「 長鎖シーケンスによるヒト免疫細胞のRNAデータベースの構築 」【高地雄太 教授、稲毛純 非常勤講師】
東京医科歯科大学
京都大学
慶應義塾大学
理化学研究所
―自己免疫疾患やアルツハイマー病などの免疫関連疾患の病態解明と新規治療法開発へ新たな可能性―
ポイント
- 長らく全容が明らかでなかった免疫細胞の転写産物(RNA)の全長構造を、長鎖RNAシーケンス解析※1により網羅的に解明し、データベース(TRAILS) ※2を構築しました。
- トランスポゾン※3挿入に由来する転写産物の発見により、ヒトゲノム進化と免疫の多様性の理解が大きく前進しました。
- TRAILSを活用した解析により、自己免疫疾患※4やアルツハイマー病などの免疫が関与する多因子疾患の病態解明と新規治療法開発への道が拓けました。
研究の背景
研究成果の概要
興味深いことに、これらの新しい転写産物の多くは、ゲノムの中を動き回る「トランスポゾン」という配列の挿入が関わっていました。トランスポゾンは、免疫に関連する遺伝子に特に多く見られ、免疫システムの進化に重要な役割を果たしてきたと考えられます。トランスポゾンの挿入によって、遺伝子の構造が変化し、新しい転写産物が生み出されるのです。このように、トランスポゾンは、ヒトゲノムの多様性を生み出す原動力の一つであり、特に免疫システムの進化に大きく貢献してきたことが明らかになりました。
また、本研究では、転写産物の種類が免疫細胞によって大きく異なることも分かりました。例えば、ある免疫細胞では、ある遺伝子の特定の転写産物が多く発現しているのに対し、別の免疫細胞では、同じ遺伝子の別の転写産物が優勢だったのです。こうした違いは、それぞれの免疫細胞が特有の働きを持つことを可能にしていると考えられます。
共同研究グループは、転写産物の発現パターンの違いを生み出すメカニズムについても調べました。その結果、遺伝子の3'非翻訳領域(3'UTR)という領域の選択的な使い分けが、転写産物の発現制御に重要な役割を果たしていることが分かりました。3'UTRは、遺伝子の発現量を調節する領域で、免疫細胞の種類によって異なる3'UTRが使われることで、転写産物の発現パターンが変化するのです。このことから、免疫細胞の多様性は、遺伝子の転写後調節メカニズムによって巧妙に制御されていることが明らかになりました。
さらに、研究グループは、TRAILSを使って、関節リウマチなどの自己免疫疾患やアルツハイマー病に関係する転写産物を探し出すことにも成功しました(図2)。例えば、関節リウマチでは、SIGLEC10という遺伝子のうち、特定の転写産物の発現バランスが崩れていることが分かりました。また、アルツハイマー病に関連する遺伝子では、病気の原因になり得る新しい転写産物が見つかりました。こうした発見は、TRAILSが複雑な病気のメカニズム解明に役立つことを示しています。また、遺伝子の多様性と病気の関係をさらに詳しく調べるために、TRAILSに含まれる転写産物の情報と、ゲノムの遺伝的な変異(多型)の情報を組み合わせて解析しました。その結果、多型によって転写産物の発現パターンが変化し、病気のリスクが高まる例が見つかりました。このような解析は、病気の原因となる遺伝的な仕組みを理解するための強力な手がかりとなります。
研究成果の意義
用語解説
※1 長鎖RNAシーケンス:RNA分子の長い領域の塩基配列を決定する技術。従来の方法よりも長い配列を読むことができる。
※2 TRAILS:本研究で構築された、ヒト免疫細胞の発現遺伝子の全長構造を収録したデータベース。
※3 トランスポゾン:ゲノム中を転移する DNA配列。ゲノムの構造や機能に大きな影響を与える。
※4 自己免疫疾患:免疫システムが自分自身の細胞や組織を攻撃してしまう疾患。関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどが含まれる。
論文情報
掲載誌: Nature Communications
論文タイトル: Long-read sequencing for 29 immune cell subsets reveals disease-linked isoforms
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-024-48615-4
研究者プロフィール
稲毛 純 (イナモ ジュン) Inamo Jun
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
ゲノム機能多様性分野 非常勤講師(当時:特別研究員PD)
University of Colorado, Division of Rheumatology and Center for Health AI School of Medicine, Postdoctoral Fellow
慶應義塾大学医学部
内科学(リウマチ・膠原病)教室 特任助教
・研究領域
ゲノム医学、膠原病内科学
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
ゲノム機能多様性分野 教授
・研究領域
ゲノム医学、膠原病内科学
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
ゲノム機能多様性分野
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:y-kochi.gfd[@]mri.tmd.ac.jp
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理化学研究所 広報室 報道担当
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