プレスリリース

「震災被害は健康格差を拡大させなかった」【木野志保 講師】

公開日:2023.11.22
「震災被害は健康格差を拡大させなかった」
― 社会的サポートが上手く機能したか ―

ポイント

  • 災害は、社会経済的要因による健康格差を拡大させる可能性があることが知られています。
  • しかし、2011年の東日本大震災およびそれに伴う津波被害は、高齢者における健康格差の既存のパターンを拡大させていなかったことが明らかになりました。
  • 社会経済的に不利な立場にある人々のグループを対象に、より多くのリソースを選択的に提供することで、震災後の健康格差の拡大を軽減することができた可能性が示唆されました。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野の木野志保講師と相田潤教授の研究グループは、ハーバード大学、千葉大学との共同研究で、2011年の東日本大震災およびそれに伴う津波の被害を受けた地域で、震災による大きな被害を免れた地域と比較して、高齢者の健康格差が拡大したかどうかを検証しました。その結果、2011年の東日本大震災およびそれに伴う津波被害は、高齢者における健康格差の既存のパターンを悪化させていなかったことが明らかになりました。本研究成果は、国際科学誌International Journal of Disaster Risk Reductionにて、発表されています。

研究の背景

 災害は、曝露の差(例えば、社会経済的に不利な集団は心的外傷後ストレスに曝露されやすい)や脆弱性の差(社会経済的に不利な集団は心的外傷後ストレスによる健康被害を受けやすい)により、社会経済的要因による健康格差を拡大させる可能性があることが知られています。研究グループは、2011年の東日本大震災およびそれに伴う津波の被害を受けた地域で、震災による大きな被害を免れた地域と比較して、高齢者の健康格差が拡大したかどうかを検証しました。

研究成果の概要

 本研究では、2011年の東日本大震災および津波による災害で直接被害を受けた地域在住の高齢者コホート(岩沼研究)と直接被害を受けなかった自治体の高齢者コホート(岩沼市を除く日本老年学的評価研究)のデータを使用しました。それぞれのコホートから2010年(震災の7ヶ月前)に参加者から震災前の情報を収集し、2013年、2016年、2019年(震災の2.5年後、5.5年後、8.5年後)に震災後の情報を収集しました。アウトカムは抑うつ症状(GDS)と手段的日常生活動作(IADL)を用いました。絶対的な格差を評価する指標である格差勾配指数(Slope Index of Inequality)および相対的な格差を評価する指標である格差相対指数(Relative Index of Inequality)を用いて、社会経済的要因による健康格差の震災前と震災後の傾向を調べ、大きな被害を受けた岩沼市(曝露群)とそれ以外の地域(対照群)における健康格差の震災前後の変化を比較する差分の差分法を用いた分析を行いました。
 その結果、健康格差の大きさは、格差勾配指数でも格差相対指数でも、震災後に変化していなかったことがわかりました。このように、2011年の東日本大震災およびそれに伴う津波被害は、高齢者における健康格差の既存のパターンを悪化させていなかったことが明らかになりました。

研究成果の意義

 災害後、コミュニティ内の社会経済的要因による健康格差に変化がないという予想外の結果が得られた理由の一つとして、震災後に被災者を支援するための住居の提供、経済的支援、医療へのアクセスなどの政府と地方自治体の取り組みが、社会経済的要因に関わらず、すべての集団に行き渡っていた可能性が考えられます。たとえば、家屋が倒壊した被災者は、行政・地方自治体が用意した応急仮設住宅に住むか、アパートを借りるための支援を受けることができ、経済的支援に関しては、被災者は被災の程度に応じて災害見舞金、住宅再建支援金、税金の免除などを受けることができ、さらに災害後一定期間は医療費が全額免除されました。社会経済的に不利な立場にある人々のグループには、より大きなニーズがあることから、これらのグループを対象に、より多くのリソースを選択的に提供する努力がなされていました。このように、必要性に応じてリソースを選択的に絞り込むことで、震災後の健康格差の大きさを軽減することができた可能性が示唆されました。

謝辞

 本研究はアメリカ国立衛生研究所、JSPS科研、厚生労働科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療開発機構(AMED)、OPERA、革新的自殺研究推進プログラム、笹川スポーツ財団助成金、健康・体力づくり事業財団助成金、千葉県民保健予防財団助成金、8020推進財団助成金、新見公立大学助成金、明治安田厚生事業財団助成金、国立研究開発法人国立長寿医療研究センター長寿医療研究開発費などの支援を受けて行われました。

論文情報

掲載誌:International Journal of Disaster Risk Reduction

論文タイトル: Do disasters exacerbate socioeconomic inequalities in health among older people?

DOI:https://doi.org/10.1016/j.ijdrr.2023.104071

研究者プロフィール

木野 志保 (キノ シホ) Kino Shiho
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
健康推進歯学分野 講師(キャリアアップ)
・研究領域
社会疫学、口腔保健学、社会福祉学

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
健康推進歯学分野 木野志保 (キノ シホ)
E-mail:shiho.kino.ohp[@]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。

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