プレスリリース

「 関節リウマチの治療薬の作用機序の一端を解明 」【小松紀子 教授】

公開日:2024.7.31
「 関節リウマチの治療薬の作用機序の一端を解明 」
― 病態解明と治療法開発へ道 ―

ポイント

  • 関節リウマチの動物モデルを用いて、自己免疫性関節炎におけるオンコスタチンMを介した免疫細胞と線維芽細胞の相互作用の重要性を明らかにしました。
  • 関節リウマチの治療薬として注目を集めているJAK阻害剤のおもな作用標的の一つが、線維芽細胞のオンコスタチンMの下流シグナルであることを明らかにしました。
  • 関節リウマチの病態解明と新規治療法開発への応用が期待できます。
 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 免疫制御学分野の小松紀子教授は、東京大学大学院 医学系研究科 免疫学の高柳広教授の研究グループならびに慶應義塾大学、埼玉医科大学、東京大学医学部付属病院との共同研究により、関節リウマチの治療薬であるJAK阻害剤のおもな標的の一つが線維芽細胞のオンコスタチンMシグナル経路であることをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、AMED免疫アレルギー疾患実用化研究事業ならびにJST創発的研究支援事業の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Inflammation and Regenerationに、2024年7月31日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 関節リウマチ※1は、日本国内で60-70万人が罹患する、もっとも罹患率の高い自己免疫疾患の一つです。関節の炎症と骨破壊をおもな症状とし、遺伝的要因と環境的要因が複合的に絡み合って発症すると考えられていますが、病態形成のメカニズムは不明な点が多いです。関節リウマチの治療には炎症性サイトカインであるIL-6やTNFをブロックする生物学的製剤が有効であり、最近JAK阻害剤※2が生物学的製剤と同等レベルの治療効果をもつ薬剤として注目を集めていますが、治療抵抗性の症例や副作用も発生することからより良い治療法の確立が望まれています。JAK-STATはさまざまな免疫細胞や線維芽細胞において種々のサイトカインシグナル経路の活性化に関与しているため、JAK阻害剤は免疫抑制作用により帯状疱疹やがんなどの副作用を伴うことも報告されており、治療効果を発揮する標的を明らかにすることは、病態解明のみならず、副作用の少ない治療法の開発に繋がる可能性があると考えられます。しかしながら、JAK阻害剤が生体レベルで、どの細胞の、どのシグナルを標的として治療効果を発揮するか、明らかになっていませんでした。

研究成果の概要

 研究グループは関節リウマチの動物モデルを使用して、関節炎を誘導したマウスの炎症滑膜※3のシングルセル解析※4を行い、JAK阻害剤の投与の有無で、炎症滑膜に存在する免疫細胞や線維芽細胞※5においてどのような遺伝子発現の変動があるか調べました。その結果、関節炎環境下では線維芽細胞とマクロファージの細胞間コミュニケーションが強くなり、JAK阻害剤で抑制されることがわかりました。JAK-STATシグナル経路を活用するサイトカインとその受容体の発現を網羅的に調べたところ、マクロファージがオンコスタチンM(OSM)を発現しており、線維芽細胞がOSMの受容体を高く発現していることを見出しました。ヒト関節リウマチ患者の炎症滑膜のシングルセル解析においても、マクロファージにおけるOSM発現と線維芽細胞のOSM受容体の発現が高いことが認められました。JAK阻害剤によってどの細胞の、どのシグナル経路が抑制されるか検討したところ、線維芽細胞のOSMシグナル経路が最も強く抑制され、続いてマクロファージのIL-6シグナル経路の抑制も認められました。試験管内で、線維芽細胞の培養系にOSMを添加すると、IL-6などの炎症誘導に関わる遺伝子群や破骨細胞誘導因子RANKLなどの骨破壊を促進する遺伝子群の発現が顕著に上昇し、JAK阻害剤の添加により抑制されることがわかりました。このことからOSMは線維芽細胞に作用して炎症や組織破壊をひきおこす能力を高め、これらの活性はJAK阻害剤によって抑制されることがわかりました。 
 生体内での重要性を明らかにするため、線維芽細胞にのみOSM受容体を欠損した遺伝子改変マウスを作製し関節炎を誘導したところ、線維芽細胞でOSMシグナルが働かない遺伝子改変マウスでは関節炎が抑制されること、野生型マウスでは関節炎がJAK阻害剤によって抑制されるのに対し、遺伝子改変マウスではJAK阻害剤の効果が認められないことを見出しました。以上の研究結果から、マクロファージが産生するOSMが線維芽細胞に作用し、炎症や骨破壊に関わる遺伝子群の発現を誘導して自己免疫性関節炎の病態形成を促進すること、JAK阻害剤のおもな標的の一つが線維芽細胞のOSMシグナルであることが明らかになりました(図)。

