「 抜歯後の矯正学的な歯の移動の局所加速化現象へのSDF-1の関与を発見 」【石田雄之 助教】
公開日:2024.4.19
「 抜歯後の矯正学的な歯の移動の局所加速化現象へのSDF-1の関与を発見 」
― SDF-1を薬理学的ターゲットとした効率的な矯正歯科治療法開発に期待 ―
― SDF-1を薬理学的ターゲットとした効率的な矯正歯科治療法開発に期待 ―
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ポイント
- 抜歯を伴う矯正歯科治療において、抜歯後の周囲歯槽骨では、局所的に骨形成・骨吸収の代謝プロセスが促進され、隣接する歯の移動が一時的に加速する現象が知られています。本研究ではモデルラットにおいて、この現象の詳細を解明しました。
- 本研究では、抜歯後の代謝活性化プロセスにおける細胞走化性ケモカインSDF-1※1が抜歯後の局所的な歯の移動加速化現象に関与していることを国内外で始めて証明しました。
- 今後、SDF-1を薬理的なターゲットとした効率的な矯正歯科治療法の開発が期待されます。
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科咬合機能矯正学分野の小野卓史教授、石田雄之助教およびDuangtawan Rintanalert大学院生らの研究グループは、抜歯後の周囲歯槽骨の代謝活性化現象において、歯の移動時に破骨細胞集積に関連する細胞走化性ケモカインSDF-1が重要な役割を果たしている可能性に着目し、SDF-1の中和モノクローナル抗体※2を局所投与することによりその役割について解析しました。その結果、抜歯後周囲歯槽骨における炎症反応が抑制され、破骨細胞の集積は減少し、矯正力による歯の移動量が減少することを明らかにし、抜歯後の歯槽骨における局所的骨代謝活性化現象にSDF-1が関連することを発見しました。この研究は文部科学省科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Scientific Reportsオンライン版に、2024年2月29日に発表されました。
研究の背景
抜歯を伴う矯正歯科治療においては、抜歯処置後の一定期間、抜歯部位周囲の歯は効率的に動くことが知られています。骨折や抜歯のような組織損傷では、周囲組織で起こる生理的な治癒機転やリモデリングが加速することから、その作用を利用し、歯槽骨や歯肉に意図的に損傷を与え歯の移動を加速する治療法に応用されていますが、その代謝活性化の詳細なメカニズムについてはいまだ解明されていません。したがって、矯正歯科治療に伴う抜歯の際に起こる代謝活性化現象のメカニズムを理解し、その作用を応用して歯を効率的に移動することは、治療効率を最大化するために有用であるといえます。
今回、研究グループが着目したSDF-1は、幹細胞の維持とその誘導に重要なケモカインとして知られており、近年、矯正学的な歯の移動時に、SDF-1とその受容体であるCXCR4が、局所への破骨細胞集積に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。本研究では、SDF-1の活性を特異的・効率的にブロックすることができる抗SDF-1モノクローナル中和抗体を使用して、抜歯後の歯槽骨における代謝活性化現象におけるSDF-1の役割を検証するため、モデルラットを使用して検討を行いました。
今回、研究グループが着目したSDF-1は、幹細胞の維持とその誘導に重要なケモカインとして知られており、近年、矯正学的な歯の移動時に、SDF-1とその受容体であるCXCR4が、局所への破骨細胞集積に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。本研究では、SDF-1の活性を特異的・効率的にブロックすることができる抗SDF-1モノクローナル中和抗体を使用して、抜歯後の歯槽骨における代謝活性化現象におけるSDF-1の役割を検証するため、モデルラットを使用して検討を行いました。
研究成果の概要
研究グループは、ラット上顎第一臼歯の抜歯窩に第二臼歯を移動する対照群ラットの移動側では、移動方向と方向を同じくする圧迫側歯根膜内のSDF-1発現が、非移動側に比べ増強することを明らかにしました。(図1)
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さらに、抜歯直後の周囲歯槽骨にSDF-1の働きを阻害する抗SDF-1モノクローナル中和抗体を投与し、歯の移動量および破骨細胞数を解析したところ、抜歯後の中和抗体投与群では、対照群・アイソタイプ抗体投与群と比較して、圧迫側の歯根膜周囲のTRAP陽性細胞数が減少するとともに、歯の移動量も減少しました。(図2, 3)
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さらに、研究グループは、歯槽骨組織に対するmRNA発現解析を行いました。その結果、中和抗体投与群において、他の群と比較して、初期炎症に関連する炎症サイトカインIL−1β、破骨細胞分化および骨代謝に関連するRANKLおよびOPG、ならびにSDF-1/CXCR4軸に関連するSDF-1およびCXCR4が減少しました。(図4)
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研究成果の意義
本研究は、抜歯窩の治癒過程において、歯槽骨の代謝活性が亢進し歯の移動が加速する現象に着目し、SDF-1が、抜歯後の歯槽骨への破骨細胞集積に関与していること、またSDF-1活性をモノクローナル中和抗体で抑制することにより、局所の歯槽骨代謝が抑制され歯の移動量が減少することを世界で初めて明らかにしました。このことは、矯正力による歯の移動に際し、抜歯直後の歯槽骨の代謝活性化現象をコントロールするための分子標的としてSDF-1が重要である可能性を示唆しています。今後、SDF-1の局所的な活性化・非活性化を薬理的に行うことができれば、効率的な歯の移動が可能となり、治療期間の短縮やより精度の高い矯正歯科治療法の開発のきっかけとなることが期待されます。
用語解説
※1SDF-1・・・・・・・・間質細胞由来因子-1(Stromal delivered factor 1)とは、免疫応答や炎症における重要な役割を果たす低分子量タンパク質であるケモカインの一種で、様々な組織で発現される。造血系細胞や間葉系細胞に対する誘因作用をもち、病態形成や血管新生、免疫応答などさまざまな役割を持つことから薬剤標的として注目されている。
※2中和モノクローナル抗体・・・・・・・・病原体や物質の表面にあるにタンパク質の構造に結合し、その病原体や物質の生物学的な影響を中和することで、感染性や機能を失わせる作用のある抗体のうち、ただ一種類の抗体産生細胞から産生される均一の抗体。特定の目標にのみ結合するため、医薬品として期待されている。
※2中和モノクローナル抗体・・・・・・・・病原体や物質の表面にあるにタンパク質の構造に結合し、その病原体や物質の生物学的な影響を中和することで、感染性や機能を失わせる作用のある抗体のうち、ただ一種類の抗体産生細胞から産生される均一の抗体。特定の目標にのみ結合するため、医薬品として期待されている。
論文情報
掲載誌: Scientific Reports
論文タイトル: SDF‑1 involvement in orthodontic tooth movement after tooth extraction
研究者プロフィール
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小野 卓史(オノ タカシ) Ono Takashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
・研究領域
歯科矯正学、口腔生理学、睡眠医学
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石田 雄之(イシダ ユウジ) Ishida Yuji
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 助教
・研究領域
歯科矯正学、核酸医薬、骨代謝
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Duangtawan Rintanalert(ドゥアンタワン リンタナラート)
Chulalongkorn University Faculty of Dentistry, Department of Orthodontics,
TMDU-CU Joint Degree Program大学院生
・研究領域
歯科矯正学
Chulalongkorn University Faculty of Dentistry, Department of Orthodontics,
TMDU-CU Joint Degree Program大学院生
・研究領域
歯科矯正学
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 小野 卓史(オノ タカシ)
E-mail: t.ono.orts[@]tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail: kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。