「 超伝導人工原子・マイクロ波光子間の単一反射による量子ビット交換 」【越野和樹 准教授】
― 分散型超伝導量子コンピュータへのマイルストーン ―
ポイント
- 現在の量子プロセッサには数百個の量子ビットが集積されていますが、真に有用な量子コンピュータの実現には、これより桁違いに多くの量子ビットが必要です。
- マイクロ波光子を超伝導人工原子に1回だけ反射させることで、両者のもつ量子ビットの情報を交換できることを実証しました。
- この超伝導人工原子・マイクロ波光子間の量子相互作用は、複数の量子プロセッサを光子によって接続し、量子ビット数を飛躍的に増やす「分散型」量子コンピュータの実現に応用できます。
研究の背景
研究成果の概要
今回の研究では、超伝導人工原子とマイクロ波光子の間で双方向の量子状態転送が実際に起こっていることを実験的に確認しました。これまでに、超伝導人工原子からマイクロ波光子へ、あるいはマイクロ波光子から超伝導人工原子へと、一量子ビットを一方向へと転送するスキームの報告はありますが、二量子ビットを交換する双方向転送は今回初めて実証されました。
マイクロ波光子から超伝導人工原子への転送実験では、任意の始状態(β1|ωL>+β2|ωH>)にあるマイクロ波光子を基底状態|g>にある超伝導人工原子に入射し、反射後の超伝導人工原子の量子状態を測定します。本来の交換ゲートではマイクロ波として単一光子を入射しますが、本研究では微弱コヒーレント光※2パルス(平均光子数0.1程度)を入射し、反射後の超伝導人工原子状態の平均光子数依存性から単一光子入射に対する結果を推定しました。図2は6種類の入射マイクロ波状態に対する反射後の超伝導人工原子の密度行列※3を示しています。マイクロ波光子の始状態と超伝導人工原子の終状態がよく一致しており、確かに量子ビットが転送されていることを確認できます。6種類の入力状態に対する忠実度※4の平均値は0.826です。
超伝導人工原子からマイクロ波光子への転送実験は次のように行います。まず予備的に、超伝導人工原子およびマイクロ波光子の始状態を|g>および|ωL>(|e>および|ωH>)とした場合について、反射後のマイクロ波パルスの振幅ζL(ζH)を測定しておきます。次に任意の始状態 α1|g>+α2|e> に準備した超伝導人工原子に対し、単色のマイクロ波光子|ωL>(|ωH>)を入射し、反射後のマイクロ波パルスの振幅ξL(ξH)を測定します。これら4種類の出力振幅の重なり積分を計算することにより、反射後のマイクロ波光子の終状態を推定できます。図3は6種類の超伝導人工原子の始状態に対する反射後のマイクロ波光子の密度行列を示しています。超伝導人工原子の始状態とマイクロ波光子の終状態がよく一致しており、確かに量子ビットが転送されていることを確認できます。6種類の入力状態に対する忠実度の平均値は0.801です。

図1 本研究で用いたデバイス。(a)概念図。超伝導人工原子と共振器が結合しており、それぞれに導波路が結合している。ポート2から超伝導人工原子へのドライブ波を印加し、それと同時にポート1からマイクロ波光子を入射する。|0>,|1>,|2>は共振器中の光子数状態をあらわす。(b)顕微鏡写真。右下挿入図は超伝導人工原子の拡大写真。

図2 マイクロ波光子から超伝導人工原子への転送実験結果。異なる6種類のマイクロ波光子始状態に対する、超伝導人工原子終状態の密度行列(実部および虚部)を示している(正値は赤,負値は青,ゼロは点線)。各パネル右上の数字Fは転送の忠実度を表す。

図3 超伝導人工原子からマイクロ波光子への転送実験結果。異なる6種類の超伝導人工原子始状態に対する、マイクロ波光子終状態の密度行列(実部および虚部)を示している(正値は赤,負値は青,ゼロは点線)。各パネル右上の数字Fは転送の忠実度を表す。
研究成果の意義
用語解説
※1非線形LC回路
コイルとキャパシタのみから構成される通常のLC回路において、コイルを非線形インダクタであるジョセフソン接合によって置き換えた電気回路。通常のLC回路では量子化されたエネルギー準位の間隔が一定値であるが、非線形LC回路では一定にならず、人工原子としてはたらく。
※2単一光子・コヒーレント状態
光の基本粒子である光子を1個だけ含むパルスを単一光子(状態)と呼ぶ。これに対して、通常の光(電磁波)は異なる光子数の量子力学的な重ね合わせ状態にあり、コヒーレント状態と呼ばれる。
※3密度行列
量子状態をエルミート行列で表現したもの。量子ビットのように二つの状態で表される物理系の量子状態は2×2のエルミート行列として表現される。
※4忠実度
2つの量子ビット状態の近さを表す尺度。0以上1以下の実数値をとり、二つの量子ビットが完全に異なる場合に0、同じ場合に1となる。
論文情報
掲載誌: Physical Review Applied
論文タイトル: Bidirectional state transfer between superconducting and microwave-photon qubits by single reflection
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.21.054049
研究者プロフィール
越野 和樹 (コシノ カズキ) Koshino Kazuki
東京医科歯科大学 教養部
物理学分野 准教授
・研究領域
量子デバイス理論
猪股 邦宏 (イノマタ クニヒロ) Inomata Kunihiro
産業技術総合研究所
量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター 量子デバイス計測チーム チーム長
・研究領域
超伝導量子回路実験
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学教養部
越野 和樹 (コシノ カズキ)
E-mail:kazuki.koshino[@]osamember.org
産業技術総合研究所 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター
猪股 邦宏 (イノマタ クニヒロ)
E-mail:kunihiro.inomata[@]aist.go.jp
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