プレスリリース

高額医療費集団169万人の全国規模データに基づく慢性疾患の併存パターンの解明

公開日:2023.10.19
慶應義塾大学
東京医科歯科大学
川崎医科大学
全国健康保険協会
 
高額医療費集団169万人の全国規模データに基づく慢性疾患の併存パターンの解明
―協会けんぽによる「外部有識者を活用した委託研究事業(第1期)」の成果報告-

 
 全国健康保険協会(協会けんぽ※1)は、2020年度より加入者約4, 000万人分の匿名化された健診・レセプト※2データを分析できる環境を、外部有識者に提供する委託研究事業を開始しました。本研究事業を通して、慶應義塾大学スポーツ医学研究センターの勝川史憲教授、同大学大学院健康マネジメント研究科の山内慶太教授、東京医科歯科大学M&Dデータ科学センターの髙橋邦彦教授、川崎医科大学医学部の神田英一郎教授らの研究グループは、高額医療費集団169万人のデータに基づくマルチモビディティ※3のパターンを明らかにしました。協会けんぽのデータを用いた先行研究はこれまで支部単位の報告がほとんどで、全国規模のデータベースを用いた本研究事業による論文報告は本研究グループが初めてとなります。
 本研究成果は複雑な病態であるマルチモビディティを理解する一助となり、今後の健康施策において重点を置くべき病態を検討する上で役立つことが期待されます。
本研究成果は、国際科学誌PLoS Oneに、2023年9月28日にオンラインで発表されました。

研究の成果

  • 年間医療費が上位10%の患者集団(高額医療費集団:医療費全体の約6割を占める)では95.6%の人がマルチモビディティに該当することを解明した
  • 高血圧症、糖尿病、脂質異常症を同時に併発した広義のメタボリックシンドローム※4が7つのパターンに分類され、全集団の31.8%を占めることを明らかにした
  • 患者数・医療費ともに多いメタボリックシンドロームの重症化予防の重要性を改めて示唆するものである

研究背景

 日本では保険証があれば医療機関を自由に選ぶことができ、窓口での一部負担金だけで診療や薬の給付など必要な医療サービスを平等に受けることができます。保険料については被保険者と事業者が折半して支払っていますが、近年では賃金に比して医療費が年々増加しており、各医療保険者の財政を圧迫している状況にあります。このため、医療保険制度を持続させる観点では、医療費が高額となる疾病を予防するような対策が必要です。医療費を増加させる原因の一つとして、個人に2つ以上の慢性疾患が併存している状態を示すマルチモビディティが近年国際的に注目されています。しかし、マルチモビディティに関する国内の先行研究は欧米諸国と比較して少なく、日本人におけるマルチモビディティの実態はこれまでよく分かっていませんでした。そこで本研究では、日本人就労世代の高額医療費集団に特徴的なマルチモビディティ・パターンを明らかにしました。

研究の概要

 本研究では、2015年度に協会けんぽに加入していた18歳以上65歳未満の被保険者16,989,029名の内、医療費が上位10%にあたる1,698,902名(高額医療費集団:医療費全体の約6割を占める)を解析対象としました。高額医療費集団に特徴的なマルチモビディティ・パターンの検討には潜在クラス分析※5という手法を用い、出現頻度の高い疾病コード(68病名)に基づいて30パターンに分類しました。
 医療費が上位10%の集団では、95.6%の人がマルチモビディティに該当していました。マルチモビディティ・パターン別の年間総医療費(円)と一人当たりの年間医療費(円)を確認したところ、糖尿病、高血圧症、脂質異常症を合併した広義のメタボリックシンドロームを含むパターンは7種類に分類され、それらの合計医療費は全体の約3割を占めました。一人当たりの医療費でみると、腎臓病のパターンが最も高額でした。

