プレスリリース

「 胎生期・発達期の栄養環境と唾液腺インクレチンの関連性をはじめて発見 」【渡一平 助教】

公開日:2024.3.27
「 胎生期・発達期の栄養環境と唾液腺インクレチンの関連性をはじめて発見 」
― 母体の高脂肪食摂取が唾液腺を介して子の糖代謝に影響を与える可能性 ―

ポイント

  • インクレチンとは、食物摂取に伴い消化管から分泌され、膵臓に作用してインスリン分泌を促進する消化管ホルモンであり、GIP、GLP-1の2つが代表的なインクレチンとして知られていましたが、唾液腺におけるインクレチンの役割は不明でした。
  • 高脂肪食摂取母体由来の出生仔(雄、10週齢)では、顎下腺GLP-1発現の有意な増加が認められました。一方、GIPについては、高脂肪食摂取の母体由来の出生仔(雄、3週齢)において、顎下腺GIP発現が有意に低下していました。
  • 唾液腺インクレチン機能の解明は、糖尿病の新たな予防・治療法開発へとつながることが期待されます。
 東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科咬合機能矯正学分野の小野卓史教授と渡一平助教および Pornchanok Sangsuriyothai大学院生らの研究グループは、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科硬組織生化学分野の井上カタジナアンナ助教、Srinakharinwirot大学のSaranya Serirukchutarungsee講師らとの共同研究で、胎生期・発達期ラットにおける栄養環境の変化が唾液腺におけるインクレチン発現に影響を与え、高脂肪食摂取母体由来の出生仔(雄、10週齢)では顎下腺GLP-1発現が有意に増加し、高脂肪食摂取母体由来の出生仔(雄、3週齢)では顎下腺GIP発現が有意に低下していることを明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに日本矯正歯科学会100周年記念研究助成事業の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Frontiers in Physiologyに、2024年 3月 26日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 妊娠・授乳期の偏った栄養摂取状態は、糖尿病をはじめとして母体のその後の健康状態に深刻な悪影響を及ぼすのみならず、新生児にとっても生涯にわたって様々な健康被害が生じることがわかってきました。いわゆるDOHaD仮説※1より、胎生期から発達期にかけての健康・栄養状態が、成人期以降の糖尿病や心血管疾患をはじめとした各種疾患リスクに関連すること明らかにされています。母体の低栄養状態が引き起こす次世代の健康被害に関する疫学調査から展開されてきたDOHaD研究ですが、近年は世界的な過体重や肥満人口の急激な増加により、栄養過多に伴う新生児の長期的な各種疾患発症リスクに関する知見が集積されつつあります。
 食物摂取に伴い消化管から分泌され、膵β細胞に作用してインスリン分泌を促進するホルモンであるインクレチンには、glucose-dependent insulinotropic polypeptide (GIP)とglucagon-like peptide-1 (GLP-1)の2つが存在し、GIPは十二指腸のK細胞、GLP-1は上部小腸のL細胞でそれぞれに産生・分泌され、血中に移行します。先行研究よりラット唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺)においてGIPとGLP-1の双方が産生・分泌されることが報告されていますが、唾液腺におけるインクレチンの役割はまだよく知られていません。このような背景のもと、研究グループは、Wistarラットを用いた動物実験系において、妊娠・授乳期の母獣および離乳後の出生仔に高脂肪食を継続摂取させた際の顎下腺インクレチン発現への影響を、組織・生化学的解析手法によって検討しました。

研究成果の概要

 研究グループは、Wistarラットを用いて妊娠・授乳期に通常食または高脂肪食を摂取させた母獣から出生した仔(雌雄)に離乳後も通常食または高脂肪食を摂取させて、経時的に体重、食餌量、カロリー摂取量および空腹時血糖を測定したところ、高脂肪食を摂取させた出生仔では雌雄ともに食餌量は減少したものの、体重、カロリー摂取量は有意に増加していました。一方、生後52日雌性出生仔を除いて、高脂肪食と通常食を摂取した出生仔(雌雄)の空腹時血糖について有意な差は認められませんでした。(Fig. 1)

Fig. 1 高脂肪食および通常食を摂取した出生仔(雌雄)の体重、食餌量、カロリー摂取量、空腹時血糖の変化

 次に、出生前から通常食または高脂肪食を摂取したラット(雌雄)の顎下腺に発現するインクレチン(GLP-1、GIP)について、免疫組織学的手法により解析を行ったところ、高脂肪食を摂取した生後10週齢雄の顎下腺に発現するGLP-1は有意に増加していました。(Fig. 2) 一方、通常食または高脂肪食を摂取したラット(雌雄)に発現するGIPについては、有意な差は認められませんでした。(Fig. 3)

Fig. 2 顎下腺GLP-1免疫染色と発現量比較  Fig. 3 顎下腺GIP免疫染色と発現量比較

 さらに、顎下腺でのGLP-1およびGIPについて定量PCR法を用いて発現量を調べたところ、高脂肪食を摂取した3週齢雄出生仔では発現するGIPmRNA量が有意に低下し、高脂肪食を摂取した10週齢雄性出生仔では発現するGIPmRNA量が有意に増加していました。(Fig. 4)

Fig. 4 顎下腺GLP-1およびGIPの定量PCR

研究成果の意義

 本研究結果は、胎生期・乳児期の栄養環境が、唾液腺インクレチン発現に影響を与えることを国内外で初めて示したものです。DOHaD仮説※1のもと、妊娠・授乳期の栄養摂取状態は出生子の健康状態、とりわけ糖代謝に長期的な悪影響を与える可能性が示唆されていますが、この耐糖能異常は唾液腺インクレチンを介しても惹起される可能性があり、唾液腺インクレチン機能の解明は、糖尿病の新たな予防・治療法開発へとつながることが期待されます。

用語解説

※1 DOHaD仮説:胎生期や出生後の環境因子が、成人期以降の健康や疾病の罹患リスクに影響を与えるという仮説。

論文情報

掲載誌: Frontiers in Physiology

論文タイトル: Expression of glucagon-like peptide-1 and glucose-dependent insulinotropic polypeptide in the rat submandibular gland is influenced by pre- and post-natal high-fat diet exposure.

DOI: https://doi.org/10.3389/fphys.2024.1357730

研究者プロフィール

小野 卓史(オノ タカシ) Ono Takashi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 教授
・研究領域
歯科矯正学、口腔生理学、睡眠医学
 

渡 一平(ワタリ イッペイ) Watari Ippei                    
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 助教
・研究領域
歯科矯正学、生化学、分子生物学
 

Pornchanok Sangsuriyothai(ポーンチャノク セーンスリヨータイ)      
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 大学院生
・研究領域
歯科矯正学
 



 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
咬合機能矯正学分野 小野 卓史(オノ タカシ)
E-mail:t.ono.orts[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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