図 本研究の概要
自己免疫性関節炎において、マクロファージから産生された炎症性サイトカインであるオンコスタチンM(OSM)は線維芽細胞に作用して、炎症や組織破壊に関わる分子の発現を誘導し、それらの分子がマクロファージ系の細胞に働きかけて炎症や骨破壊を促進することがわかりました。関節リウマチで広く使用されるJAK阻害剤は線維芽細胞のOSMシグナル抑制をおもな生体内作用標的の一つとして、関節の炎症と骨破壊を抑制することが明らかとなりました。

研究成果の意義

 これまで関節リウマチにおいてJAK阻害剤はおもにIL-6やIFNシグナルを抑制することにより治療効果を発揮することが想定されてきましたが、今回の研究により、線維芽細胞のOSMシグナルの病態形成やJAK阻害剤の治療標的としての重要性が明らかになりました。JAK阻害剤の投与により線維芽細胞のOSMシグナルに次いでマクロファージのIL-6シグナルも抑制が認められましたが、IL-6はOSM刺激により線維芽細胞で発現誘導されることからも、OSMによって活性化された線維芽細胞とマクロファージの相互作用が関節炎の病態形成に重要であることが示唆されました。関節リウマチでは、個々の患者によって活性化している細胞やシグナル経路が様々なパターンが存在することが知られており、患者の病態に即した治療法を提供できるような治療戦略の確立が重要な課題となっています。関節リウマチにおいてIL-6受容体抗体では治療効果が認められなかった患者がJAK阻害剤では効果があった症例も報告されており、今回見出したOSM阻害の重要性を示唆する知見と考えられます。本研究はおもに動物モデルを用いた研究であるため、今後関節リウマチ患者の臨床検体の詳細な解析と合わせることにより、関節リウマチの病態解明と治療法の開発に繋げることが期待されます。

用語解説

※1関節リウマチ
関節を中心とした持続的な炎症と骨破壊をおもな症状とする自己免疫疾患の一つ。関節の炎症滑膜には滑膜線維芽細胞や免疫細胞の集積と活性化が認められる。免疫抑制薬であるメトトレキサートが治療の第一選択薬であり、効果が低い場合は炎症性サイトカインなどを標的とした生物学的製剤やJAK阻害剤が使用される。
※2JAK阻害剤
JAK(Janus kinase:JAK)は細胞内で様々な種類のサイトカイン受容体に結合し、各種サイトカインによる刺激を伝える分子でJAK1、JAK2、JAK3、TYK2の4種類が存在する。STATと協調して免疫細胞や線維芽細胞の分化や増殖、機能に関わる遺伝子の転写を促進する。JAK阻害薬は、JAKに結合してJAKの働きを阻害することでJAK-STAT経路の働きを抑制する。
※3滑膜
関節腔の内側を覆う膜であり、関節リウマチでは滑膜中の線維芽細胞や免疫細胞が増殖、活性化して炎症が増悪化される。肥厚した炎症滑膜と骨の境界には多数の破骨細胞が存在し、骨破壊が誘導される。
※4シングルセル解析
単離した細胞をシングルセル(1 細胞)毎に全遺伝子の発現量を定量的に解析する手法で、細胞の多様や不均一性を調べるのに有効である。
※5線維芽細胞
間葉系細胞(結合組織や筋肉、脂肪などを構成する非上皮系の細胞)の一種である。関節リウマチの炎症滑膜のおもな構成細胞のひとつで、炎症環境下において免疫細胞と相互作用して活性化・増殖し、炎症性サイトカインやRANKL を高く発現し関節リウマチの関節の炎症や骨破壊を増悪化する。

論文情報

掲載誌:Inflammation and Regeneration

論文タイトル:Oncostatin M-driven macrophage-fibroblast circuits as a drug target in autoimmune arthritis

DOI:10.1186/s41232-024-00347-0

研究者プロフィール

小松 紀子 (コマツ ノリコ) Komatsu Noriko
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 
免疫制御学分野 教授
・研究領域
免疫学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
免疫制御学分野 小松 紀子(コマツ ノリコ)
E-mail:komatsu.ire[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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関連リンク

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