「ウイルス由来の遺伝子が脳のカビ感染防御に機能する」【石野史敏 非常勤講師】
― 哺乳類における自然免疫系※1の強化 ―
ポイント
- 機能不明であったレトロウイルス※2由来のRTL9/SIRH10※3遺伝子が、脳内でカビ(真菌)感染防御に重要な機能を果たしていることをつきとめました。
- 哺乳類は過去の感染によりゲノム内に挿入したレトロウイルスのGAG※4由来の遺伝子群を再利用して、細菌、ウイルスだけでなくカビに対しても新しい防御機能を獲得したことが明らかになりました。
- 脳への真菌感染は非常に重篤な疾患を引き起こします。この遺伝子が標的遺伝子として新規治療法開発への応用が期待できます。
- 自然免疫は動物界に広く存在する機構ですが、生物進化の過程で哺乳類に独自の機能が加わっていることがわかりました。
研究の背景
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図1 RTL/SIRH遺伝子群の哺乳類における機能
赤点線が、今回、新たに解明されたRtl9/Sirh10遺伝子の機能。水色は正式の遺伝子名。
Toll-like 受容体(TLR)を中心とした自然免疫システムは、カビや細菌、ウイルスなど異なる病原体に対応した免疫反応の誘導に機能しており、広く動物界に保存されています。RTL9/SIRH10および昨年報告のRTL5/SIRH8、RTL6/SIRH3の研究は、哺乳類がウイルス由来のGAG遺伝子を、異なる病原体に対する感染防御に再利用することで、自然免疫システムに独自の防御機能を強化したことを明らかにしました。
研究成果の概要
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図2 RTL9-mCherryタンパク質の新生仔脳での発現
左:KIマウス脳では、中脳領域を中心に発現が見える(赤い蛍光)。右: 野生型コントロールの脳。 AQ: 中脳水道、Ht: 視床下部、IC: 下丘、PAG: 中脳水道周囲灰白質、PC:後交連、SC:上丘、CSC, CIC:上丘、下丘交連、Th: 視床
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図3 ミクログリア細胞でのRTL9の発現(左)とリソゾームマーカーとの局在(右)
左:新生仔脳から培養したミクログリア細胞でのRTL9の発現、右:RTL9CmCはLysoTraker(リゾゾームのマーカー)と局在が一致する。N: 細胞核、Transmission: 透過像
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図4 脳におけるzymosanの分解反応
この図では、左右の半球面(2つ)におけるzymosanの自家蛍光シグナル(緑)の強度変化を示している。上: Rtl9CmCノックインマウスでは60分でシグナルは激減する。下: Rtl9 ノックアウトマウスでは、72分後でもシグナル強度はほぼ変わらない。
研究成果の意義
用語解説
※2 レトロウイルス:RNAを遺伝情報とするRNAウイルスの仲間。逆転写酵素を持ち、1本鎖RNAに含まれる遺伝情報を2本鎖DNAに変換し、宿主細胞のゲノムに入り込む性質を持つ。それらは内在性レトロウイルスと呼ばれヒトゲノムのおよそ9%を占めている。
※3 RTL9/SIRH10: GAGに似たタンパク質をコードするRTL/SIRH (retrotransposon Gag-like/sushi-ichi retrotransposon homolog) 遺伝子の一つ。X染色体上に存在する。
※4 GAG:レトロウイルスの粒子を作る構造タンパク質をコードする遺伝子。group specific antigenの略。GAGタンパク質はタンパク質分解酵素で3つに分解され、マトリクス、ヌクレオキャプシド、キャプシドとして機能する。
※5 syncytin: レトロウイルスが感染して細胞に侵入するために使っているENV遺伝子を再利用し、胎仔毛細血管を覆うためのシンシチオトロホブラスト細胞の融合に機能する遺伝子(Mi et al., Nature 2000)。胎仔毛細血管は胎盤での母親と胎仔の血液で酸素と栄養の交換反応を行う場所で、融合したシンシチオトロホブラスト細胞は、母親と胎仔血が混ざらないためバリアーとして機能している。
※6 PEG10: 胎盤には胎盤にしか存在しない各種のトロホブラスト細胞が存在するが、トロホブラスト細胞が分化するために必要な機能を有し、Peg10をノックアウトすると胎盤自体の形成が行われない(Ono et al., Nat Genet 2006)。胎盤の胎仔毛細血管の維持にも必須な機能を持つ(Shiura et al., Development 2021)。
※7 PEG11/RTL1: 胎盤の胎仔毛細血管の維持に必須な機能を持つ(Sekita et al., Nat Genet 2008)だけでなく、鏡-緒方症候群、テンプル症候群の原因遺伝子として、筋肉や脳機能にも重要な働きを持つ(Kitazawa et al., Development 2020, Genes Cells 2021)。 ※6~※7の詳細については以下のホームページ参照 from Chance Event to Necessity 偶然から必然へhttp://mammalian-specific-genes.med.u-tokai.ac.jp/
※8 ミクログリア細胞:脳脊髄などの中枢神経系を構成するグリア細胞の一つ。脳内で唯一の免疫細胞として自然免疫機構に機能する。卵黄嚢から発生し、骨髄に由来するマクロファージと起源が異なる。
※9 RTL5/SIRH8: GAGに似たタンパク質をコードするRTL/SIRH遺伝子の一つ。X染色体上に存在し、599個のアミノ酸からなる強酸性のタンパク質を作る。
※10 RTL6/SIRH3: GAGに似たタンパク質をコードするRTL/SIRH遺伝子の一つ。常染色体上に存在し、243個のアミノ酸からなる極塩基性のタンパク質を作る。
※11 ノックイン(KI)マウス:標的遺伝子に特定の突然変異や外来遺伝子などを入れたマウス。本研究では蛍光タンパク質を作るmCherry遺伝子を標的遺伝子の後ろに繋ぎ、蛍光を発する融合タンパク質を作らせることで、標的遺伝子の発現時期や部位を明らかにするために使われる。
※12 ノックアウト(KO)マウス:標的遺伝子を破壊したマウス。標的遺伝子が作るタンパク質が欠失したときに起こる様々な異常から、標的遺伝子の生体内での機能を推測するために使われる。
論文情報
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
論文タイトル:Retrovirus-Derived RTL9 Plays an Important Role in Innate Antifungal Immunity in the Eutherian Brain
DOI:https://doi.org/10.3390/ijms241914884
研究者プロフィール
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東京医科歯科大学 名誉教授
統合研究機構 非常勤講師
・研究領域:分子生物学、分子発生学、エピジェネティクス
哺乳類の個体発生と進化
![](/files/topics/60924_ext_05_48.png)
東海大学 客員教授
・研究領域:分子生物学、ゲノム生物学
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学統合研究機構
石野 史敏(イシノ フミトシ)
E-mail:fishino.epgn[at]mri.tmd.ac.jp
<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[at]tmd.ac.jp
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