「 胎盤由来タンパク質が子育てをする気持ちをサポートする 」【楠山譲二 テニュアトラック准教授】
― 胎盤制御性の母子間情報伝達機構の実証 ―
ポイント
- 胎盤から分泌されるSOD3と呼ばれるタンパク質が、子育て行動の涵養に重要なことを解明しました。
- SOD3は妊娠期の運動により分泌されるため、運動の新しい便益性の理解に進む可能性があります。
- 胎盤由来SOD3をターゲットとした新しい子育て環境セットアップ法への応用が期待できます。
研究の背景
妊娠すると、胎盤※1と呼ばれる胎児由来の臓器が母体内に生じ、胎児の栄養補給、ガス交換、老廃物の排泄といった機能を代替することで、胎児の成長を担っています。胎盤は、多くの母体臓器に影響を及ぼすホルモン※2も分泌しており、妊娠中に母体に起こる様々なイベントを制御しています。胎盤からの分泌因子は、妊娠中の母親に対するさまざまな刺激によっても制御されています。研究グループはこれまでに、妊娠中に運動をすると胎盤からスーパーオキシドディスムターゼ3(SOD3)※3と呼ばれるタンパク質が臍帯血※4へ分泌されて胎児に作用し、産まれる子が太りにくくなることを証明しました(Kusuyama et al., 2021, Cell Metabolism)。この胎盤由来SOD3は臍帯血と母体血の両方に分泌されますが、妊娠中の母親に対してどのような役割を果たすかはわかっていませんでした。
妊娠中の母親の身体活動の増加には様々な良い効果があることが報告されています。特に妊娠中の身体活動は、出生前うつ病・産後うつ病の発症率の低下、育児中の不安の重症度を軽減するのに非常に効果的であると言われています。妊娠中の運動は胎盤から多くのSOD3を分泌させることから、研究グループは胎盤由来SOD3が母親の運動による養育行動への有益性を仲介しているのではないかという仮説を立てました。
研究成果の概要
まず妊娠中に全ての胎盤でSOD3タンパク質を分泌しない遺伝子改変マウス(Sod3ノックアウトマウス)を作成し、巣作り、子の輸送、子の防御行動、授乳といった養育行動に対する影響を行動学的に解析しました。その結果、妊娠中に胎盤からSOD3が分泌されないと、母親マウスは出産後の養育行動を積極的に行わなくなり、産まれてきた子の生存率が低下することが分かりました。次に妊娠や養育行動に関わるホルモンの分泌量を測定したところ、プロラクチン※5と呼ばれるホルモンの量が母体血中で低下していることが分かりました。そこでプロラクチンを産生する下垂体※6と呼ばれる脳組織の遺伝子発現を網羅的に解析したところ、Sod3ノックアウトマウスではプロラクチン産生に重要な線維芽細胞増殖因子(FGF※7)シグナルが減弱していました。更にこの現象の分子メカニズムを解析し、下垂体においてFgf1とFGF受容体であるFgfr2のプロモーター※8部位でDNAメチル化※9が亢進するというエピジェネティクス※10制御によるものだということが分かりました。また、胎盤由来SOD3がFgf1/Fgfr2といった特定の遺伝子群にだけ制御を誘導する機構として、ZBTB18と呼ばれる転写因子が関与していることも証明しました。本研究ではさらに、Sod3 ノックアウトマウスの母親から生まれた子において、その子(母親から見ると孫)に対しても養育行動が悪化することも観察され、胎盤由来SOD3が養育行動において世代を超えた影響を持っており、分泌器官としての胎盤の重要性が示唆されました。
研究成果の意義
今後さらにどのような時期に、どのような種類・強度の運動をすれば、効率よくSOD3が分泌されるかといった点を解析することで、妊娠中の運動のもつ便益性を更に明らかにし、社会実装につなげていくことを目指します。
用語解説
※1胎盤:妊娠中に母親の子宮内に形成され、母体と胎児を連絡する臓器。
※2ホルモン:臓器や組織でつくられ、血流に乗って標的器官へ運ばれて情報を伝達する物質。
※3SOD3:細胞外に分泌される抗酸化タンパク質の1種。近年、他の細胞に情報を伝達する機能も併せ持つことが分かってきている。
※4臍帯血:胎盤と胎児をつなぐ血管。
※5プロラクチン:脳下垂体前葉から分泌されるホルモン。乳汁分泌、妊娠維持、養育行動に関わる。
※6下垂体:脳の底の部分にぶらさがっている部位で、多くのホルモンを産生する。
※7線維芽細胞増殖因子(FGF):特定の細胞の機能を変化させる作用を持つタンパク質。発見当初、線維芽細胞の増殖を誘導することが分かり、FGFの名が付いたが、それ以外の細胞にも広範な作用を有する。
※8プロモーター:転写(DNAからRNAを合成する段階)の開始に関与する遺伝子の上流領域。
※9DNAメチル化:DNAのシトシン塩基にメチル基が付加されること。遺伝子のプロモーター領域がメチル化されると、転写因子の結合を阻害し、遺伝子の発現を抑制する役割を果たす。
※10エピジェネティクス:DNA塩基配列の変化を伴わずに細胞分裂後も継承される遺伝子発現の制御機構。
論文情報
掲載誌:Cell Reports
論文タイトル:Placenta-derived SOD3 deletion impairs maternal behavior via alterations in FGF/FGFR-prolactin signaling axis
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2024.114789
研究者プロフィール
楠山 譲二 (クスヤマ ジョウジ) Joji Kusuyama
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
生体情報継承学分野 テニュアトラック准教授
・研究領域
運動生理学、内分泌代謝学、エピジェネティクス
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
生体情報継承学分野 楠山 譲二(クスヤマ ジョウジ)
E-mail:joji.kusuyama.bsin[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
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