第17回 靭帯位とその周辺の話

第17回 靭帯位とその周辺の話

筋肉位を提唱したことで知られるコペンハーゲン歯科大学補綴学教授のBrillが、日本補綴歯科学会での講演で紹介した「靭帯位」。今や使われることがほとんどないこの「靭帯位」について、現在も用いられる様々な用語との関係性や、実際のBrillが語った話の内容から、その意義について紐解いていきます。

第17回 靭帯位とその周辺の話

 Ligamentous position靭帯位、これはあまりなじみがない用語と思われるが、顎関節の靭帯によって規定される下顎位で、下顎最後退位、後方歯牙接触位と同義とされている。日本や米国の補綴学用語集には載っていない。実は1969年にコペンハーゲン歯科大学補綴学教授Brillが来日した時の講演でこの用語を初めて知ったが、北欧あたりではこの用語はよく使われていたのだった。今回はこの用語を話題にする。

咬頭嵌合位の前後的位置

 まだ下顎の運動や咬合についての知識が進んでなかった時代、義歯で咬合を作る際、患者に開閉口運動を行わせ、閉口した位置を咬頭嵌合位としていた。ところが、その位置で義歯を作り患者に装着して咬ませると、うまく咬み合わないといったことがよく起きたらしい。咬合採得時に患者が下顎を無意識に少し前あるいは後ろで閉口したためである。こうしたことから、前後の位置を正しく決める方法が長らく求められていた。
 1908年Gysiがゴシックアーチ描記法を発表した。彼はその側方経路に注目し、それを側方運動の中心軸を求める手がかりにしたが、その経路の交点についてはあまり意を払っていなかったらしい。しかし、前方、側方、後方へ下顎が動く中心的な顎の位置であるとしてそれをZentrale Okklusion中心咬合位と名付けた。これによって念願だった下顎の前後的な正しい位置の決定ができることになったのである。だが、Gysiはこれには触れていない。この位置が前後左右の運動の中心と考えるからにはそれは当然のことと考えていたのだろう。当時はゴシックアーチ描記法という用語はなくGysiの方法と呼ばれたが、その頂点が咬頭嵌合の位置付けに広く使われることになったのである。

下顎の後方運動と中心位

 この中心咬合位からの後方運動について、Gysiは本シリーズ第8回で述べたように、約1㎜下顎頭が奥に移動すると述べている。これは顎関節部での記録による値であるが、ゴシックアーチ描記の図にはその頂点から後方へ運動路が記されている。ところが、やがてその頂点から後方へは下顎は動けないという意見が出てきた。下顎頭は最後位にあるという。そしてこれを中心位と呼ぶようになった。つまり、同じゴシックアーチの頂点が中心咬合位ではなく中心位というのである。しかし、これにはゴシックアーチ描記の方法に問題があったと考えられる。Gysiが行ったように患者が楽に下顎を側方へ動かした場合と強く後ろに引きながら、あるいは他動的に顎を後ろへ誘導した場合とでは頂点の位置は変わってくる。後者の場合にはその頂点より後ろには下顎は動けない、つまり最後位になるわけで、それ以上は動けないのは当然である。それを中心位というのであれば納得できる。
 これに関して、1930年National society of denture prosthesis、これはのちの米国の補綴歯科学会と思われるが、「下顎頭が最後位にあってそこから下顎が自由に側方運動できるとき、その顎位を中心位という」と定義し、さらに中心位を求めるにはGysiの方法が唯一の方法で、科学的にも実用的にも推奨されるとの声明を出した。これについてノルウェーの研究者Årstadは、臨床経験に基づくもので下顎頭が最後位にあるとの解剖学的根拠が欠けているとした。そして、のちにGysiに確かめたが、はっきりした答えは得られなかったと記している。
 Gysiは先に述べたようにゴシックアーチの頂点を中心咬合位として、そこから下顎は後方へわずかに動けると言った。頂点を後方位とは言っていないし、中心位という言葉も使っていない。彼は最初からそのような概念はもっていなかったと思われる。そうした立場をとるGysiに対して、ゴシックアーチの頂点が下顎の後方位つまり中心位で、その時の下顎頭が最後位にあるとする根拠を求められても困惑しただろう。話が違うので、はっきり説明できなかったとしても当然だろう。
 Årstedは後に述べるように、1954年に下顎の後方位に関する顎関節靭帯と咬合小面について詳細な論文を発表している。
 

