プレスリリース

深層生成モデルを活用した細胞共局在ネットワーク解析ツール「DeepCOLOR」を開発【島村徹平 教授】

公開日:2024.2.22
国立大学法人東京医科歯科大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
深層生成モデルを活用した細胞共局在ネットワーク解析ツール「DeepCOLOR」を開発
細胞間コミュニケーションの全体像解明から、創薬・疾患の超早期予測への応用にも期待

ポイント

  • 深層生成モデル※1を活用して空間トランスクリプトームデータから一細胞レベルでの共局在解析を行う手法、DeepCOLOR(ディープカラー)を開発。
  • 多様な組織内で近接する細胞集団の同定や細胞間コミュニケーションの分子機構の推定が可能。
  • 細胞間コミュニケーション※2の包括的な全体像の解明により、疾患の超早期段階からの予測、創薬標的の探索や治療法開発への応用が期待。
 国立がん研究センター研究所計算生命科学ユニットの小嶋泰弘独立ユニット長(東京医科歯科大学難治疾患研究所計算システム生物学分野連携研究員)、東京医科歯科大学難治疾患研究所計算システム生物学分野の島村徹平教授(名古屋大学大学院医学系研究科システム生物学分野特任教授)、名古屋大学大学院医学系研究科腫瘍病理学・分子病理学分野の三井伸二准教授、榎本篤教授、同大学院医学系研究科皮膚科学分野の秋山真志教授らの研究グループは、生体組織内の細胞間共局在関係※3を解析するための画期的な情報解析手法「DeepCOLOR」を開発しました。
 この手法は、一細胞トランスクリプトームデータと空間トランスクリプトームデータを統合し、深層生成モデルの枠組みを利用して、生体組織内の細胞間ネットワークを一細胞解像度で分析することを可能にする技術です。本解析手法をマウスの脳組織、ヒトの扁平上皮癌サンプル、SARS-CoV-2に感染したヒトの肺組織のデータに適用し、細胞間の共局在関係を網羅的に解析することにより、組織内で近接する細胞集団の同定や、細胞間コミュニケーションの分子機構の推定が可能となりました。
 細胞間コミュニケーションの理解は、細胞応答や疾患、組織の生物学的機能研究において不可欠です。DeepCOLORは、一細胞トランスクリプトームデータを用いて、細胞の組織内空間分布を復元し、一細胞レベルの共局在解析を実現することに成功しました。本解析手法は、細胞間コミュニケーションの分子メカニズムに関する網羅的なデータに基づく仮説の提案を可能にし、疾患の超早期段階からの予測や新規の創薬標的の探索に役立つと期待されます。
 本研究成果は、国際学術誌「Cell Systems」に2024年2月21日にオンライン掲載されました。

研究の背景

 近年、シングルセルRNAシークエンス※4の登場により、疾患の根底にある複雑な細胞集団の理解が進んでいます。この技術では、網羅的に計測される個々の細胞の遺伝子発現プロファイル※5を基にして、生体組織内の細胞タイプの分類だけでなく、個々の細胞の状態を調べることができます。しかし、一細胞トランスクリプトーム解析※6では、細胞の位置情報が失われ、細胞間コミュニケーション用と病気の進行におけるそれらの役割を理解するのが難しいという問題がありました。一方、空間トランスクリプトーム解析※7技術の進歩により、位置情報が附置された網羅的な遺伝子発現プロファイルを用いて、細胞の局所的な環境を詳細に特徴づけることが可能になりました。しかしながら、現行の主流の空間トランスクリプトーム解析技術では、一細胞レベルでの詳細な細胞状態の空間分布を正確に捉えることが難しいのが現状です。この問題に対して、これまでの情報解析手法は、細胞集団の空間分布を推定し、細胞集団間の共局在関係の分析を可能にしてきましたが、一細胞レベルでの共局在関係を明らかにすることはできませんでした。

研究成果の概要

 本研究において、一細胞レベルでの共局在解析を実現し、微小環境内の細胞間コミュニケーションを解明するための革新的な技術「DeepCOLOR」を開発しました。DeepCOLORは、一細胞トランスクリプトーム解析から得られる一細胞レベルでの遺伝子発現プロファイルと、空間トランスクリプトーム解析から得られる組織内分布を組み合わせ、細胞間の共局在関係を明らかにする深層生成モデルです。このモデルは、ニューラルネットワークを用いて、潜在的な細胞状態から組織内の各細胞の空間分布への割り当てを学習し、それに基づき細胞の空間的な配置を推定します。マウスの脳データセットへの適用では、推定された遺伝子発現プロファイルが元のデータと高い相関性を示し、データ統合の正確性を確認しました。さらに、DeepCOLORは神経細胞のサブタイプ※8の解剖学的な分布を特定し、脳構造に一致する細胞クラスタ間の共局在関係を推定しました。性能評価のためのシミュレーションデータでは、既存手法よりも高い推定精度を示しました。扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)データセットでは、腫瘍細胞と線維芽細胞間の共局在関係を特定し、INHBA(inhibin subunit beta A)遺伝子の高発現など特徴的な遺伝子発現パターンを明らかにしました。この共局在する線維芽細胞のシグネチャスコアは、扁平上皮癌患者の予後と関連していることが示されました。SARS-CoV-2データセットへの適用では、COVID-19の重症化に関連する肺胞型II細胞と他細胞間の相互作用を同定しました。

