プレスリリース

「 2型糖尿病における唾液分泌障害にプリン受容体が関与する可能性を発見 」【渡一平 非常勤講師、小野卓史 教授】

公開日:2024.5.31
 
「 2型糖尿病における唾液分泌障害にプリン受容体が関与する可能性を発見 」
― 2型糖尿病モデルマウス顎下腺におけるP2X7受容体およびP2X4受容体の発現解析 ―

ポイント

  • 2型糖尿病(DM)の口腔内には、口渇、う蝕、口内炎、味覚障害などの合併症が現れますが、その原因は不明な点が多く治療法も確立していません。
  • DMモデルマウスにおいて、唾液腺に発現する代表的なプリン受容体である、P2X4受容体およびP2X7受容体について解析を行ったところ、DMマウスでは顎下腺P2X4受容体およびP2X7受容体の発現量の有意な増加と、導管領域の有意な減少が認められました。
  • 唾液腺P2X4受容体およびP2X7受容体機能の解明は、DMに伴う唾液分泌障害に対する新たな予防・治療法開発につながることが期待されます。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科咬合機能矯正学分野の小野卓史教授、渡一平非常勤講師およびJiratchaya Srisutha大学院生らの研究グループは、2型糖尿病(DM)モデルマウスを作製し、顎下腺における代表的なプリン受容体であるP2X4受容体およびP2X7受容体の解析を行ったところ、DMマウスでは通常マウスと比較してP2X4受容体およびP2X7受容体発現量の有意な増加が認められ、導管領域の有意な減少が認められました。本研究結果は、DMの合併症としての唾液腺障害の病態理解を深めるだけでなく、唾液分泌障害に対する新たな予防・治療法開発につながることが期待されます。この研究は、文部科学省科学研究費補助金ならびに日本矯正歯科学会100周年記念研究助成事業の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsに、2024年5月13日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 DMは、全身臓器に慢性炎症性変化を引き起こしますが、唾液腺においては組織形態学的・機能的な障害が認められ、その結果として唾液分泌量が減少して、口渇、う蝕、口内炎、味覚障害などが出現します。これらの唾液腺関連症状の病態は、DMの直接的影響のみならず、糖尿病治療薬の影響や末梢神経障害などの間接的な影響も含め、詳細は不明であり治療法も確立していません。一方、生体内でエネルギー通貨としての役割を持つATPは、ADP、AMPさらにアデノシンに分解されますが、これら一連のプリン体※1はエネルギー供給を担うと同時に、神経伝達物質としての機能も有しており、細胞膜上のプリン受容体に結合して生理作用を示すことが知られています。中でも、P2X受容体は、細胞外のATPをリガンドとする細胞膜に存在するプリン受容体で、炎症、疼痛、血管リモデリング、サイトカイン産生ならびにアポトーシス制御などの反応に関与することが報告されており、唾液腺では、シェーグレン症候群やがんの放射線治療における唾液腺組織障害や修復応答へのP2X受容体の関与が注目されています。
このような背景のもと、DMモデルマウスを作製し、顎下腺※3における代表的なP2X受容体である、P2X4受容体およびP2X7受容体について、組織・生化学的解析を行いました。

研究成果の概要

 DMが唾液腺に与える影響を検討するため、実験用マウス(C57BL/6J)を4群に分け(Fig. 1)、高脂肪食摂取と低用量ストレプトゾトシン投与を組み合わせたDMモデルマウスを作製し、通常のマウス(CON)と比較しました。

図1. DMマウスの作製手順と実験デザイン

図2. OGTT(経口糖負荷試験)


 11、13週齢にてOGTT※2を行ったところDMマウスではCONマウスに比較して、30分値、60分値が有意に増加しており、耐糖能が低下していることが確認されました(Fig. 2)。次に、DMマウスの顎下腺について組織学的解析を行ったところ、DMマウスでは顎下腺を構成する実質細胞の配列が不規則で、導管細胞の肥大化や腺房細胞の空胞化など様々な異常所見が確認され(Fig. 3a-d)、導管領域の減少がみられました(Fig. 3e)。

図3. 顎下腺HE染色と導管領域の変化

 また、顎下腺の免疫組織学的解析を行った結果、DP2X7受容体およびP2X4受容体の局在部位に違いはないものの(Fig. 4a-l)、DMマウスでは両受容体の免疫陽性強度の増加が認められました(Fig. 4m-n)。さらに、定量PCR法により発現量を測定したところ、13週齢のDMマウスではP2X7受容体の遺伝子発現量が増加していることが分かりました(Fig. 5)。

図4. 顎下腺P2X7受容体およびP2X4受容体の免疫染色と免疫陽性強度

図5. 顎下腺P2X7受容体およびP2X4受容体の定量PCR

研究成果の意義

 本研究結果は、DMの唾液腺障害にP2X4およびP2X7の両受容体が関与することを国内外で初めて示したものです。唾液腺障害による口腔関連症状はQOLを著しく低下させますが、唾液腺プリン受容体に関する機能の解明は、DMの合併症としての唾液腺障害の病態理解を深めるだけでなく、唾液分泌障害に対する新たな予防・治療法開発につながることが期待されます。

用語解説

※1プリン体・・・・・・・・分子内にアデニンやグアニンを中心としたプリン環を部分構造としてもつ生合成・代謝産物の総称。体内では細胞内の核酸の構成成分やエネルギー供給源(ATP、ADPなど)として存在する。
※2OGTT・・・・・・・・・経口ブドウ糖負荷試験(oral glucose tolerance test)。一定量のブドウ糖溶液を経口で摂取したのち、経時的に血糖値を測定して糖尿病かどうかを評価する検査。
※3顎下腺・・・・・・・・・舌の下方に左右一対存在する唾液腺。唾液を産生・分泌する唾液腺は大唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺)と小唾液腺(口腔内に多数存在)がある。全唾液の90%以上が大唾液腺から分泌されるが、顎下腺から作られる唾液が最も多いことが知られている。

論文情報

掲載誌: Scientific Reports

論文タイトル: P2X7R and P2X4R expression of mice submandibular gland in high-fat diet/streptozotocin-induced type 2 diabetes

DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-024-60519-3

研究者プロフィール

小野 卓史 (オノ タカシ) Ono Takashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
・研究領域
歯科矯正学、口腔生理学、睡眠医学
 

渡 一平 (ワタリ イッペイ) Watari Ippei                    
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 非常勤講師
・研究領域
歯科矯正学、生化学、分子生物学
 
Jiratchaya Srisutha (ジラチャヤ スリスサ)      
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 大学院生
・研究領域
歯科矯正学
 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 小野 卓史(オノ タカシ)
E-mail:t.ono.orts[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

 

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「 2型糖尿病における唾液分泌障害にプリン受容体が関与する可能性を発見 」