プレスリリース

「LRBA複合体はリサイクリングエンドソームにおいてAQP2を活性化し尿量を調節する」【安藤史顕 助教】

公開日:2023.11.8
「 LRBA複合体はリサイクリングエンドソームにおいてAQP2を活性化し尿量を調節する 」
― 様々なタンパク質のリサイクルを司るLRBAの詳細な役割を解明 ―

ポイント

  • 本研究ではマウス腎臓の細胞内小胞※1を精製するために新たな密度勾配遠心法※2を確立し、超解像顕微鏡や近接ライゲーションアッセイといった最新の手法を組み合わせることで、生体内のタンパク質の細胞内局在を今までにない微細なレベルで定量的に解析しました。
  • 研究グループは、腎臓において尿量の調節に関わるAQP2水チャネルとLRBAが普段はリサイクリングエンドソーム※3と呼ばれる細胞内小胞に待機し、いざ私たちの体が脱水に陥るとLRBAが瞬時にAQP2の機能をONに切り替え、脱水の進行を防ぐために尿量を減少させることを明らかにしました。
  • LRBAはAQP2以外にも細胞内小胞から細胞膜へ輸送される様々なタンパク質の活性を制御することが知られており、腎臓におけるLRBAの局在や役割の詳細を解明することで、腎外組織におけるLRBA機能の解明にもつながることが期待されます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の原悠特任助教、柳川英輝大学院生、安藤史顕助教、内田信一教授らの研究グループはLRBA複合体が腎臓における尿濃縮に果たす分子学的な役割をつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、東京医科歯科大学次世代研究者育成ユニット、東京医科歯科大学重点研究領域、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人持田記念医学薬学振興財団、公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団の支援のもとでおこなわれたもので、その研究結果は、国際科学誌 The Journal of Physiologyに、2023年10月20日にオンラインで発表されました。

研究の背景

 「塩加減が味の決め手」と言われるように、和食の汁物は水と塩の繊細なバランスの上に成り立っています。私たちの体においても水と塩のバランスは細胞の機能の維持に必須であることから非常に厳密に保たれており、体内の水分がわずかにでも不足すると尿から水の排出を抑制するために抗利尿ホルモンであるバゾプレシンが腎臓集合管※4へ作用し、迅速に尿が濃縮されます。このしくみには、アクアポリン2水チャネル (AQP2)を介した尿から体内への水の再吸収が重要な役割を果たしています。研究グループは以前LRBAとプロテインキナーゼA(PKA)※5の複合体がAQP2の機能をONにして、それにつづく尿濃縮に必須の役割を果たすことを報告しました。しかし、なぜLRBAは体内の水と塩のバランスに応じて機敏にAQP2の機能をONにできるのか不明でした。

研究成果の概要

 研究グループはAQP2の様々な細胞内小胞における局在を定量的に評価するために、既存の密度勾配遠心法を応用し、マウス腎臓の細胞内小胞をきれいに取り出して定量的に評価できるようにしました(図1)。さらに超解像顕微鏡法・免疫電子顕微鏡法・近接ライゲーションアッセイなどの手法を駆使して、今までにない微細なレベルでAQP2とLRBAの細胞内局在を明らかにしました。

(図1) 細胞内小胞の分離のイメージ
サンプルの事前処理を工夫して、様々な細胞内小胞をきれいに分離して取り出す。

 バゾプレシンの刺激がない状態(体内の水分が充足した状態)を模したマウスモデルでは、AQP2はリサイクリングエンドソームとよばれる細胞内小胞に待機しており、バゾプレシンの刺激の入ったマウス(脱水状態を模した状態)ではAQP2が細胞膜へ移動することがわかりました。一方でLRBAはバゾプレシン刺激の有無に関わらず常にリサイクリングエンドソームに存在することから、体内の水分が不足した場合に備えて常にLRBAとAQP2はリサイクリングエンドソームに待機していることがわかりました(図2左)。
 次に、LRBA欠損マウスにおけるAQP2の局在を検討しました。その結果、バゾプレシン刺激下においてもAQP2は細胞膜に移動することができず、リサイクリングエンドソームに留まることがわかりました(図2右)。これはLRBA-PKA複合体がAQP2のリサイクリングエンドソームから細胞膜への移動に必須であることを示しています。

