「 急性大動脈解離後の緊急透析リスクに男女差 」【萬代新太郎 テニュアトラック准教授、内田信一 教授】
公開日:2024.8.20
「 急性大動脈解離後の緊急透析リスクに男女差 」
― 女性では虚血性の急性腎障害が軽症化しやすい可能性 ―
― 女性では虚血性の急性腎障害が軽症化しやすい可能性 ―
ポイント
- 2010-2020年の全国規模の入院データベースを解析することで、急性大動脈解離による入院後の緊急透析リスクを明らかにしました。
- 入院後30日以内の緊急透析リスクについて、競合リスク解析を行った結果、女性でリスクが低いことが分かりました。
- 従来、基礎医学で示唆されていたように、虚血性腎障害の重症度に性差があることが判明しました。
- 急性大動脈解離の治療内容・割合も明らかとなり、急性期予後のさらなる改善とともに、性別と大血管障害、腎臓との関わりを生物学的に理解する上で、重要な知見が得られたと考えられました。
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科腎臓内科学分野の萬代新太郎テニュアトラック准教授、中野雄太非常勤講師、内田信一教授らの研究グループは、東京医科歯科大学大学院医療政策情報学分野の伏見清秀教授との共同研究で、急性大動脈解離発症後の緊急透析リスクに顕著な性差が存在することを発見しました。この研究は厚生労働科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、米国科学誌 iScience (Cell Press)に、2024年8月16日にオンライン版で発表されました。
研究の背景
わたしたちの腎臓は、老廃物の排泄(血液のクレンジング)にとどまらず、体内の電解質・ミネラルの調整、血圧の調整、赤血球を造るホルモンの産生や、骨の強化など、生命と健康を維持するために様々な役割を担います。こうした腎臓の機能は残念ながら多くの場合、老化や生活習慣、薬、本研究にも関わる血流不全など様々な原因で、不可逆的におとろえます。内服や点滴では体の恒常性と生命を維持できない水準に至ると、透析という治療が必要になります。
急性大動脈解離※1は突然発症し、現代の集学的な救急医療においてもなお死亡率が高い、重大な心血管病の一つです。急性大動脈解離のいくつかの臨床的特徴に、性別による差異があることが知られていました。例えば男性の罹患率が高い一方で、女性はより高齢で発症し、発症時の症状が非典型的であり男性に比べて予後が不良になる可能性が、指摘されていました。急性大動脈解離の重大かつ頻度の高い合併症として急性腎障害があり、特に透析を必要とするような重度の腎障害は、生命予後を悪化させうる強いリスク因子と報告されています。しかしながら、急性大動脈解離後の急性腎障害の発症リスクにおける性差についてはこれまでほとんど検討されたことがありませんでした。そこで本研究は、全国規模のリアルワールドデータを解析し、急性大動脈解離による入院後の緊急透析リスク、その性差を明らかにすることを目的としました。
急性大動脈解離※1は突然発症し、現代の集学的な救急医療においてもなお死亡率が高い、重大な心血管病の一つです。急性大動脈解離のいくつかの臨床的特徴に、性別による差異があることが知られていました。例えば男性の罹患率が高い一方で、女性はより高齢で発症し、発症時の症状が非典型的であり男性に比べて予後が不良になる可能性が、指摘されていました。急性大動脈解離の重大かつ頻度の高い合併症として急性腎障害があり、特に透析を必要とするような重度の腎障害は、生命予後を悪化させうる強いリスク因子と報告されています。しかしながら、急性大動脈解離後の急性腎障害の発症リスクにおける性差についてはこれまでほとんど検討されたことがありませんでした。そこで本研究は、全国規模のリアルワールドデータを解析し、急性大動脈解離による入院後の緊急透析リスク、その性差を明らかにすることを目的としました。
研究成果の概要
本研究は、DPC(Diagnosis Procedure Combination)データベース※2を用いて、性別が急性大動脈解離後の透析リスクに与える影響を全国規模で調査しました。2010年から2020年までに、スタンフォード分類A型またはB型の急性大動脈解離で緊急入院した成人79,998例(A型解離34,714例、B型解離45,284例)を解析対象としました。入院後30日以内の緊急透析リスクについて、院内死亡を競合リスクとして考慮した、競合リスク解析※3を行いました。A型解離では女性の年齢中央値は74歳、男性の年齢中央値は62歳、B型解離では女性の年齢中央値は76歳、男性の年齢中央値は70歳と過去の報告同様に女性で高齢発症の傾向がありました。競合リスクを考慮した緊急透析の累積発生率は、A型解離(女性7.4% (95%信頼区間(CI):7.0–7.8) に対して男性13.8% (95% CI: 13.3–14.3)、B型解離(女性1.1% (95% CI:1.0–1.3) に対して男性2.8% (95% CI: 2.7–3.0))いずれの場合も女性で少なく、Gray検定を行うといずれのタイプの大動脈解離においても、女性で緊急透析率が少ないことが確認されました(P値0.001未満) (図1)。
