHQ-9、GAD-7、TMDP)に共通の危険因子として検出されました。さらに、PHQ-9 では「医師以外の医療関係者」と「休みが少ない」ことが、GAD-7 では「実際にCOVID-19 患者や検体と接触する業務がある」ことが危険因子として同定されました。パンデミックに特化していない既存のGAD-7、PHQ-9 では検出されず、TMDP スコアの解析において明らかになった危険因子は、「家族等の同居者がいる」ということでした。「家族等との同居者がいる」という因子は、TMDP の下位尺度の①感染への懸念と②社会的ストレスの双方ともに危険因子でした、また、②社会的ストレスでは「休みが少ない」という危険因子も同定されました。通常は、「家族等の同居者がいる」ことは、ウェルビーイング(well-being)※3に対して促進的・保護的な因子として働くことが広く知られています。反対に、単身者では、精神的不調も含めて低いウェルビーイングの危険因子となるのが一般的です。このような通常時とは反対の現象がTMDP によって確認され、パンデミックという非常時の医療関係者の特殊な実態を把握することができたといえます。
 

研究成果の意義

今回の研究で「年齢が高い」や「女性」は不安・うつ状態の他、パンデミック特有のストレスでも共通の危険因子ということが明らかになりました。また、「医師以外の医療関係者・事務職員」もうつの危険因子としてわかりましたので、このような属性の職員には十分な注意が必要です。また、研究グループが開発したTMDP を使って明らかになったのは、「同居者がいること」が通常時とは違って、医療関係者のストレスの因子になっていることです。おそらく、同居者がいると
①その同居者に自身が感染させるのではないかと心配している;
②自身の仕事のために同居者も社会活動・余暇活動などが制限される;
③経済的な制限により家計に影響する;
等を社会的ストレスして感じているのではないかと考えられました。パンデミックという特殊な状況下では、医療関係者としての一般的な精神的ストレスから不安やうつ状態に発展することに対する早期介入だけでは十分でなく、社会的ストレスも同定し、モチベーションやウェルビーイングの低下を招かないように、十分な休暇の確保の他、個人の生活状況に配慮した対策を講じることがことのほか重要です。このことにより、COVID-19 診療の安定した医療体制の維持につながると考えられます。
 

用語解説

※1 PHQ-9
Patient Health Questionnaire-9 の略。うつ状態の重症度をスクリーニングできる。
※2 GAD-7
Generalized Anxiety Disorder-7 の略。不安症状の重症度のスクリーニングに使用される。
※3 ウェルビーイング(well-being)
身体的・精神的・社会的に良好な状態で、幸福感とも訳される。
 

論文情報

掲載誌Journal of Psychiatric Research
論文タイトル: Factors affecting mental illness and social stress in hospital workers treating COVID-19:paradoxical distress during pandemic era
 
 

研究者プロフィール

髙橋 英彦 (タカハシ ヒデヒコ) Hidehiko TAKAHASHI
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
精神行動医学分野分野 教授
・研究領域
精神医学
行動科学
神経科学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
精神行動医学分野 氏名 高橋 英彦
TEL:03-5803-5238 FAX:03-5803-0135
E-mail:hidepsyc@tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
TEL:03-5803-5011 FAX:03-5803-0272
E-mail:kouhou.adm@tmd.ac.jp

プレス資料(PDF)

  • 「COVID-19診療に従事する医療関係者の直面しているストレスに関連する危険因子を同定」