「がんの進展に伴う血管内皮細胞の変容(内皮間葉移行)を検出できるマーカーを発見」【高橋和樹 連携研究員、小林美穂 助教、渡部徹郎 教授】
― がん微小環境を標的とした新規がん治療法の開発に期待 ―

ポイント
- がん微小環境に豊富に存在するトランスフォーミング増殖因子(TGF-β)※1が誘導する内皮間葉移行(EndoMT)※2の中間段階(Partial EndoMT)を検出できる実験系を開発し、CD40※3がPartial EndoMTの特異的マーカーであることを見出しました。
- 226名のがん患者の腫瘍組織を用いたシングルセルRNAシークエンシング解析により、がん微小環境においてPartial EndoMT段階にある細胞集団を検出し、CD40がこの細胞集団において高発現していることをつきとめました。
- EndoMTはがんなど様々な疾患の進展に重要な役割を果たすため、本研究成果によりEndoMTが関与する疾患の新たな治療法の開発への応用が期待できます。
研究の背景

図1 Partial EndoMTはがんの進展・転移に重要な役割を果たし、治療の標的となる
EndoMTの中間段階(Partial EndoMT)において内皮細胞はバリア機能を失うことで、がん細胞の血管内侵入と血管外浸出が亢進し、血管新生が誘導される。Partial EndoMTは間葉系細胞の形質を獲得したFull EndoMTの手前の段階であるため特異的に発現する因子はEndoMTを制御している可能性があり、治療の標的となるが、これまでPartial EndoMTを識別する方法がなかった。
研究成果の概要

図2 EndoMT移行段階を識別する実験系を用いてPartial EndoMTの性質を有する細胞群を同定した
(A)EndoMTの移行状態を識別するEndoMTレポーターマウスからEndoMTレポーター細胞を樹立した。(B)TGF-βで刺激したEndoMTレポーター細胞をVEGFR2(内皮細胞マーカー)とSMA-GFP(間葉系細胞マーカー)の発現を指標にFACS分画することで解析した。TGF-β無処理の細胞におけるVEGFR2+:SMA-GFP-の細胞画分を「内皮細胞(EC)」とし、TGF-β処理の細胞におけるVEGFR2+:SMA-GFP-の細胞画分を「TGF-β刺激した内皮細胞(Tβ-EC)」、VEGFR2+:SMA-GFP+の細胞画分を「Partial EndoMT(Partial)」、VEGFR2-:SMA-GFP+の細胞画分を「Full EndoMT(Full)」として遺伝子発現解析を施行した。

図3 Partial EndoMT特異的マーカーとしてCD40を同定した
(A, B)EndoMTの移行とともに段階的にVEGFR2の発現が減少し(A)、αSMAの発現が上昇する(B)ことが見出された。(C-E)Partial EndoMTの特異的マーカーとして同定されたCD40の発現がTβ-ECにおいて最も高く、EndoMTの進行とともに低下することがmRNA(C)とタンパク質(FACS解析の定量化:D, E)レベルで明らかとなった。

図4 ヒト腫瘍組織においてもPartial EndoMTの性質を持つ細胞集団が同定された
(A)10種類・226名の固形がん患者の腫瘍組織のシングルセルRNAシークエンシングデータを再解析して得られたUMAP。855,271個の細胞を遺伝子発現の類似性をもとに49個のクラスターに分類したところ、内皮細胞のクラスター群と間葉系細胞(CAF)のクラスター群とともに、Partial EndoMTのクラスターが同定された。(B)血管内皮細胞のマーカーであるPECAM-1の発現と間葉系細胞のマーカーであるαSMAの発現をViolin plotにより検討したところ、それぞれ内皮細胞のクラスター群と間葉系細胞(CAF)のクラスター群に加えて、Partial EndoMTのクラスターにおいても発現していた。また、今回Partial EndoMT特異的マーカーとして同定したCD40の発現はPartial EndoMTのクラスターにおいてのみ観察された。(C)疑時系列解析により、腫瘍組織において、血管内皮細胞がPartial EndoMTの性質を持つ細胞を経由して、CAFへと変容していることが観察された。
研究成果の意義

図5 本研究の成果
EndoMTレポーター細胞を用いた本実験系は、EndoMT移行段階を検出・分取できる初の解析システムである。この実験系により、EndoMTは段階的に起こっていることが証明され、Partial EndoMT特異的なマーカーとしてCD40を同定した。
用語解説
※2内皮間葉移行(endothelial-mesenchymal transition:EndoMT)・上皮間葉移行(epithelial-mesenchymal transition:EMT):それぞれ、内皮細胞や上皮細胞の特性を保つための遺伝子の発現が低下して周囲細胞との細胞接着機能を失うと同時に、間葉系細胞に特徴的な遺伝子の発現が上昇することで遊走・浸潤能を獲得することにより、内皮細胞・上皮細胞が間葉系様細胞に分化転換すること。個体の発生においては弁形成(EndoMT)や中胚葉形成・神経管形成(EMT)などの重要な役割を果たしているが、疾患の発症にも強く関連している。
※3 CD40(Cluster of differentiation 40):B細胞や樹状細胞、血管内皮細胞などに発現する腫瘍壊死因子受容体(Tumor Necrosis Factor Receptor)ファミリーの1つ。CD40は、T細胞に発現するCD40リガンド(CD40L)と相互作用することで、B細胞の増殖や樹状細胞の成熟などを引き起こす。血管内皮細胞において発現するCD40は血管新生やアテローム性動脈硬化症等の発症に重要な役割を果たす。
※4 腫瘍血管新生:腫瘍が成長するためには栄養と酸素を供給して老廃物・代謝産物を運び出すことが必要であり、腫瘍内への新しい血管の侵入、すなわち血管新生が必要となる。血管新生は血管内皮増殖因子(VEGF)などにより制御され、腫瘍内に侵入した新生血管はがん細胞の遠隔臓器への転移の主要経路となる。
論文情報
掲載誌:Cancer Science
論文タイトル:CD40 is expressed in the subsets of endothelial cells undergoing partial endothelial–mesenchymal transition in tumor microenvironment
DOI:https://doi.org/10.1111/cas.16045
研究者プロフィール

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 連携研究員
東京大学生産技術研究所
機械・生体系部門 日本学術振興会特別研究員
・研究領域
がん生物学、生化学、血管生物学

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 助教
・研究領域
血管生物学、細胞生物学、生化学

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 教授
・研究領域
がん生物学、血管生物学、生化学
問い合わせ先
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
病態生化学分野 渡部 徹郎 (ワタベ テツロウ)
E-mail: t-watabe.bch[@]tmd.ac.jp
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