プレスリリース

「 共有結合型キナーゼ結合性リガンドを有する高親和性二価型Plk1阻害剤の創製 」【辻耕平 准教授】

公開日:2024.6.4
 
「 共有結合型キナーゼ結合性リガンドを有する高親和性二価型Plk1阻害剤の創製 」
― がん関連タンパク質Plk1のより深い理解を目指して ―

ポイント

  • がん関連タンパク質polo-like kinase 1 (Plk1)※1に対する高親和性二価型阻害剤を創製しました。
  • 今回開発した二価型阻害剤は、Plk1の酵素活性部位 (キナーゼドメイン)※2に不可逆的に結合するリガンド構造を有しており、非常に高い標的親和性に加え、Plk1への強固な結合を示しました。阻害剤としてだけでなく、有望な分子プローブとして、Plk1のさらなる機能解明研究への展開が期待されます。
  • これまで解明されていなかった全長Plk1の構造解析研究※3などへの応用が期待できます。
 東京医科歯科大学生体材料工学研究所メディシナルケミストリー分野の辻耕平准教授は、同分野の玉村啓和教授とともに、米国国立衛生研究所国立がん研究所ケミカルバイオロジーラボラトリーのTerrence R. Burke, Jr.博士との共同研究で、がんの増悪に関与するリン酸化酵素 (キナーゼ) の一種であるPlk1を標的とした非常に高い標的親和性を有する共有結合性二価型阻害剤を創出しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、the Intramural Research Program of the NIH, National Cancer Institute, Center for Cancer Research、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 (BINDS) の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌RSC Chemical Biologyに、2024年6月4日にオンライン版で発表されました。

図. Plk1二価型阻害剤およびPlk1のモデル構造と今後期待される成果.

研究の背景

 がんは世界中で新規診断患者、死亡者が増え続けている疾患です。新しい薬や治療法の開発が進んでいますが、その効果や副作用などは千差万別です。そのため、新たなメカニズムや標的を有する抗がん剤の開発が望まれ続けています。今回、本研究グループが標的としたPlk1は通常細胞においては有糸分裂の調整因子として重要な役割を担っていますが、がん細胞においてはその発現が亢進しており、その機能阻害が顕著な抗がん活性を示すことが知られています。そのため、抗がん剤の創薬標的として数多くの研究が進められてきましたが、未だ上市に至った薬はありません。このような背景の下、本研究グループはPlk1を標的とした阻害剤開発に取り組んでいます。

研究成果の概要

 Plk1は基質のリン酸化を行う酵素活性部位 (キナーゼドメイン) に加え、そのキナーゼドメインとの分子内タンパク質–タンパク質相互作用によりPk1の活性や局在を調整するポロボックスドメインを有します。ポロボックスドメインはPlkファミリーに特異的な領域であり、その機能阻害も酵素活性阻害同様に抗がん活性を示します。キナーゼドメインは生体内で500種類以上存在するキナーゼ間で高度に保存されているため、しばしばその選択性が問題となります。一方、ポロボックスドメインを有するPlkファミリーは現在までに5種類しか確認されていないため、酵素活性部位を標的としたキナーゼ阻害剤よりも選択性を獲得しやすいと考えられます。以前より本研究グループは、Plk1のポロボックスドメインを標的とした阻害剤の創製研究を行っており、これまでに多くの阻害剤を開発してきました。その中で、キナーゼドメインとポロボックスドメイン双方を標的とした二価型阻害剤の創出に成功しており (図中、二価型阻害剤のキナーゼドメイン結合性リガンドとしてBI2536を有する化合物)、本剤はこれまでに開発した最も高親和性の阻害剤 (図中、ポロボックスドメイン結合性リガンド) からさらに100倍高いPlk1親和性を有することを明らかにしました。本研究では、この二価型阻害剤戦略に基づき、キナーゼドメインと不可逆的な共有結合を形成するリガンド部位として真菌由来の代謝産物であるWortmanninを有する新たな二価型阻害剤を開発しました。今回開発された二価型阻害剤は以前の二価型阻害剤と同様に非常に高いPlk1親和性を有していました。さらに透析操作による遊離化合物の除去実験を行った結果、これら二価型阻害剤は単剤に比べ、強固に標的タンパク質に結合していることが明らかとなりました。

研究成果の意義

 辻准教授らが今回創出した二価型Plk1阻害剤は、標的タンパク質に対して共有結合可能なリガンド部位を有しており、非常に高いPlk1親和性を示しました。創薬研究において、標的タンパク質と阻害剤との相互作用様式の解明はその研究の進展に大きな役割を持ちます。しかし、Plk1はキナーゼドメインとポロボックスドメインをつなぐリンカードメインが非常に柔軟であり、そのため全長タンパク質の構造解析はいまだ達成されていません。本研究で得られた二価型阻害剤は阻害剤としてだけでなく、その不可逆的な共有結合の形成という結合特性から全長Plk1の構造解析に資する分子プローブとなる可能性があります。今後、これら二価型阻害剤を用いることにより、Plk1に関するさらなる研究の進展、Plk1を標的とした新たな抗がん剤の開発が期待されます。

用語解説

※1 polo-like kinase 1 (Plk1): 有糸分裂の調整を担うセリン/スレオニンキナーゼの一種である。乳がんや前立腺がんなど多くのがん細胞においてその発現が亢進している。Plk1の機能阻害は顕著な抗がん活性を示すことから抗がん剤の創薬標的として研究がなされており、臨床試験にあがっている医薬品候補化合物も開発されている。
※2 酵素活性部位 (キナーゼドメイン): リン酸化酵素 (キナーゼ) はATPを利用してその基質となるタンパク質をリン酸化する。そのため、キナーゼはATP結合部位と基質結合部位を有しており、多くのキナーゼにおいてATP結合部位は高度に保存されている。
※3 構造解析研究: X線や核磁気共鳴 (NMR)、クライオ電子顕微鏡などの分析手法を用いて、合成化合物やタンパク質、核酸またはその複合体の構造情報を得る研究分野である。標的分子と化合物の相互作用情報を可視化することにより、構造情報を基にした新たな化合物の合理的な設計が可能となる。

論文情報

掲載誌: RSC Chemical Biology

論文タイトル: Affinity enhancement of polo-like kinase 1 polo box domain-binding ligands by a bivalent approach using a covalent kinase-binding component

DOI: https://doi.org/10.1039/d4cb00031e

研究者プロフィール

辻 耕平 (ツジ コウヘイ) Tsuji Kohei
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
メディシナルケミストリー分野 准教授
・研究領域
創薬化学、ペプチド化学、ケミカルバイオロジー、有機化学
 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 生体材料工学研究所
メディシナルケミストリー分野 辻 耕平(ツジ コウヘイ)
E-mail:ktsuji.mr[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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