プレスリリース

「 NAFLD関連肝がんにおける脂肪毒性への耐性獲得機序の解明 」【田中真二 教授、秋山好光 講師】

公開日:2023.10.10
「 NAFLD関連肝がんにおける脂肪毒性への耐性獲得機序の解明 」
― 新規治療標的として有望なKDM6B-G0S2-ATGL経路の同定―

ポイント

  • 近年増加している非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)関連肝がんにおいて、ヒストン脱メチル化酵素KDM6Bの発現が特異的に低下していることを突き止めました。
  • KDM6Bはエピジェネティック機構を介して脂質代謝システムをコントロールしており、がん細胞が脂肪毒性に対する耐性を獲得する新しい分子機序を解明しました。
  • KDM6B発現低下による脂肪毒性耐性機序の解明は、NAFLD関連肝がんの病態解明と新規治療法開発への応用が期待できます。
 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子腫瘍医学分野の田中真二教授、波多野恵助教、秋山好光講師、島田周助教の研究グループは、同肝胆膵外科学分野の田邉稔教授、九州大学大学院医学研究院病態制御内科学分野の小川佳宏教授などとの共同研究で、NAFLD関連肝がんにおける脂肪毒性への耐性獲得の原因が、KDM6B発現低下によることをつきとめました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 「肝炎等克服実用化研究事業」ならびに高松宮妃癌研究基金助成金などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、米国肝臓病学会誌Hepatology Communicationsに、2023年10月2日発表されました。

研究の背景

 近年、肥満や糖尿病、脂質異常症、高血圧などのメタボリックシンドロームの増加に伴い、非アルコール性肝疾患(NAFLD)に関連した肝がん患者の増加が問題となっています。NAFLDは脂肪性肝炎(NASH)から肝硬変に進行し、肝がんを発症しますが、その詳細な分子機序は不明な点が多く、この発症機序の解明や新規治療法の開発が強く望まれています。
 NAFLD関連肝がんでは、ウイルス性肝がんに比べ、ゲノム異常が少ないことが報告されています。また肝がんの発生にはエピゲノム※1異常が関わっていることが知られていますが、ヒストン修飾※2などエピゲノム異常に基づくNAFLD関連肝がんの分子機序は未だに不明です。本研究では、臨床ヒト肝がん検体及びマウスNASH肝がんモデルを用いた遺伝子発現解析により、NAFLD関連肝がんでは特異的にヒストン脱メチル化酵素KDM6Bの発現が低下していることを見出しました。KDM6BはヒストンH3K27部位を脱メチル化することで、下流遺伝子の発現を亢進することが知られています。今回我々はNAFLD関連肝がんにおけるKDM6Bの役割を調べ、NAFLD関連肝がん治療の新しい治療標的を探索しました。

研究成果の概要

 臨床肝がん検体及びNASH肝がんモデルマウスを用いた遺伝子発現解析及び組織を用いたタンパク発現解析により、NAFLD関連肝がんではKDM6B発現が低下していることを明らかにしました。KDM6B遺伝子の発現は、その転写領域の5hmC※3レベルと正に相関していることを見出し、DNAのエピゲノム修飾によりKDM6B遺伝子発現が制御されていることが判りました。
 KDM6B発現低下がもたらす細胞機能の変化を解析するため、CRISPR-Cas9 systemを用いた遺伝子改変により、KDM6B欠損肝がん細胞を作成しました。KDM6B野生型肝がん細胞は脂肪酸を過剰に負荷すると脂質が蓄積し生存できませんが、KDM6B欠損肝がん細胞はその環境下でも生存可能であり、脂肪毒性に対する抵抗性を獲得していることが示されました。メタボローム解析の結果、KDM6B欠損肝がん細胞ではトリグリセリド(中性脂肪)の代謝が大きく変化していることがわかりました。さらに、遺伝子発現解析の結果KDM6Bは脂質代謝を制御する遺伝子の発現を増加させることが明らかになりました。その一例として、脂質代謝関連遺伝子のひとつであるG0S2は、細胞内に蓄積した中性脂肪を分解する酵素 (ATGL/PNPLA2)の働きを阻害する役割を持つことが知られています。KDM6B欠損肝がん細胞では、ヒストンの脱メチル化が起こらないことでG0S2遺伝子の発現が低下し、ATGL/PNPLA2の酵素活性が上昇する結果、細胞内トリグリセリドが分解されやすくなると考えられました。この結果から、KDM6B遺伝子の発現が低下することによって肝がん細胞が高脂肪環境下でも生存可能となる脂肪毒性への耐性を獲得すると考えられました。さらにATGL/PNPLA2発現の抑制や酵素活性阻害薬の投与により、脂肪毒性への耐性が失われ、がん細胞の増殖が抑えられることがわかりました。
今回見出した結果がヒトの肝癌にもあてはまるかどうかを検証するため、同大学肝胆膵外科で手術を行った肝がんの臨床検体を用いてKDM6BとG0S2の発現を解析しました。その結果、28.7%の症例にKDM6B低発現を認め、KDM6B低発現例のうち80%がNAFLD関連肝がんであることが判りました。G0S2発現は30.5%の症例で発現が低く、KDM6BとG0S2の発現には正の相関を認めました(P=0.036)。これらの結果は、KDM6B-G0S2-ATGL/PNPLA2経路が、NAFLD肝がんにおける新規治療標的となる可能性を示しています。