次に、Fine-Grayモデルを用いた多変量解析によって、段階的に調整因子を加えていく解析モデルを構築し、緊急透析の比例サブハザード比(SHR)を算出しました。モデル1:性別のみ、モデル2:モデル1および、年齢、body mass index、 併存症(心血管病、糖尿病、慢性肺疾患)、施設規模、入院年、 モデル3:モデル2および、入院時の意識状態、救急搬送の有無、モデル4:モデル3および、集中治療室への入室の有無、人工心肺使用の有無、モデル5:モデル4および、主な治療法(開胸手術、ハイブリッド手術、血管内治療、内科的治療)、のように各々共変量で調整しました。
男性に対する女性のSHRは、A型解離ではモデル1 [SHR: 0.52 (95% CI: 0.48–0.55)]、 モデル2 [SHR: 0.58 (95% CI: 0.54–0.63)]、 モデル3 [SHR: 0.58 (95% CI: 0.54–0.62)]、 モデル4 [SHR: 0.58 (95% CI: 0.54–0.62)、 モデル5 [SHR: 0.58 (95% CI: 0.54–0.62)] であり、B型解離ではモデル1 [SHR: 0.40 (95% CI: 0.34–0.47)]、モデル2 [SHR: 0.47 (95% CI: 0.40–0.56)]、モデル3 [SHR: 0.47 (95% CI: 0.40–0.56)]、モデル4 [SHR: 0.48 (95% CI: 0.40–0.57)] 、モデル5 [SHR: 0.49 (95% CI: 0.41–0.58)]、のように一貫して女性の緊急透析リスクが低いことが確認されました(図2)。
男性に対する女性のSHRは、A型解離ではモデル1 [SHR: 0.52 (95% CI: 0.48–0.55)]、 モデル2 [SHR: 0.58 (95% CI: 0.54–0.63)]、 モデル3 [SHR: 0.58 (95% CI: 0.54–0.62)]、 モデル4 [SHR: 0.58 (95% CI: 0.54–0.62)、 モデル5 [SHR: 0.58 (95% CI: 0.54–0.62)] であり、B型解離ではモデル1 [SHR: 0.40 (95% CI: 0.34–0.47)]、モデル2 [SHR: 0.47 (95% CI: 0.40–0.56)]、モデル3 [SHR: 0.47 (95% CI: 0.40–0.56)]、モデル4 [SHR: 0.48 (95% CI: 0.40–0.57)] 、モデル5 [SHR: 0.49 (95% CI: 0.41–0.58)]、のように一貫して女性の緊急透析リスクが低いことが確認されました(図2)。
研究成果の意義
これまで、急性大動脈解離後の緊急透析リスクにおける性別による違いはわかっていませんでしたが、本研究で初めて、A型解離、B型解離いずれにおいても女性では男性に比べて緊急透析のリスクが低いことを突き止めました。大血管の障害と腎障害の臓器連関に性差があることがわかり、急性大動脈解離という緊急疾患において男性では一層、腎臓の負担を考慮した検査法を選択するなど、性別を考慮した診療戦略の重要性を示す成果が得られました。
基礎医学研究では、虚血性腎障害のモデルマウスでは女性という因子が腎臓に保護的な役割を果たし、男性という因子が腎障害の増悪因子となることは以前から報告されていました。急性大動脈解離後の腎障害の原因の多くは循環不全や灌流障害による虚血性腎障害であることが推定されます。このため、リアルワールドデータから導出された本研究結果は、基礎研究知見とリンクしたベッドサイドの知見を得たものと考えられました。今後、さらなる性別と急性腎障害の関連の生物学的なメカニズムの解明によって新たな治療法や予防法につながる可能性を示しました。
一方で本研究は観察研究であり、データベースには救急搬送に要した時間や、発症時の症状、入院時や外来時の検査データが解析に含まれていないため、因果関係を追求することが難しいという制約があります。また、性別の違いがどのように腎障害を軽減するのかという生物学的な因果関係の証明とメカニズムの解明のためには、さらなる研究が必要です。
基礎医学研究では、虚血性腎障害のモデルマウスでは女性という因子が腎臓に保護的な役割を果たし、男性という因子が腎障害の増悪因子となることは以前から報告されていました。急性大動脈解離後の腎障害の原因の多くは循環不全や灌流障害による虚血性腎障害であることが推定されます。このため、リアルワールドデータから導出された本研究結果は、基礎研究知見とリンクしたベッドサイドの知見を得たものと考えられました。今後、さらなる性別と急性腎障害の関連の生物学的なメカニズムの解明によって新たな治療法や予防法につながる可能性を示しました。
一方で本研究は観察研究であり、データベースには救急搬送に要した時間や、発症時の症状、入院時や外来時の検査データが解析に含まれていないため、因果関係を追求することが難しいという制約があります。また、性別の違いがどのように腎障害を軽減するのかという生物学的な因果関係の証明とメカニズムの解明のためには、さらなる研究が必要です。
用語解説