図1 マルチモビディティ・パターン別の年間総医療費と一人当たりの年間医療費

図2 7種類のメタボリックシンドローム・パターンにおける各疾病の有病率

 性別・年代別に30パターンの内訳を確認したところ、男性では30代でメタボリックシンドロームのパターンに分類される者の割合が20%を超え、その割合は50代以降では半数以上になりました。女性では40代までは、周産期の病名や月経前症候群のような疾病を中心とする女性特有のパターンに分類される者が半数近くを占めていましたが、50代以降ではメタボリックシンドロームや運動器疾患のパターンに分類される者が増えていました。

図3 性別・年代別にみたマルチモビディティ・パターンの内訳

研究成果の意義

 患者数・医療費ともに多いメタボリックシンドロームの重症化予防の重要性が改めて示唆されました。
 今回解析に用いたレセプト病名は必ずしも実際の病態を反映しないケースもあるため、結果の解釈については注意が必要ですが、将来的な医療費を抑制する観点では就労世代であってもマルチモビディティの予防が重要であることが示唆されました。本研究成果は、複雑な病態であるマルチモビディティを理解する一助となり、今後の健康施策やプライマリ・ケアにおける治療方針を検討する上で役立つ知見となります。

用語説明

※1 【全国健康保険協会(協会けんぽ)】:
主に中小企業で働く従業員やその家族、約4,000万人が加入している日本最大の医療保険者です。

※2 【レセプト】:
レセプト(診療報酬明細書)とは、医療機関が保険者に医療費を請求するために、患者に対して行った医療行為や処方された薬剤などが記載されている明細書のことです。治療内容以外にも、患者に診断された病名などの情報も含まれています。

※3 【マルチモビディティ】:
 個人に2つ以上の慢性疾患が併存している状態を指します。

※4 【メタボリックシンドローム】:
日本では、ウエスト周囲長(へその高さの腹囲)が男性85cm・女性90cm以上で、かつ血圧・血糖・脂質(中性脂肪またはHDLコレステロール)の3つのうち2つ以上が基準値から外れると、メタボリックシンドロームと診断されます。本研究では腹囲や肥満などは含めず、高血圧症、糖尿病、脂質異常症(LDLコレステロールなども含む)の3つの病名が特徴的であったパターンを、便宜上、広義のメタボリックシンドロームのパターンと呼んでいます。

※5 【潜在クラス分析】:
データの特徴に基づいて、隠れたグループやパターンを統計的に分類する手法のことです。
 

論文情報

  • タイトル:
    Multimorbidity patterns in the working age population with the top 10% medical cost from exhaustive insurance claims data of Japan Health Insurance Association
  • タイトル和文:
    医療費上位10%の就労世代におけるマルチモビディティ・パターン:全国健康保険協会の全数レセプトデータを用いた解析
  • 著者名:
    西田優紀、安齋達彦、高橋邦彦、上妻嵩英、神田英一郎、山内慶太、勝川史憲
  • 掲載日:
    2023年9月28日
  • 掲載誌:
    PLoS One
  • DOI:

問い合わせ先

<本発表資料に関するお問い合わせ先>
(今回の論文の内容について)
慶應義塾大学スポーツ医学研究センター
所長 勝川 史憲(かつかわ ふみのり)
E-mail:fuminori[@]keio.jp

(「外部有識者を活用した委託研究事業」について)
全国健康保険協会 企画部 調査分析・研究グループ
長谷川 功(はせがわ いさお)、井原 陽介(いはら ようすけ)、長谷川 郷(はせがわ さとし)、馬場 武彦(ばば たけひこ)、吉田 渚(よしだ なぎさ)
E-mail:99kenkyu.86t[@]kyoukaikenpo.or.jp


<報道に関するお問い合わせ先>
慶應義塾広報室(増田)
E-mail: m-pr[@]adst.keio.ac.jp

東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
E-mail:kouhou.adm[@]tmd.ac.jp

川崎医科大学 庶務課
E-mail:d_gakujutu[@]med.kawasaki-m.ac.jp

※E-mailは上記アドレス[@]の部分を@に変えてください。
 

プレス通知資料