プレスリリース

「 単球を介した急性炎症期の新しい炎症制御機構を発見 」【樗木俊聡 教授】

公開日:2024.7.8
 
「 単球を介した急性炎症期の新しい炎症制御機構を発見 」
― 全身炎症の新たな治療法やバイオマーカーの開発へ向けて ―

ポイント

  • 敗血症※1やがん治療におけるCAR-T免疫細胞療法※2後のサイトカイン放出症候群(cytokine release syndrome: CRS)※3といった重篤な全身炎症は患者の生命を脅かす一因であり、重症度予測や早期介入の実現が望まれています。
  • 私たちは、単球※4が急性炎症の重症度に依存して末梢組織から失われることを、敗血症のマウスモデルやCAR-T細胞療法後にCRSを発症した患者さんで発見しました。
  • この末梢組織における単球の減少は、アポトーシスや遊走能の低下によって引き起こされ、炎症の重症化を軽減することが分かりました。
  • 本研究の成果は、単球が炎症に対する新たなバイオマーカーや治療標的として有用である可能性を示すものであり、単球が関与する様々な炎症病態への応用が期待されます。
 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 生体防御学分野の樗木 俊聡(おおてき としあき)教授、金山 剛士(かなやま まさし)准教授らの研究グループは、東京医科歯科大学 血液内科学分野との共同研究により、全身性炎症の急性期では、炎症の重篤度に依存して末梢組織から単球が排除されることを、敗血症のマウスモデルやキメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T細胞)療法後にサイトカイン放出症候群(CRS)を発症した患者において発見し、このシステムが過度な炎症を抑制する安全弁の役割を果たすことを明らかにしました。この研究成果は、内藤記念科学振興財団、かなえ医薬振興財団、第一三共生命科学研究振興財団の支援のもとで行われたもので、Frontiers in Immunology誌の2024年7月8日にオンライン版で公開されました。

研究の背景

 現在、世界の死因の約2割が敗血症と呼ばれる全身性炎症病態に関連しているとされています。また、CAR-T細胞療法のような先端的免疫療法では、免疫細胞の過剰な活性化により、サイトカイン放出症候群(CRS)と呼ばれる全身性炎症病態が高頻度に誘導されることが問題となっています。このように全身性の炎症は現代でも制御の困難な難治病態であり、その制御機構を明らかにすることによって幅広い炎症性疾患への応用が期待できます。過度な炎症や炎症の長期化は組織傷害を引き起こし、時に生命を脅かす原因となりますが、急性炎症期に炎症強度がどのように制御されているのかについてはよく理解されていませんでした。単球は自然免疫細胞の一種ですが、マクロファージ等に分化する能力を有すること、炎症性サイトカインを産生することで炎症に寄与することが知られていました。

研究成果の概要

 本研究では、敗血症の複数のマウスモデルおよびCAR-T細胞療法後にCRSを発症した患者さんの末梢血検体を用いて、単球をはじめとする様々な免疫細胞の動態を解析しました。その結果、重症度の高い炎症の急性期では、単球が骨髄から末梢組織に供給されず、末梢組織で著しく減少することを発見しました(図1)。対照的に、同じ自然免疫細胞である好中球は骨髄から速やかに供給され、末梢組織における細胞数が顕著に増加することから、この現象は単球特異的であることが分かりました。さらに、末梢組織における単球の減少は、炎症性サイトカインによって誘導される単球のアポトーシスや遊走能の低下によって引き起こされることもわかりました。実際に、アポトーシスが単球特異的に抑制されるマウスを作製したところ、このマウスでは、敗血症誘導後の血中サイトカイン量が増加し、死亡率も上昇しました。また、過剰な炎症を誘導したマウスの骨髄で生き残った単球もマクロファージに分化する能力が失われており、腫瘍壊死因子(TNF-α)のような炎症性サイトカインを産生する能力も低下していました。このように、過度の炎症が生じると、単球は末梢組織で著減するとともに単球としての機能を喪失することで炎症を抑制し、組織恒常性や生命維持に寄与することが分かりました(図1)。加えて、CAR-T細胞療法を受ける前の時点で末梢血中に単球が多く存在している患者では、その後に誘導されるCRSが重症化しやすいことが分かりました。この結果から、末梢血単球の数を計測することで、CRSの重症化予測が可能になると期待できました。

研究成果の意義

 本研究では、炎症における単球の新たな生理学的重要性を示すとともに、過度な炎症を抑制するための新たな機構を発見しました。この機構は、獲得免疫の介在を必要としないことから、進化的には獲得免疫発達前から備わった原始的な炎症抑制機構である可能性があります。また、本研究の成果は、さまざまな疾患に伴う炎症抑制の新たなアプローチとして、単球を標的とした治療法の潜在的な有用性と発展性を示すものです。
 CRS患者の検体を用いた研究結果は、マウスと同様に人においても炎症強度依存的な単球減少が起こることを証明しました。また、末梢血単球の細胞数が、CAR-T細胞療法を行う前にCRSの重症度を予測するバイオマーカーとして活用できる可能性を示しました。単球数は採血によって簡便に検査することが可能であり、炎症重症度のバイオマーカーとして応用できれば、病態の早期の評価や適正な治療介入に繋がります。

用語解説

※1敗血症:感染に起因する全身炎症を伴い、臓器障害を生じている重篤な病態。世界では、毎年約5,000万人の患者が発生し、1,100万人が死亡している。
※2CAR-T細胞療法:患者自身のT細胞を遺伝子改変することで、がん細胞に反応するCAR(キメラ抗原受容体)と呼ばれるタンパク質を作り出せるT細胞(CAR-T細胞)を作製し、これを用いてがん細胞を除去する新しい免疫細胞療法。治療後に高頻度でCRSのような副作用が引き起こされる。
※3サイトカイン放出症候群:抗体医薬や免疫細胞療法、敗血症などでみられる血中サイトカインの放出による全身性炎症病態。重篤な場合はサイトカインストームに進展する。
※4単球:ヒトでは白血球の1-10%を占めるとされる自然免疫細胞の一種で、炎症や感染症など様々な病態に関与することが知られている。炎症性サイトカインの産生源として機能する他、さまざまな組織でマクロファージや樹状細胞に分化する能力を有する。
 

論文情報

掲載誌: Frontiers in Immunology

論文タイトル: An early regulatory mechanism of hyperinflammation by restricting monocyte contribution

DOI: https://doi.org/10.3389/fimmu.2024.1398153

研究者プロフィール

樗木 俊聡 (おおてき としあき) Ohteki Toshiaki
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 
生体防御学分野 教授
・研究領域
免疫学、組織幹細胞学
 

秋山 めぐみ (あきやま めぐみ) Megumi Akiyama
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 
生体防御学分野 博士課程4年
・研究領域
血液内科学、免疫学

 
金山 剛士 (かなやま まさし) Kanayama Masashi
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 
生体防御学分野 准教授
・研究領域
免疫学、血液学
 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 先端分子医学研究部門
生体防御学分野 樗木 俊聡 (おおてき としあき)
        金山 剛士 (かなやま まさし)
E-mail:ohteki.bre[@]mri.tmd.ac.jp, kanayama.bre[@]mri.tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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