「悪性高血圧の予後が判明」【内田信一 教授、萬代新太郎 助教】
― 10年間の急性高血圧症の死亡・緊急透析リスクとそのリスク因子が明らかに ―

ポイント
- 2010-2019年の全国規模の入院データベースを用いて、悪性高血圧に代表される急性高血圧症の院内死亡・緊急透析実施リスクの動向と、各々のリスク因子を明らかにしました。
- 高血圧診療が進歩する中においても急性高血圧症発症率は未だに高く、粗死亡率と緊急透析施行率は10年間で増加傾向にあることが分かりました。
- 年齢や性別、体重、病院規模、慢性腎臓病といった背景因子、悪性高血圧タイプ・高血圧性心不全タイプの急性高血圧症が死亡リスクに強く関わっていました。
- 特にリスク因子が複数潜在する高血圧患者では、全身を診療することが重要と再確認されました。
研究の背景
研究グループはこれまで、塩分感受性高血圧1)や血管障害2)の分子メカニズムの解明をめざし研究開発を行って参りました。なかでも急激な血圧上昇によって微小血管障害、臓器障害をきたす症候群は急性高血圧症(acute hypertension)※1と呼ばれます。この病態の中に、最も予後が悪いと考えられてきた悪性高血圧(または加速型-悪性高血圧)を筆頭に、高血圧性脳症や高血圧性心不全といった病態が包まれます3)。
急性高血圧症の発症頻度は、一般的な高血圧症とくらべると比較的低いものの、発症した際の死亡率はとりわけ高いことが知られています。これまでの疫学研究は、比較的小規模かつ、大規模研究は最近10年間ほどアップデートされておらず、近年の動向は不確かでした。加えて、入院後の緊急透析の実施率への影響については明らかにされていませんでした。今回研究グループは、新型コロナウイルスの世界的大流行前10年間(2010年から2019年)における、5万人以上の急性高血圧症患者を対象とした全国規模の調査を行い、急性高血圧症の院内死亡率と緊急透析実施率の動向と、関連するリスク因子についても明らかにすることを目的としました。

研究成果の概要
患者年齢の中央値は 76 歳であり、59.4%は女性でした。悪性高血圧1,792人、高血圧緊急症17,907人、高血圧切迫症1,562人、高血圧性脳症6,593 人、高血圧性心不全22,462 人が含まれました。全体の年間発症率は、100,000人あたりのDPC登録全入院患者数に対して70人でした。10年間でみると明らかな減少はみられませんでしたが、高齢者や高血圧性心不全の占める割合が増加傾向にあることが分かりました(図2)。
特に体重に関して、低体重群では死亡リスクが高く、高体重群では死亡リスクがむしろ低下するという肥満のパラドクス※3を認めました。とりわけ痩せている高齢者では、低栄養や身体的活動が低いために予備能が低い傾向にあることや、また体重減少やサルコペニアをきたすような基礎疾患を有している可能性が否定できないことが関係している可能性があります。さらに、痩せていることで一見して分かりにくい隠れたむくみ・うっ血が見逃されやすくなる可能性も考えられます。いずれの場合も、予備能を高めることを目的とした栄養療法や運動療法の介入は、急性高血圧、高血圧患者の予後を改善するために重要と考えられました。
他方で、緊急透析実施率は、維持透析例を除いた 48,235人において 1.52%(95% CI 1.12-2.06)から 2.60%(95% CI 2.17-3.1 )に増加していました。ポアソン回帰分析の結果、基礎疾患としての糖尿病、慢性腎臓病、強皮症、急性高血圧病型として悪性高血圧、高血圧性心不全が、緊急透析の強いリスク因子であることが明らかになりました。また緊急透析の実施は、死亡リスクの増加と関連していました。緊急透析実施率の全体的な動向は、若年、男性、肥満、高血圧性心不全の病型、のそれぞれの緊急透析施行率の動向と類似しており、特定の高リスク集団の存在が示唆されました。
観察研究である性質上、因果関係を証明するものではありませんので結果の解釈に慎重になる必要があります。また、データベースに検査データが含まれないため、より詳細なリスク因子の評価と、それらを克服するための治療戦略を構築するため、さらに検証を続けていく必要があると考えられます。

