プレスリリース

「 生物学的製剤の投与時にHTLV-1感染の確認は必要か? 」【鴨居功樹 講師】

公開日:2024.6.27
「 生物学的製剤の投与時にHTLV-1感染の確認は必要か? 」
― IL-6阻害薬投与における眼科学的視点からの安全性の検証 ―

ポイント

  • HTLV-1は、世界に3000万人以上、日本に100万人前後の感染者が存在し、血液・神経・眼疾患を引き起こすため、世界保健機関(WHO)から全世界で取り組むべき重要な感染症と位置付けられています。
  • 近年、炎症性疾患の治療に生物学的製剤の使用が増加しています。結核や肝炎ウイルスなどの感染者に対しては感染病原体の再活性化などのリスクがあるため、投与前に感染の有無の確認がされています。
  • 一方、HTLV-1感染者への生物学的製剤の使用の安全性はまだ明確になっていません。
  • 眼科学の視点から、代表的な生物学的製剤であるIL-6阻害薬の安全性を評価しました。その結果、HTLV-1感染による主要な病態である眼炎症を引き起こすリスクが低いことがin vitroで確認されました。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野の鴨居功樹(かもい こうじゅ)講師、大野京子教授、張晶大学院生、宗源大学院生、楊明明大学院生、鄒雅如大学院生の研究グループは、生物学的製剤:IL-6阻害薬のHTLV-1感染者への投与の安全性を眼科学的な見地から検証し、in vitroでその安全性を確認しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、厚生労働科学研究難治性疾患政策研究事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、武田科学振興財団ハイリスク新興感染症研究助成、ならびにJST次世代研究者挑戦的研究プログラムの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌International Immunopharmacologyに、2024年6月21日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 HTLV-1※1は、ヒトに疾患を起こすと同定された最初のレトロウイルスであり、世界に3000万人以上、日本に100万人前後の感染者が存在し、血液がん(成人T細胞白血病)、神経炎症(HTLV-1関連脊髄症)、眼炎症(HTLV-1ぶどう膜炎)を引き起こします。HTLV-1が引き起こす眼炎症は、関連疾患の中で2番目に頻度が高いことが知られています。
 また、HTLV-1潜伏感染者(キャリア)は、無症状のため、関連疾患を発症した際の検査で初めて感染が判明することが多く、HTLV-1感染に気づかず暮らしている人が大半です。
 生物学的製剤は、これまで抗炎症治療として主要な薬剤であったステロイド・免疫抑制薬に代わり、近年、世界中で多く使用され、難治性炎症性疾患に対する光明となりました。しかし、結核や肝炎ウイルスなどの感染症罹患者に対する生物学的製剤の使用は、感染病原体の再活性化などのリスクがあるため、投与前に感染の有無の確認が必要です。
 一方で、これまで、HTLV-1感染者に対する生物学的製剤の投与に関しては情報が少なく、投与前にHTLV-1感染の確認をするべきか明らかではありませんでした。本研究では、日本で開発され、現在多くの炎症性疾患に使用されている生物学的製剤であるIL-6阻害薬に着目し、HTLV-1感染者における使用の安全性を、眼科学的な視点からin vitroで検証しました。

研究成果の概要

 研究グループは、HTLV-1感染者の眼内環境を模した実験系を、血液眼関門を構成する網膜色素上皮細胞とHTLV-1感染細胞を用いて構築し、 IL-6阻害薬投与による細胞生存率、シグナル伝達経路※2、サイトカイン※3、ケモカイン※4を検討することで、安全性を検討しました。
 まず、細胞毒性の評価を行なったところ、IL-6阻害薬投与によって、HTLV-1感染者の眼内環境における網膜色素上皮細胞の生存率に低下はみられませんでした。(図1) 

(図1) CCK-8アッセイを用いたIL-6阻害薬による細胞毒性の評価。HTLV-1感染者の眼内環境において網膜色素上皮細胞の生存率に変化はない。

 続いて、HTLV-1感染者の眼内環境における網膜色素上皮細胞のIL-6シグナル伝達経路の検討においても、IL-6阻害薬によって、IL-6受容体の発現、シグナル伝達に変化はありませんでした(図2、図3)。 

(図2)網膜色素上皮細胞におけるIL-6Rα/CD126。異なる濃度のIL-6阻害薬投与によって、IL-6Rα/CD126に有意な変化は見られない。

(図3) 網膜色素上皮細胞におけるSTAT3 phosphorylation※2。 
同様に、異なる濃度のIL-6阻害薬投与によって、STAT3 phosphorylationに有意な変化は見られない。

 さらに、HTLV-1感染者の眼内環境における、IL-6阻害薬投与によるサイトカインとケモカインの変動を網羅的に測定したところ、IL-6阻害薬投与による炎症の悪化の兆候はみられませんでした。 (図4)

サイトカイン                              ケモカイン
(図4) Cytometric Beads Arrayを用いたサイトカイン・ケモカインの網羅的測定

研究成果の意義

 生物学的製剤:IL-6阻害薬は、炎症性疾患を持つ多くの患者さんに有効な治療薬であり、現在適応も広がっています。一方でHTLV-1感染者におけるIL-6阻害薬の投与を契機に、HTLV-1関連疾患の発症の可能性が危惧されていました。今回眼科学的な視点から実験的に構築したHTLV-1感染眼内環境において、IL-6阻害薬は有害な作用を示しませんでした。今後、適切な臨床試験での評価が求められますが、本研究成果はIL-6阻害薬治療を受けるHTLV-1感染患者さんや治療に携わる医療関係者にとって有益な情報提供となると考えます。

用語解説

※1HTLV-1: Human T-cell Lymphotropic (Leukemia) Virus type-1の略。世界保健機関(WHO)をはじめ、世界中から注目を集めている感染症。日本に多くの感染者が存在し、成人T細胞白血病、HTLV-1関連脊髄症、HTLV-1ぶどう膜炎などの疾患を引き起こす。
※2シグナル伝達経路: 細胞が外部からの信号を受け取り、それを細胞内で伝達し、適切な応答を引き起こす仕組み。
※3STAT3 phosphorylation: IL-6が受容体と結合すると、STAT3がリン酸((活性化)され、特定の遺伝子の発現を促進し、細胞増殖・分化、免疫応答に関与する。
※4サイトカイン: 細胞から分泌され、細胞の増殖や分化などに関与する。
※5ケモカイン: 白血球の遊走と活性化に関わるサイトカイン。
 

論文情報

掲載誌: International Immunopharmacology

論文タイトル: Evaluating tocilizumab safety and immunomodulatory effects under ocular HTLV-1 infection in vitro

DOI: https://doi.org/10.1016/j.intimp.2024.112460

研究者プロフィール

鴨居 功樹 (カモイ コウジュ) Koju Kamoi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 講師
・研究領域
HTLV-1関連眼疾患
眼炎症、眼感染症
眼科手術

張 晶 (チョウ ショウ) Zhang Jing.                               
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 大学院生
・研究領域
HTLV-1関連眼疾患
眼炎症、眼感染症
 

大野 京子 (オオノ キョウコ) Kyoko Ohno-Matsui
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 教授
・研究領域
近視
網膜疾患
眼画像診断

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 鴨居 功樹(カモイ コウジュ)
E-mail:koju.oph[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
 

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「 生物学的製剤の投与時にHTLV-1感染の確認は必要か? 」