プレスリリース

「 ROCK 阻害薬はHTLV-1ぶどう膜炎の続発緑内障に有効である 」【鴨居功樹 講師】

公開日:2024.4.11
「 ROCK 阻害薬はHTLV-1ぶどう膜炎の続発緑内障に有効である 」
― HTLV-1ぶどう膜炎で生じる高眼圧に対するROCK阻害薬の検証―

ポイント

  • HTLV-1感染症は、世界保健機関(WHO)からTechnical Reportが発刊されるなど、全世界で取り組むべき重要な感染症と位置付けられています。
  • HTLV-1はHTLV-1ぶどう膜炎を引き起こし、また高頻度に続発緑内障が生じ、不可逆的な視機能低下が起こるため、適切な治療薬が求められていました。
  • ROCK阻害薬はHTLV-1ぶどう膜炎の続発緑内障に有効であることを in vitroで示しました。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野の鴨居功樹(かもい こうじゅ)講師、大野京子教授、楊明明大学院生、宗源大学院生、張晶大学院生、鄒雅如大学院生の研究グループは、ROCK阻害薬がHTLV-1ぶどう膜炎の続発緑内障に有効であることをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、厚生労働科学研究難治性疾患政策研究事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業、ならびに武田科学振興財団ハイリスク新興感染症研究助成の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌International Journal of Molecular Sciencesに、2024年3月12日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 HTLV-1※1は世界保健機関(WHO)からTechnical Reportが発刊されるなど、全世界で取り組むべき重要な感染症と位置付けられています。HTLV-1感染者は世界で3000万人以上、日本で100万人前後存在し、成人T細胞白血病、HTLV-1関連脊髄症、HTLV-1ぶどう膜炎など、ヒトに疾患を引き起こします。
 近年、我々は眼科学的見地から、HTLV-1関連疾患は1) 母子感染だけでなく、水平感染でも発症すること(Kamoi et al. Lancet Infec Dis. 2021)、2) バセドウ病患者ではプロウイルスロード(感染細胞率)が低値であっても発症すること※3(Kamoi et al. Lancet 2022)を発見し、HTLV-1感染症に新たなパラダイムがもたらされました。
 これらの発見の経緯から、現在HTLV-1が引き起こす眼の炎症であるHTLV-1ぶどう膜炎は注目されていますが、そのHTLV-1ぶどう膜炎は高頻度で続発緑内障※2を引き起こし、不可逆的な視覚障害をきたします。そのため、適切な治療薬が求められていました。

研究成果の概要

 研究グループは、これまでに、HTLV-1ぶどう膜炎の続発緑内障の発症機序として、病態に関わる線維柱帯細胞※3が、眼内(前房)に浸潤したHTLV-1細胞に接触することでHTLV-1に感染し、線維柱帯細胞の形態変化、サイトカイン※4による局所炎症、ケモカイン※5による浸潤細胞の誘導によって、房水流出障害が生じることを示しました(Zong Y et al. Front Microbiol 2022)。一方で、これまでHTLV-1ぶどう膜炎の続発性緑内障に対する適切な薬剤は明らかではありませんでした。そこで、我々は、Rhoキナーゼ(ROCK)※6阻害剤に着目し、治療薬として有効であるかin vitroで検討しました。
 眼細胞である線維柱帯細胞とHTLV-1感染細胞を用いてHTLV-1ぶどう膜炎の続発緑内障の環境を模した実験系を構築し、ROCK阻害薬(リバスジル)の効果について検討しました。その結果、ROCK阻害薬は、HTLV-1に感染した線維柱帯細胞において、プロウイルスロードに影響を与えない一方で、F-actin※7とfibronectin※8を減少させ、形態の改善に寄与することが示されました(図1)。

図1. ROCK 阻害薬によるF-actinとfibronectinの変化
ROCK阻害薬投与により、蛍光強度・タンパク発現量の測定から、F-actinとfibronectinの減少が確認される

 また、HTLV-1 感染によって誘発される局所炎症に対するROCK阻害薬の効果を解析した結果、ROCK阻害薬によって炎症性サイトカインやケモカインを抑制することが明らかになりました(図2)。
 これらの結果から、ROCK阻害薬は、HTLV-1ぶどう膜炎の続発緑内障における房水流出障害を改善する効果があると考えられます。

図2. ROCK 阻害薬投与による炎症性サイトカインやケモカインの変化.
HTLV-1ぶどう膜炎の続発緑内障モデルの実験系において、HTLV-1による炎症に関連した炎症性サイトカイン、ケモカインの減少がみられる

研究成果の意義

 HTLV-1ぶどう膜炎は高頻度に続発緑内障が生じるため、その病態機序に即した適切な治療薬が求められていました。ROCK阻害薬(リバスジル)はすでに緑内障治療薬として上梓されていますが、HTVL-1感染者においては早期から積極的に使用することが、視機能を守るために有益である可能性を、本研究により示唆されました。

用語解説

※1 HTLV-1: Human T-cell Lymphotropic (Leukemia) Virus type-1の略。世界保健機関(WHO)をはじめ、世界中から注目を集めている感染症。成人T細胞白血病、HTLV-1関連脊髄症、HTLV-1ぶどう膜炎など、ヒトに疾患を引き起こす。
※2 続発緑内障: ぶどう膜炎など、他の眼疾患に続いて、眼圧が上昇する緑内障。視野に欠損が生じる。
※3 線維柱帯細胞: 眼圧の調節に重要な役割を果たす細胞。
※4 サイトカイン: 細胞から分泌され、細胞の増殖や分化などに関与する。
※5 ケモカイン: 白血球の遊走と活性化に関わるサイトカイン。
※6 Rhoキナーゼ(ROCK): 細胞の形態変化、遊走、遺伝子発現など、様々な生理機能に関与する酵素。
※7 F-actin: 細胞骨格を形成するタンパク質。
※8 fibronectin: 細胞を取り巻き存在し、生体組織を支持、細胞増殖・分化などに関与する。
 

論文情報

掲載誌: International Journal of Molecular Sciences

論文タイトル: Ripasudil as a Potential Therapeutic Agent in Treating Secondary Glaucoma in HTLV-1-Uveitis: An In Vitro Analysis

DOI: https://doi.org/10.3390/ijms25063229

研究者プロフィール

鴨居 功樹 (カモイ コウジュ) Koju Kamoi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 講師
・研究領域
HTLV-1関連眼疾患
眼炎症、眼感染症
眼科手術
 

楊明明 (ヨウ メイメイ) Yang Mingming                               
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 大学院生
・研究領域
HTLV-1関連眼疾患
眼炎症、眼感染症
 

大野 京子 (オオノ キョウコ) Kyoko Ohno-Matsui
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 教授
・研究領域
近視
網膜疾患
 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 鴨居 功樹(カモイ コウジュ)
E-mail:koju.oph[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp
 

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