プレスリリース

「 原発性硝子体網膜リンパ腫の予後に関わる臨床的因子が判明 」【吉藤康太 助教】

公開日:2024.1.31
「 原発性硝子体網膜リンパ腫の予後に関わる臨床的因子が判明 」
―中枢神経領域への進展と全生存に関わるリスク因子が明らかに―

ポイント

  • 希少疾患である原発性硝子体網膜リンパ腫の中枢神経領域への進展と全生存に対するリスク因子が明らかになりました。
  • 中枢神経領域への進展の予防に大量メトトレキサート(※1)療法が有用である可能性が示唆されました。
  • 原発性硝子体網膜リンパ腫の治療層別化の一端を担う研究となりました。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 血液内科学分野の長尾俊景講師、吉藤康太助教、本村鷹多朗大学院生および眼科学分野の高瀬博病院教授らの研究グループは、原発性硝子体網膜リンパ腫の中枢神経領域への進展に関与する臨床的因子を探索する研究を行い、診断時に両眼にリンパ腫病変があることおよび硝子体液でのフローサイトメトリー法(※2)でB細胞のクローナリティーが検出されることがリスク因子であること、大量メトトレキサート療法を完遂することがリスクを減らす因子であることを明らかにしました。また、大量メトトレキサート療法を完遂することが全生存率を改善させることも明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費助成事業の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌British Journal of Haematology(ブリティッシュ ジャーナル オブ ヘマトロジー)に、2023年12月22日にオンライン版で発表されました。

研究の背景

 原発性硝子体網膜リンパ腫は、硝子体、網膜、視神経に病変が限局し、脳や髄膜などの中枢神経領域や全身に病変が認められない、稀な悪性腫瘍ですが、近年発生率は増加しています。
治療は、眼球内のがん細胞の根絶を目的として、局所療法としてメトトレキサートなど抗がん剤の眼内注射や放射線療法が行われます。また、その後の中枢神経領域への進展の予防を目的として、全身治療として大量メトトレキサート療法を中心とした化学療法が行われることもありますが、最適治療は定まっておらず、依然中枢神経領域への進展率は高い状態です。また、原発性硝子体網膜リンパ腫は稀な疾患であることから、これまで中枢神経系への進展や生存に対するリスク因子に関する報告は限られていました。
こうした背景から、原発性硝子体網膜リンパ腫患者の予後を改善するためには、中枢神経領域への進展に関与している因子を同定する必要があると考えられました。
 今回、研究グループは、中枢神経領域への進展と予後に関連する臨床的な因子を同定するために、東京医科歯科大学病院で原発性硝子体網膜リンパ腫と診断し治療された患者を対象に、後方視的に解析を行いました。

図1.原発性硝子体網膜リンパ腫は、中枢神経領域への進展率が高く、予後不良な悪性リンパ腫である

研究成果の概要

 東京医科歯科大学病院で2002年から2022年までに原発性硝子体網膜リンパ腫と診断され、治療を受けた患者54例を対象に後方視的解析を行いました。追跡期間の中央値は28.5ヵ月(範囲2-159)でした。リンパ腫診断時の年齢中央値は72.5歳(範囲 43-84)でした。眼病変は片側が22例、両側が32例でした。全例にかすみ目、視力低下、飛蚊症といった眼科的症状がみられました。
 全患者に対して、まずは、病変側に400 μg/100 μLのメトトレキサートを毎週、繰り返し眼内注射する治療を、病変が消失するまで行われました。54人の患者のうち、24人は局所療法に続いて大量メトトレキサートの全身療法が行われました。大量メトトレキサートの全身投与を行うかどうかは、各患者の全身状態と併存疾患に基づいて決定されました。大量メトトレキサート療法は、3.5 mg/m2を隔週で計5サイクル投与しました。副作用などで治療継続困難な場合は、医師の判断で中止されました。24人中20人(83.3 %)の患者が5サイクルを完了し、残りの4人は途中で中止されました。中止理由は、腎障害、悪心、肝障害、意識障害がそれぞれ1例ずつでした。
 中枢神経領域への進展の5年累積発生率は78.0 %でした。中枢神経領域への進展に関与する臨床的因子を探索したところ、診断時の両側性病変とフローサイトメトリー解析におけるB細胞クローナリティーの検出がリスク因子として同定されました。また、予防的な大量メトトレキサート療法を完遂することは、中枢神経領域への進展を抑制する因子でした (図2)。
 全生存については、5年生存率は69.0 %でした。大量メトトレキサート療法を完遂した患者は、残りの患者と比較して、有意に良好な転帰をたどりました(図3)。
 

図2.中枢神経領域への進展に関与する因子

図3.高用量メトトレキサート療法の完遂による全生存への影響

研究成果の意義

 原発性硝子体網膜リンパ腫において、両側性病変、フローサイトメトリーでのB細胞のクローナリティーの検出、大量メトトレキサート療法の全身投与完遂という3つの独立した因子が中枢神経系への進展に関連する因子として同定されました。ただし、全例に大量メトトレキサート療法を実施すべきか、また、さらに他の薬剤と組み合わせたより強い治療を行うべきかなど、さらなる検討が必要です。今回のこれらの臨床的な因子の同定は、新たな予後予測モデルの構築に活用できると期待されます。今後、これらの臨床的因子と合わせて網羅的な遺伝子解析による遺伝子異常の検討を行うことで、原発性硝子体網膜リンパ腫患者の予後の層別化が行われ、患者ごとの治療戦略の最適化につながる可能性があると考えられます。

用語解説

※1フローサイトメトリー・・・・・・・・悪性リンパ腫の診断の際に使用する検査方法の一つです。増殖した腫瘍細胞の表面形質を明らかにし、診断確定に補助的に用いられます。
※2メトトレキサート・・・・・・・・核酸合成に必要な葉酸を枯渇させ、腫瘍細胞の増殖を止め、死滅させる薬剤です。高用量で用いると脳血液関門を通過することから、悪性リンパ腫では特に中枢神経系原発悪性リンパ腫の治療に用いられます。

論文情報

掲載誌:British Journal of Haematology

論文タイトル:Clinical factors for central nervous system progression and survival in primary vitreoretinal lymphoma

DOI:https://doi.org/10.1111/bjh.19266

研究者プロフィール

長尾 俊景 (ナガオ トシカゲ) Toshikage Nagao
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
血液内科学分野 講師 
・研究領域
悪性リンパ腫
高瀬 博 (タカセ ヒロシ) Hiroshi Takase
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
眼科学分野 講師・病院教授 
・研究領域
ぶどう膜炎、悪性リンパ腫
吉藤 康太 (ヨシフジ コウタ) Yoshifuji Kota
東京医科歯科大学病院 医系診療部門 内科系診療領域 血液内科 助教
・研究領域
悪性リンパ腫、造血幹細胞移植
本村 鷹多朗 (モトムラ ヨウタロウ) Yotaro Motomura
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
血液内科学分野 大学院生 
・研究領域
悪性リンパ腫



 

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学病院 医系診療部門 内科系診療領域 血液内科 助教
吉藤 康太(ヨシフジ コウタ)
E-mail:yoshhema[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「原発性硝子体網膜リンパ腫の予後に関わる臨床的因子が判明」