下顎頭の後方移動の抑制

 下顎が後方位にあるとき下顎頭は下顎窩内で最後位をとるが、そこでは下顎頭は顎関節周囲組織によって規制されていると考えられる。それについて筋が関係するのか、靭帯、あるいは関節後部組織なのかが問題になった。
 筋が関係するという考え方は、下顎頭を前方に引くのに働く外側翼突筋などが、下顎頭が後方位からさらに後退するのを阻止するように前方に引くというものである。これについては関係する筋を麻酔した状態でゴシックアーチ描記を行わせたが、正常者との差異が見られなかった。また、解剖体で下顎に付く筋をすべて除去した状態で、さらには筋すべてと関節後部組織も除去した状態でも下顎頭の後方位からの後退は見られなかったということから、筋や関節後部組織の関与は否定された。そこで、関節を包む靭帯に注目が集まることになった。
 顎関節は他の関節と同様、幾重にも重なる線維組織から成る靭帯によってしっかり包まれている。その構造を見ると、この組織は表層部と深層部に大別される。表層部はさらに内外二層からなり、関節結節後斜面外側や下顎窩外側下縁からやや斜め下方に走って下顎頸に付く薄い組織(図1a)と、その内側で関節結節前斜面から斜めに下顎頭外側極付近に付く組織(図1b)がある。これらは通常、外側靭帯あるいは側頭下顎靭帯と呼ばれる部分で、関節の外側を広く覆っている。深層部はやはりいくつかの線維束に分けられ、関節結節や頬骨弓基部から水平に走り関節円板後部組織に移行する太い線維束(図1e)、その上方で関節結節から水平に走り関節後結節に付着する線維束(図1d)などがあり、これらが関節包とよばれる部分である。
 こうした組織構造の中で下顎頭の後方移動を阻止できる部分となると、線維が太く強力な組織ということになる。すると、表層部つまり外側靭帯と呼ばれる組織は該当しなくなる。深層部はいずれの線維束も太い線維から成っていてその走行が水平的であることから、下顎頭の後方移動に十分対抗できそうである。

図1.顎関節の外側壁の靭帯. a. 第4層前方線維、b . 第3層、c. 第4層後方線維、d . 第5層、e . 第2層、f . 関節後結節、g . 下顎頭、a’, c’. 第4層前方、後方線維切断端.
(文献2より図改変)

 この問題についてÅrstedはマクロ的な組織観察を行い、表層部は靭帯全体を外側から被覆するもので強力な組織ではない。それに対して深層部は線維性の強力なカプセルをなしている。新鮮屍体で下顎頭を誘導して最後位を取らせると、深層部の線維はピンと張り、さらなる後方移動が阻止された。また、最深部で関節円板と下顎とを結ぶ線維束にも同様に緊張がみられたという。こうした所見から、深部の靭帯線維が下顎頭の過度な後方移動を阻止していると結論した。これによって関節包が下顎頭の後方移動を制約するとの考えが広まったのである。
 しかし、そのしばらく後に行われた新鮮屍体の顎関節組織を詳細に検討した研究では、外側靭帯や関節包外側部を切断しても下顎頭の後方位には殆ど変化が見られなかった。後方位からさらに後退させようとすると極めて強い抵抗感があること、さらに関節包の組織所見や関節円板の被圧縮性の測定結果から、下顎頭の後方移動を制限するのは関節円板を介した下顎窩の後上壁以外には考えられないとの結論に至った。
 こうした経緯を経て、現在では下顎頭の後方位を規制するのは関節包などの靭帯ではなく、主に関節窩後部の骨性部分とするのが妥当と考えられるようになった。しかしそうなると、靭帯によって決まる下顎位としての靭帯位という用語に問題が出てくる。これについては後に説明する。
 

