「 ホモ・サピエンスに特徴的な頭蓋底形態に寄与するゲノム変化を解析 」【船戸紀子 准教授】
― ネアンデルタール人から変化したヒト染色体22q11.2領域の一塩基多型※1 ―
ポイント
- 絶滅したヒト属から現生人類への進化に、ゲノムDNAの変化が機能上どのような意味をもっているのか、今、強い関心が寄せられています。
- ヒトの頭蓋底の形態の進化に、TBX1遺伝子の発現を調節するゲノムの変化があった可能性をつきとめました。
- 細胞のゲノム編集を用いて一塩基多型の解析を行った上で、TBX1の発現程度に相関する頭蓋底と脊椎の形態の違いを解析しました。
- Tbx1遺伝子改変マウスの形態解析を通じて、TBX1を原因遺伝子の1つとするディジョージ症候群(22q11.2 欠失症候群)の病態解明も期待できます。
研究の背景
2022年のノーベル生理学・医学賞を受賞されたSvante Pääbo博士らにより、ヒトの祖先の全ゲノム配列が決定されました。ホモ・サピエンスが今から約50万年前にネアンデルタール人から分岐する過程で、どのような「ゲノムの変化(バリアント※3)」が起きたかということも明らかとなり、ヒトの祖先に由来する塩基配列が機能上どのような意味をもっているかに、今、強い関心が寄せられています。ゲノムDNAの数%は、タンパク質の設計図となる「遺伝子」の領域(コード領域※4)ですが、その残りはタンパク質の設計図とはならない非コード領域※5であり、遺伝子発現のオンとオフを決定する「調節領域」の配列も含まれています。このような配列をもつ領域には「転写因子」と呼ばれるタンパク質が結合し、遺伝子の発現過程である「転写」を調節します。ホモ・サピエンスの特徴に関わるゲノムの変化が非コード領域に存在する場合、バリアントの役割を特定することは容易ではありません。
研究成果の概要
まず、「ヒトの頭蓋底の形態の進化にゲノムの変化が関わった」との仮説を立て、ホモ・サピエンスと絶滅したヒト属との間で異なる可能性がある遺伝子をスクリーニングした結果、頭蓋底の発生に関連する13個の候補遺伝子を特定しました。その遺伝子群の中には、頭蓋底の蝶後頭軟骨結合の発生に重要な役割を持つTBX1遺伝子が含まれていました。そこで、TBX1遺伝子が存在する染色体22q11.2のバリアント群をコンピューターにより解析し、その結果、非コード領域の一塩基多型rs41298798に着目しました。細胞のゲノム編集により、rs41298798を含む41塩基の領域が、染色体22q11.21に存在する遺伝子群の発現量に関与していることがわかりました。さらに、rs41298798の現生人類の塩基配列では、転写因子E2F1が塩基配列特異的に機能した結果、ヒト祖先の塩基配列の場合と比較してTBX1の発現レベルが上昇することを見出しました。TBX1は、ディジョージ症候群(22q11.2 欠失症候群)の原因遺伝子の1つであり、Tbx1遺伝子改変マウスでは、ディジョージ症候群と類似する頭蓋底や脊椎の形態が観察されました。さらに、TBX1の発現程度に相関する頭蓋底や脊椎の形態の違いが、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人との間でも認められました。
以上のことから、TBX1の発現レベルを調節するゲノムの変化が、現生人類に認められる頭蓋底や脊椎の形態に寄与した可能性があると考えられます。
研究成果の意義
用語解説
※1 一塩基多型:ゲノムDNA配列を構成する1つの塩基(ヌクレオチド)が、異なる他の一塩基に置き換わる現象。SNP(スニップ)とも呼ばれる。
※2 蝶後頭軟骨結合:頭蓋底にある軟骨結合の1つ。胎児期から思春期まで頭蓋底の成長に関与する。
※3 バリアント:ゲノムDNA配列の塩基配列に生じるゲノムの変化。一塩基の変化を表す一塩基多型から、塩基配列の挿入や欠失、同じ配列の繰返しなど様々なタイプを含む。
※4 コード領域:ゲノムDNA配列の中で、タンパク質のアミノ酸配列をコードしている領域。コーディング領域。
※5 非コード領域:ゲノムDNA配列の中で、タンパク質をコードしていない領域。ノンコーディング領域。
論文情報
掲載誌: The American Journal of Human Genetics
論文タイトル: A regulatory variant impacting TBX1 expression contributes to basicranial morphology in Homo sapiens
DOI: https://doi.org/10.1016/j.ajhg.2024.03.012
研究者プロフィール
船戸 紀子 (フナト ノリコ) Funato Noriko
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
シグナル遺伝子制御学分野 准教授
・研究領域
頭蓋顎顔面に関わる発生および疾患の分子病態
Arja Heliövaara
Cleft Palate Craniofacial Center, Department of Plastic Surgery,
Helsinki University, Associate Professor
Cedric Boeckx
Catalan Institute for Advanced Studies and Research;
Section of General Linguistics, University of Barcelona; University of Barcelona Institute for Complex Systems;
University of Barcelona Institute of Neurosciences, Professor
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
シグナル遺伝子制御学分野 船戸 紀子 (フナト ノリコ)
E-mail:noriko-funato[@]umin.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。