(図2) 腎臓集合管でのLRBA複合体の役割
LRBA複合体とAQP2はリサイクリングエンドソームで近接して待機しており、体内が水分不足になると直ちにLRBA複合体がAQP2の機能をONにすることで体内の水恒常性を厳密に維持している。

研究成果の意義

AQP2研究の歴史は古く、AQP2やその制御分子の局在はin vitro(培養細胞を用いた実験)であきらかにされてきましたが、in vivo(生体を用いた実験)でのAQP2の正確な局在は示されてきませんでした。本研究では、密度勾配遠心法・超解像顕微鏡・免疫電子顕微鏡・近接ライゲーションアッセイを組み合わせることで、はじめてマウス腎臓におけるAQP2とLRBAの詳細な局在を明らかにすると共に、LRBAがもつAQP2の新たな制御機構を解明しました。今回用いた手法は様々な臓器や組織の研究に用いることができ、AQP2やLRBA以外のタンパク質の局在解析にも応用が可能です。LRBAは免疫チェックポイント分子であるCTLA-4などの重要なタンパク質の輸送にも関わっており、腎臓におけるLRBAの詳細な役割が明らかになったことで、LRBA研究のさらなる発展につながることが期待されます。

用語解説

※1 細胞内小胞・・・細胞の中にある膜に包まれた袋状の構造。小胞は細胞膜などの他の構造と融合や分離をすることで膜タンパクや小胞内の物質を輸送することができる。

※2 密度勾配遠心法・・・異なる濃度のスクロースなどの溶媒を積み重ねて用いることで、異なる大きさや形の粒子を分離する方法。

※3 リサイクリングエンドソーム・・・細胞膜上の膜タンパク質が細胞に取り込まれ、また再び細胞の表面にもどされることをリサイクルという。リサイクリングエンドソームは様々な細胞内小胞のうちリサイクルに重要な役割を持つ。

※4腎臓集合管・・・腎臓ではまず原尿とよばれる非常に薄い尿がつくられ、原尿は尿細管とよばれる管を通る間に水などが再吸収されて最終的に濃い尿となる。集合管は尿細管の最後の部分であり、バゾプレシンに応答して最終的な尿量を決定する。

※5LRBAとプロテインキナーゼA(PKA)・・・PKAは他のタンパク質をリン酸化するタンパク質の一種であり、リン酸化されたタンパクのもつ機能をONにしたりOFFにしたりする役割をもつ。LRBAはPKAと結合しており、足場タンパク質としてPKAをAQP2の近くに近接して配置する役割がある。

論文情報

掲載誌:The Journal of Physiology

論文タイトル:LRBA signalosomes activate vasopressin-induced AQP2 trafficking at recycling endosomes

DOI:https://doi.org/10.1113/JP285188

研究者プロフィール

原 悠 (ハラ ユウ) Yu Hara
東京医科歯科大学病院 血液浄化療法部
特任助教
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送

柳川 英輝(ヤナガワ ヒデキ) Hideki Yanagawa
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 大学院生
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送
安藤 史顕 (アンドウ フミアキ) Fumiaki Ando
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 助教
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送

 
内田信一 (ウチダ シンイチ) Shinichi Uchida
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 教授
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 氏名 安藤 史顕(アンドウ フミアキ)
E-mail:fandkidc[at]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[at]tmd.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[at]の部分を@に変えてください。

関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「LRBA複合体はリサイクリングエンドソームにおいてAQP2を活性化し尿量を調節する」