後方歯牙接触位

 下顎は日常意識することなく開閉口運動をする。これは習慣性開閉運動と呼ばれ、その閉口した時の終末位で咬頭嵌合状態になるのが好ましいとされている。この運動は顎筋、主に閉口筋の作用によって行われることからその終末位はmuscular position筋肉位 と呼ばれている。その時、顎関節では下顎頭は関節窩の中央に位置している。この位置は解剖学的な顆頭安定位に一致すると考えられている。つまり、好ましいとされる咬頭嵌合位とは顎筋にとっては筋肉位であり、顎関節からすると顆頭安定位であるということになる。ただこの場合、筋肉位は顎筋による絶対的な位置ではなく、頭の傾きによって影響を受けるので、頭の位置、例えばカンペル線を水平に保つといった条件が必要である。
 下顎を後ろに引いた状態で閉口運動をする、つまり蝶番運動した場合、その終末位では咬頭嵌合せずどこか一部の歯が接触し、そこから前へ僅かに接触滑走して嵌合状態に達する人が多い。この最初に接触した時の下顎位をPosseltはretruded contact position後方歯牙接触位と名付けた。当時、彼はスウェーデンのマルメ歯科大学歯周病学教授であった。
 
 この歯の接触については当時多くの研究者が注目し、その位置と咬頭嵌合位との関係に様々な意見を出していた。その間、彼は切歯点における下顎の運動範囲、いわゆるPosselt figureを発表し、その中にそれぞれの位置を明示した。両咬合位間の距離は1.25±1.0mm、また両者が一致する例は10%以下と報告した。これによって、それまで出ていた様々な意見は整理され、後方歯牙接触位が広く認知されるようになったのである。
 この位置では下顎は後退して下顎頭が下顎窩内の最後位にあるので中心位でもある。そこから咬頭嵌合位に向かって下顎が前上方へ移動するとき、下顎頭は最後位から顆頭安定位に相当する窩の中央に前進する。その距離は先の値にほぼ近い。咬合診断ではこの関係を使って中心位を基準として咬頭嵌合位の方向や距離を測定したり後方歯牙接触する歯を検出したりする。

後方歯牙接触位、咬頭嵌合位における歯の接触

図2.後方歯牙接触の位置と下顎頭の移動方向.第1小臼歯の接触(左図)は下顎頭は後下方へ、第2大臼歯の接触(右図)は下顎頭は後上方へ移動することによると考えられる。

 下顎を後退させた状態で閉口した後方歯牙接触位で接触する歯は、第一小臼歯が最も多く、次いで僅かの差で第二大臼歯が多いという調査結果がある。これらは臼歯列の前後に位置するが、なぜそこが接触頻度が高いのか。それには咬合湾曲の形も考えられるが、むしろ下顎頭の移動方向が大きく関係しているように考えられる。つまり、下顎頭が関節窩中央から後方移動するときの方向、つまり後方顆路傾斜が下方か上方かによって第一小臼歯、第二大臼歯に分かれて発現するのではないかということである。これは実測したわけでなく単純に作図から推測される(図2)。
 この後方歯牙接触位は下顎にとって不安定で、長く留めるにはかなり意識しなければならず、通常下顎は自然に前方へ滑走移動して咬頭嵌合位に達する。そこに咬耗が生じるが、Årstedはそれは臼歯の後方咬合小面に生じ、それによって下顎が後方運動することがわかるとしている。しかし、その咬耗の位置付けは模型的で、実際には後方咬合小面に限らず稜線や辺縁隆線あたりによく見られる。
 
 Årstedは咬頭嵌合位では咬頭は対合歯の窩や溝と嵌合するが、その際、咬頭の後方咬合小面は前方咬合小面とともに対合歯の各咬合小面としっかり接触を保つことが咬頭嵌合位の安定を維持するうえで重要であるという。この考え方は先に述べた咬頭嵌合位と筋肉位、顆頭安定位の関係を良好に保つということにほかならない。また、彼は、この後方咬合小面は下顎を嵌合位へ誘導するのに働くが、その傾斜が緩くなると誘導できず、下顎は後方位にとどまることになる。咬頭嵌合位を支える後方咬合小面は前方に比べて数が少なく、傾斜が緩くなることが多いため下顎が後方変位する可能性が大きいという。
 この問題については本教室の先輩たちがスプリントを使った実験で明らかにしている。つまり、本来の咬頭嵌合位からの後方運動や前方運動の誘導路に近似した突起を設けたスプリントを使い、その突起の有無で下顎の位置がずれるかどうかを調べているが、突起がないと下顎が後方あるいは前方へ変位することを確認している。 Årstedの論文は70年近く前に発表されたもので、資料としては古いが、咬合接触の考え方には現在と大差ないことがわかる。