研究成果の意義
本研究によって、高血圧治療の進歩にも関わらず急性高血圧症の発症数は明らかな減少に転じていない事、未だに高い死亡リスク水準にあることが分かりました。必ずしも因果関係のみを反映した解析結果ではない点や、採血や画像検査データなどが不足していた点、退院後の長期予後を解析できない点などが今後の課題ですが、低体重患者における一見して分かりづらい体液過剰の早期発見や栄養状態への介入の重要性など、高血圧患者の死亡率改善に貢献し得る成果が得られました。
用語解説
※1 急性高血圧症: 血圧が高度に上昇することによって、単一または複数の臓器障害をきたすものを高血圧緊急症と呼称される。障害された臓器、重症度、血圧の程度などから複数の病型が存在し、あきらかな臓器障害を来す前段階までを包括したスペクトラムを急性高血圧症(acute hypertension)と近年総称されつつある。
※2 DPC データベース: DPC(Diagnostic Procedure Combination)は、本邦の入院患者に関する大規模データベースである。全国の DPC調査参加病院から収集された、退院時情報や診療報酬データなどから構成され、診断名・入院時併存症および入院後の合併症とそれらの ICD-10(International Classification of Diseases – 10; 国際疾病分類第10版)コード、併存疾患、手術処置名、在院日数、退院 時転機、入退院時の身体機能などの情報が含まれる。①診療報酬データベースであると同時に、②医療の透明性の向上(患者・国民)、③医療機関の客観的評価と比較(医療機関)、④医療資源の配分や政策の立案 (医療政策)、のために運用される多面的に有効なデータベースである。
※3 肥満のパラドクス(obesity paradox): 一般に肥満は多くの病態を悪化させるリスク因子であるが、BMI( Body Mass Index) が高いほどむしろ死亡率が低下するという疫学調査結果が、高齢者、慢性腎臓病、高血圧症、心不全、慢性閉塞性肺疾患などの幾つかの集団で認められている。痩せた患者では、低栄養や身体的活動度の低下がみられる傾向があり、また消耗性の基礎疾患を抱えている可能性もあるため、このような逆転した結果になるのではないかと考えられている。
文献
2) Koide T, Mandai S, Kitaoka R, Matsuki H, Chiga M, Yamamoto K, Yoshioka K, Yagi Y, Suzuki S, Fujiki T, Ando F, Mori T, Susa K, Iimori S, Naito S, Sohara E, Rai T, Yokota T, Uchida S. Circulating Extracellular Vesicle-Propagated microRNA Signature as a Vascular Calcification Factor in Chronic Kidney Disease. Circ Res. 2023; 132(4): 415-431.
3) 日本高血圧学会. 高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019). 2019年.
論文情報
掲載誌:Hypertension
論文タイトル:National Trends in Mortality and Urgent Dialysis after Acute Hypertension in Japan from 2010 through 2019
DOI:https://doi.org/10.1161/HYPERTENSIONAHA.123.21880
研究者プロフィール

萬代 新太郎 (マンダイ シンタロウ) Shintaro Mandai
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 助教
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送 サルコペニア

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 教授
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 大学院生
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送

横浜市立みなと赤十字病院腎臓内科
・研究領域
腎臓 水・電解質輸送
問い合わせ先
<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
腎臓内科学分野 氏名 萬代新太郎(マンダイ シンタロウ)
氏名 内田信一(ウチダ シンイチ)
TEL:03-5803-5214 FAX:03-5803-5215
E-mail:smandai.kid[at]tmd.ac.jp
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