※1 急性大動脈解離・・・・大動脈内膜に亀裂が生じ、血液が流入することで血管の内層が解離する疾患。上行大動脈に解離が及ぶものをスタンフォード分類A型、上行大動脈に解離が及ばないものをスタンフォード分類B型と分類する。
※2 DPC データベース・・・・DPC(Diagnostic Procedure Combination)は、本邦の入院患者に関する大規模データベースである。全国の DPC調査参加病院から収集された、退院時情報や診療報酬データなどから構成され、診断名・入院時併存症および入院後の合併症とそれらの ICD-10(International Classification of Diseases – 10; 国際疾病分類第10版)コード、併存疾患、手術処置名、在院日数、退院 時転機、入退院時の身体機能などの情報が含まれる。①診療報酬データベースであると同時に、②医療の透明性の向上(患者・国民)、③医療機関の客観的評価と比較(医療機関)、④医療資源の配分や政策の立案 (医療政策)、のために運用される多面的に有効なデータベースである。
※3 競合リスク解析・・・・ 一般的な解析では解析対象のイベント(本研究では緊急透析)以外を打ち切りとして解析するが、入院早期の死亡イベントがある場合は死亡したことにより緊急透析が発生しなかった可能性を考慮することができない。競合リスク解析では競合するイベント(本研究では院内死亡)を打ち切りとせずに解析に組み込むことで競合リスクを考慮にいれて分析結果を補正する方法となる。
※2 DPC データベース・・・・DPC(Diagnostic Procedure Combination)は、本邦の入院患者に関する大規模データベースである。全国の DPC調査参加病院から収集された、退院時情報や診療報酬データなどから構成され、診断名・入院時併存症および入院後の合併症とそれらの ICD-10(International Classification of Diseases – 10; 国際疾病分類第10版)コード、併存疾患、手術処置名、在院日数、退院 時転機、入退院時の身体機能などの情報が含まれる。①診療報酬データベースであると同時に、②医療の透明性の向上(患者・国民)、③医療機関の客観的評価と比較(医療機関)、④医療資源の配分や政策の立案 (医療政策)、のために運用される多面的に有効なデータベースである。
※3 競合リスク解析・・・・ 一般的な解析では解析対象のイベント(本研究では緊急透析)以外を打ち切りとして解析するが、入院早期の死亡イベントがある場合は死亡したことにより緊急透析が発生しなかった可能性を考慮することができない。競合リスク解析では競合するイベント(本研究では院内死亡)を打ち切りとせずに解析に組み込むことで競合リスクを考慮にいれて分析結果を補正する方法となる。
論文情報
掲載誌: iScience
論文タイトル: Sex disparities in the risk of urgent dialysis following acute aortic dissections in Japan
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.110577
論文タイトル: Sex disparities in the risk of urgent dialysis following acute aortic dissections in Japan
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.110577
研究者プロフィール
萬代 新太郎 (マンダイ シンタロウ) Shintaro Mandai
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 テニュアトラック准教授
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送 サルコペニア
中野 雄太 (ナカノ ユウタ) Yuta Nakano
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 非常勤講師
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送 臨床疫学
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 非常勤講師
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送 臨床疫学
内田 信一 (ウチダ シンイチ) Shinichi Uchida
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 教授
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 教授
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 萬代新太郎(マンダイ シンタロウ)
内田信一(ウチダ シンイチ)
E-mail:smandai.kid[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。