用語 “靭帯位”

 下顎の後方位や後方歯牙接触位、Årstedの考え方などについて述べてきたが、ここで最初に触れたBrillの靭帯位に対する考え方を検証してみたい。
 Brillが日本補綴歯科学会で講演したのは1969年の春だった。そこでは靭帯位について筋肉位と対比してその概念が紹介され、その臨床応用として全部床義歯を靭帯位で製作して筋肉位で咬合調整する方法が提示された。靭帯位は既述のように中心位、後方位と同義とされていた。
 
そこで、この靭帯位という用語である。Brillは恐らくÅrstedの論文「関節包靭帯と後方咬合小面」に基づいてこの用語を考案したと推察される。というのは、Årstedは当時ノルウェー歯科大学補綴学の講師で、この論文は教授資格取得のために書かれたものと思われるが、研究は同大学とスウェーデンのマルメ歯科大学で行われ、両大学の解剖学、組織学の教授とデンマークのコペンハーゲン歯科大学補綴学教授Krogh-Poulsenの指導を受けている。この時、BrillはKrogh-Poulsenの許で準教授の職にあってÅrstedの研究をよく知っていた筈である。そして、その業績に基づいて顎関節の靭帯によって決められる下顎の最後退位としてこの用語を案出したと推察されるのである。
 Brillは講演の数日後、補綴学の教授たち数人と座談会に参加している。そこでのやり取りの中で靭帯位が話題になり、彼はこれはあくまで臨床経験に基づく概念で科学的な裏付けはないと述べている。当時、ちょうど顆頭安定位に関連した顎関節の解剖学的研究が行われていて、下顎の最後退位には靭帯は関与しないことが明らかにされたばかりであった。そのことが紹介されたことで、Brillは靭帯位という概念に問題が出てきたと話している。それから大分経ったが靭帯位について検討されたという話は聞かない。

おわりに

 従来、我々が使ってきた用語の中には科学的検証がされておらず、臨床経験によって作られたものが沢山ある。それらは研究の進展によって真偽が明らかにされる。Ligamentous position 靭帯位という用語もここに述べたような経緯からその一つだったようで、早晩過去のものとして消える可能性がある。“靭帯位”はBrillの功績の一つとされたが、このような結果になったのは残念だが仕方がない。

余談 Brill教授は豪放磊落でヴァイキングの末裔かとも思える人だった。留学時には大変お世話になり、思い出も多いが、そのひとつに、日本から著名な先生ご夫妻が来られた時だった。教授は以前、訪日した時に非常に歓待されたとのことで、ご夫妻到着の翌日コペンハーゲン郊外を観光案内するので同行するよう言われた。夕食にはデンマーク料理の由緒ありそうな店に案内された。留学生にはとても手が届きそうもない数々の料理に大変な御相伴にあずかったと思った。そして会計に席を立った彼が手招きした。実は金が足りないのでいくらか持っているかということだった。幸い不足分くらいは持っていたので事なきを得た。彼は奮発しすぎたのだった。帰途、ご夫妻のホテルに向かったが、途中車を止めたのはなんとPornshopの前だった。日本にはないものがあるのでお土産にと言って中に案内された。これには全く意表を衝かれ面食らった。翌々日はまたお供して有名なオープンサンド店で昼食の後、ご夫妻を空港まで見送った。大学に戻ると、早々に借金を返しに来られ、これまでの接待について尋ねられた。パーフェクト、十分満足されていたと答えたのを憶えている。数後日、補綴の若い医局員からは夜行った怪しげな店はどうだったかと聞かれた。教授は教室員に一部始終話していたのである。彼のそうしたざっくばらんな飾らない人柄が多くの人を引き付けてきたのだろうと思った。それから2年後、朝、講義の準備中に倒れ、急逝されたとの知らせを受けた。好きな教授だった。

文献

1)Årsted,T. : The capsular ligaments of the temporomandibular joint and retrusion facets of the dentition in relationship to mandibular movements. Academisk Forlag, 1954, Oslo, 1-95.
2) 大村欣章:顎関節外側壁の線維構成に関する組織学的観察、口病誌、51:465-492、1984.
3)大石忠雄:下顎運動の立場から見た顎関節構造の研究、補綴誌、11:197-220、1967.