研究成果の意義

 一細胞レベルでの細胞間コミュニケーションの解析は、疾患の進行メカニズムの解明、及び革新的な治療標的の発見に不可欠です。将来的には、この先進的な解析手法を多様な空間トランスクリプトームデータに適用することで、幅広い病態における細胞間コミュニケーションとその分子機構が解明されることが期待され、これは新規の創薬標的の探索や効果的な疾患治療法の開発に大きく寄与するでしょう。さらに、これまでに類を見ない深いレベルでの細胞間コミュニケーションのダイナミクスを捉えることにより、生命科学に対する理解が一層深まることが期待されます。この解析手法は、今後は、様々な解像度の空間トランスクリプトームや広範な一細胞オミクスデータにも、この解析手法を応用していく予定です。実現すれば、異なる分子層や一細胞の共局在ネットワークを通じた組織間コミュニケーションの包括的な全体像の解明が可能となり、生物学及び医学分野における画期的な知見と、疾患の超早期段階からの予測や治療法の発見に大いに貢献することでしょう。

図1 DeepCOLORの概要

用語解説

※1深層生成モデル
深層学習によりデータの生成過程を記述した確率モデル。近年、一細胞トランスクリプトーム解析への応用が進んでいる。

※2細胞間コミュニケーション
細胞同士が直接接触したり、あるいはある細胞がシグナル分子を放出してそれを別な細胞が受信し応答したりすることで、細胞間で情報を交換し合うプロセスのこと。このプロセスは、細胞の機能調節、成長、分化、および生存に不可欠であり、多細胞生物において組織や器官が協調して機能するために重要である。

※3共局在関係
異なる細胞が物理的に同一の組織内部位に位置すること。この関係は、細胞内の機能的な相互作用やシグナル伝達の研究において重要で、細胞の働きや病態の理解に役立つ。

※4シングルセルRNAシークエンス
一細胞ごとの区別をつけた状態でRNA分子の網羅的なシークエンシングを行うことにより、細胞ごとの遺伝子発現量の網羅的な定量化を行う手法。

※5遺伝子発現プロファイル
特定の細胞、組織、または生物全体での遺伝子発現のパターンを示すデータのこと。このプロファイルは、RNAやタンパク質の量の測定により、どの遺伝子がオン(活性化)またはオフ(非活性化)になっているか、どの程度発現しているかを示す。これにより、生物学的過程、疾患の状態、薬物の影響など、さまざまな条件下での細胞の挙動を理解することができる。

※6一細胞トランスクリプトーム解析
細胞ごとの遺伝子発現パターンを明らかにする技術。細胞間の微妙な違いを把握し、生物学的多様性を理解するために用いられる。

※7空間トランスクリプトーム解析
転写産物の網羅的な発現の解析を各転写産物の組織内における空間的コンテキストを保ったまま行う技術。普及技術においては、一細胞レベルの解像度となっていないため、シングルセルRNAシークエンスとの統合解析が重要となる。

※8神経細胞のサブタイプ
神経細胞(ニューロン)は、その機能や形態、位置によって多様なサブタイプに分類される。

研究助成

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)(課題番号20H04281、20K22839、22H04839、22H04925、23H04938c)、日本医療研究開発機構(AMED)(課題番号JP22ama221215、JP22ama221501、JP22ek0109488、JP23wm0325068、JP22wm0425007、JP23tm0424226)、科学技術振興機構(JST) ムーンショット型研究開発事業(目標2)(課題番号JPMJMS2025)および戦略的創造研究推進事業(課題番号JPMJAX20AB)、産業技術総合研究所(AIST) AI橋渡しクラウド(ABCI)、東京大学ヒトゲノム解析センターのスーパーコンピュータシステムSHIROKANE等の支援を受けて行いました。

論文情報

掲載誌:Cell Systems

論文タイトル:Single-cell colocalization analysis using a deep generative model

DOI:https://doi.org/10.1016/j.cels.2024.01.007

研究者プロフィール

小嶋 泰弘 (コジマ ヤスヒロ) Kojima Yasuhiro
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
計算システム生物学分野 連携研究員
国立がんセンター研究所
計算生命科学ユニット 独立ユニット長
・研究領域
バイオインフォマティクス、データ科学、人工知能
島村 徹平 (シマムラ テッペイ) Shimamura Teppei
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
計算システム生物学分野 教授
名古屋大学 大学院医学系研究科
システム生物学分野 特任教授
・研究領域
システム生物学、バイオインフォマティクス、データ科学、人工知能

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学難治疾患研究所
計算システム生物学分野 島村 徹平(シマムラテッペイ)
E-mail:shimamura.csb[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

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E-mail:jstkoho[@]jst.go.jp

<JST事業に関すること>
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科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
E-mail:moonshot-info[@]jst.go.jp
 

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