研究成果の意義

 本研究では、KDM6B発現がNAFLD関連肝がんで有意に低下していることを見出しました。KDM6BはDNAエピゲノム修飾により発現が制御されていること、ヒストン修飾変化によって脂質代謝を調節し、肝がん細胞の脂肪毒性への耐性獲得機序に寄与していることが明らかとなりました。本研究の成果により、KDM6B-G0S2-ATGL/PNPLA2経路がNAFLD関連肝がんに対する新規治療標的として有用である可能性が示されました。

用語解説

※1エピゲノム機構
エピゲノム(エピジェネティクス)機構はDNA塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御の仕組みであり、DNAメチル化、ヒストン修飾およびクロマチン再構築の3つが柱となっている。

※2ヒストン修飾
ヒストンはクロマチンの基本単位であるヌクレオソームを構成する塩基性タンパク質である。ヒストンのN末端とC末端側にはヒストンテールが存在し、その部分のリジン残基(K)にメチル化やアセチル化修飾が起こると遺伝子発現が活性化または不活性化する。H3K27(ヒストンH3の27番目のリジン)に3個のメチル基がつくことをH3K27me3と呼ぶ。KDM6Bは脱メチル化酵素であり、メチル基を取り除く作用を持っている。この修飾は遺伝子発現活性化に働く。

※35hmC
DNAエピゲノム修飾の一種。5-hydroxymethylcytosine (5-ヒドロキシメチルシトシン)はメチル化されたシトシンのメチル基が除去される過程で生成されるシトシン修飾体の1つであり、遺伝子発現の活性化に働く。5hmCは加齢、ストレス、代謝異常などの環境要因や多くのがんで変化が認められる代表的なDNA脱メチル化の指標である。

論文情報

掲載誌:Hepatology Communications

論文タイトル: Loss of KDM6B epigenetically confers resistance to lipotoxicity in nonalcoholic fatty liver disease-related hepatocellular carcinoma

DOI:https://doi.org/10.1097/HC9.0000000000000277

研究者プロフィール

田中 真二(タナカ シンジ) Tanaka Shinji
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 教授
・研究領域
分子腫瘍医学、消化器外科学


波多野 恵 (ハタノ メグミ) Hatano Megumi
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 助教
・研究領域
分子腫瘍医学、内分泌代謝学


秋山好光 (アキヤマ ヨシミツ) Akiyama Yoshimitsu
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 講師
・研究領域
分子腫瘍医学、癌エピジェネティクス

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
分子腫瘍医学分野 
田中 真二(タナカ シンジ)
秋山 好光(アキヤマ ヨシミツ)
 E-mail:    tanaka.monc[at]tmd.ac.jp
      yakiyama.monc[at]tmd.ac.jp

<報道に関すること>
東京医科歯科大学 総務部総務秘書課広報係
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45
E-mail:kouhou.adm[at]tmd.ac.jp

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関連リンク

プレス通知資料PDF

  • 「NAFLD関連肝がんにおける脂肪毒性への耐性獲得機序の解明」